軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第189話 久しぶりの冒険者ギルド

早朝の王都は、思っていたよりも冷たくなかった。

道端の土も、石畳の隙間も、冬の名残を残しながら、どこか春に向かっている。

もうすぐ季節が変わる。

そんなことを考えながら、俺は冒険者ギルドへ向かった。

机に向かい続けた日々で、頭も体も少し重くなっていた。

今日が本当に休みなのかと聞かれると、少し怪しい。

だが、森へ出ると思うだけで、少しだけ気分が軽くなっているのも事実だった。

冒険者ギルドの前には、すでにセレナとガイルが来ていた。

ガイルは実戦用の剣を帯び、いつもより少しだけ表情が明るい。

本人は普通の顔をしているつもりかもしれないが、付き合いが長くなると分かる。

机に向かっている時より、明らかに調子がいい。

「早いな」

俺が声をかけると、ガイルは短く頷いた。

「久しぶりだからな」

「そんなに森へ行きたかったのか」

「机よりはいい」

迷いのない返事だった。

セレナが小さく息を吐く。

「あなたらしいわね」

そんな話をしていると、少し遅れてナディアがやってきた。

いつもの学院の制服ではない。

動きやすい服に、軽めの防具。

腰には剣。

華美な装飾はないが、必要なものはきちんと揃っている。

王女らしい目立つ格好ではなく、森へ入る者としての装備だった。

「お待たせしました」

「俺たちも今来たところだよ」

俺はナディアの装備を見た。

「ちゃんと準備してきたんだな」

「はい。初めて参加する以上、準備だけはしておきたかったので」

ナディアは落ち着いた声でそう言った。

だが、少しだけ表情が明るい。

緊張もあるのだろう。

でも、それだけではない。

どこか楽しみにしているようにも見えた。

ガイルがナディアを見て、短く言う。

「無理はするな」

「はい。でも、足を引っ張るつもりはありません」

「分かっている」

ガイルはそれだけ言った。

その短いやり取りに、ナディアは少しだけ微笑んだ。

俺たちは冒険者ギルドの中へ入った。

朝のギルドは、すでに活気がある。

依頼を確認している者。

受付で手続きをしている者。

武器の手入れをしながら仲間と話している者。

学院の図書室とはまったく違う空気だった。

紙とインクの匂いではなく、革と金属と朝食の匂いが混ざっている。

これだけで、少し頭が切り替わる。

「まずはナディアの登録だな」

「はい」

俺たちは受付へ向かった。

ナディアは初めての冒険者登録になる。

受付の女性は、俺たちを見ると少しだけ目を丸くした。

「また学院の方ですね」

「今日は一人、新しく登録をお願いします」

「分かりました。では、こちらへ」

ナディアは受付の説明を丁寧に聞き、必要な項目を記入していく。

身分については、細かく出しすぎない。

王女であることをこの場で大きく扱う必要はない。

王立学院の生徒として、必要な手続きを進める。

受付の女性は、ナディアの所作や装備を見て、ただの学生ではないことは感じているようだった。

だが、それ以上は聞かなかった。

「登録は完了です。こちらが冒険者証になります」

「ありがとうございます」

ナディアは両手で冒険者証を受け取った。

その動きは落ち着いている。

けれど、目だけは少し輝いていた。

「次に、パーティー登録ですね」

受付の女性が言う。

俺たちは、既存のパーティーにナディアを一時的に加える形で登録を済ませた。

リオン、セレナ、ガイル、ナディア。

今日はこの四人で森へ行く。

手続きが終わると、俺たちは依頼掲示板の前へ移動した。

掲示板には、王都西南の森に関する討伐依頼がいくつも貼られていた。

小型の魔物の討伐。

街道近くに出る魔物の確認。

森の手前で増え始めた獣型の魔物の駆除。

前に来た時より、依頼の数が多い気がする。

「増えてるな」

俺が呟くと、セレナが掲示板を見ながら頷いた。

「春が近づいて、魔物の動きも少し増えているのかもしれないわ」

「あり得るな」

冬の間、動きが鈍かったものが、少しずつ動き出す。

人も魔物も、季節の影響を受ける。

ガイルは依頼書をじっと見ていた。

「奥の依頼はどうだ」

「今日はなしだ」

俺は即答した。

ガイルがこちらを見る。

「なぜだ」

「今日はナディアが初参加だからな。森の奥までは行かない。手前で受けられる討伐依頼にしよう」

ナディアの実力を疑っているわけではない。

実技で九十点以上を取れる時点で、十分な力はある。

剣も魔法も扱える。

周囲を見る力もある。

だが、学院の試験と森での討伐は違う。

決められた場で採点される実技と、何が起きるか分からない森では、必要な感覚が違う。

初参加の日に、わざわざ奥へ進む必要はない。

セレナも頷いた。

「私もその方がいいと思うわ。

今日は気分転換も兼ねているのだから、無理をする理由はないもの」

「分かった」

ガイルは短く答えた。

不満そうではない。

ただ、奥へ行く選択肢もあるか確認しただけなのだろう。

俺は掲示板から、森の手前で済む討伐依頼を選んだ。

小型の魔物の群れの確認と討伐。

無理をしなければ四人で十分対応できる範囲だ。

受付で依頼を受けると、乗合馬車の出発まで少し時間があった。

そのため、俺たちはギルド内の食堂で朝食を取ることにした。

ギルドの朝食は、学院の食堂とはまったく違っていた。

厚めのパン。

焼いた肉。

豆のスープ。

少し塩気の強い卵料理。

味は上品ではないが、朝から動く人間にはありがたい量と濃さだ。

俺たちは空いている席に座った。

ナディアは料理を前にして、少しだけ目を丸くしている。

「こういう場所で朝食を取るのは、初めてです」

「口に合わないか?」

俺が聞くと、ナディアは首を振った。

「いえ。そうではありません。とても……冒険者らしいなと思って」

落ち着いた声だった。

でも、少しだけ楽しそうだった。

いつも穏やかで、丁寧で、王女としての立ち居振る舞いを崩さないナディアが、冒険者ギルドの朝食を前に少しだけ浮き立っている。

その様子が、少し新鮮だった。

セレナもそれに気づいたのか、わずかに微笑む。

「ナディア、少し楽しそうね」

「そう見えますか?」

「ええ」

ナディアは少しだけ恥ずかしそうに視線を落とした。

「初めてのことなので」

ガイルは黙ってスープを飲んでいたが、ふとナディアを見る。

「しっかり食べた方がいい」

「はい」

「森では、思ったより体力を使う」

「分かりました」

ナディアは素直に頷き、パンを手に取った。

そのやり取りを見ながら、俺も朝食を口に運ぶ。

朝食を終えた頃、乗合馬車の出発時間が近づいていた。

俺たちはギルドを出て、馬車乗り場へ向かう。

王都西南方面へ向かう乗合馬車には、他にも数人の冒険者や商人らしき人たちが乗っていた。

俺たちは空いている席に腰を下ろす。

馬車が動き出すと、王都の街並みがゆっくり後ろへ流れていった。

石造りの建物。

店先で準備をする人々。

朝の市場へ向かう荷車。

それらを抜けると、少しずつ景色が開けていく。

ナディアは窓の外を静かに見ていた。

表情は落ち着いている。

だが、視線はよく動いている。

初めて見るものを、一つ一つ確かめているようだった。

「王都の外へは、あまり出ないのか?」

俺が聞くと、ナディアは少し考えてから答えた。

「ええ。長期休暇以外は王都から出ることはありませんね。なので、こうして乗合馬車に乗るのは初めてです」

「それはそうか」

「はい。だから、少し不思議な感じがします」

王女としての移動と、冒険者としての移動。

同じ王都の外へ向かうにしても、見えるものはきっと違う。

セレナが言った。

「今日はあまり奥へは行かないけれど、森は学院とは違うわ。

分からないことがあればすぐ言って」

「はい。ありがとうございます」

ガイルも短く言う。

「足場に気をつけろ」

「はい」

ナディアは素直に頷く。

そのやり取りを見て、俺は少し安心した。

ナディアは無理に自分を強く見せようとしていない。

分からないことは分からないと受け入れる。

その上で、自分にできることをしようとしている。

初めて森に入る仲間としては、それが一番ありがたい。

しばらくして、乗合馬車は王都西南の森に近い停留所へ着いた。

馬車を降りると、空気が変わる。

王都の中よりも湿り気があり、土と草の匂いが強い。

前に来た時より、少しだけ森の色が明るく見えた。

枝の先に小さな芽がついている木もある。

足元の草も、冬の硬さから少しずつ抜け出している。

春が近づいている。

そう感じた。

俺たちは装備を確認し、森の入口へ向かった。

そこで一度足を止める。

「今日は奥へは行かない」

俺は三人を見て言った。

「ナディアが初参加だからな。まずは手前の討伐依頼を片づける」

ナディアが頷く。

「分かりました」

「ナディアの実力を疑っているわけじゃない。

学院の実技で十分な点を取っているのは分かっている。でも、森は試験とは違う」

「はい」

「だから、今日は確認しながら進む。無理はしない」

セレナも頷いた。

「依頼の範囲も、森の入り口で済むものにしたわ。最初はそれで十分よ」

ガイルは剣の柄に手を置いた。

「魔物が出たら、俺が前に出る」

「頼む」

俺は周囲を見た。

久しぶりの森。

久しぶりの冒険者としての討伐。

図書室で机に向かい続けた日々で重くなっていた頭が、少しだけ晴れていく気がした。

「行こう」

俺がそう言うと、ナディアが静かに息を吸った。

セレナが周囲へ視線を配る。

ガイルが一歩前へ出る。

俺たちは、春の気配が混じり始めた森の中へ足を踏み入れた。