軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第184話 飛び級

三学期期末試験の結果発表の翌朝。

俺たち六人は、ローヴェン先生に連れられて学院長室へ向かっていた。

セレナ、エドガー、ナディア、ガイル、ヴィクトル。

そして俺。

昨日の時点で、俺たち全員が飛び級の基準を満たしていることは分かっている。

それでも、正式な説明を受けるとなると、少し空気が違った。

ヴィクトルも、いつものような軽口をあまり叩かない。

ガイルは黙って前を見ている。

ナディアは少し緊張した顔をしていた。

セレナはまっすぐ歩いている。

エドガーはいつも通り静かだ。

俺も、落ち着いているつもりだった。

だが、胸の奥には少し重いものがある。

飛び級。

目標にしてきたことではある。

でも、いざ現実になると、それはただのご褒美ではない気がしていた。

学院長室の前で、ローヴェン先生が足を止めた。

俺たちを振り返る。

「入れ」

いつも通り、短い声だった。

ローヴェン先生が扉を開ける。

俺たちは学院長室へ入った。

学院長は、広い机の向こうに座っていた。

机の上には、俺たちの結果表らしき書類が並んでいる。

学院長はゆっくりと顔を上げ、俺たち六人を見渡した。

「よく来てくれた」

静かな声だった。

穏やかではある。

けれど、軽くはない。

「三学期期末試験の結果により、君たちは飛び級に必要な基準を満たした」

その言葉を聞いて、改めて実感が湧く。

決まった。

少なくとも、基準の上では。

学院長は続けた。

「よって、学院としては、君たち六名を次の学期より二年生ではなく、三年生として扱う手続きを進めようと思う」

ナディアが小さく息を呑んだ。

ヴィクトルはわずかに肩を動かした。

ガイルは表情を変えない。

セレナは静かに学院長を見ている。

エドガーも同じだった。

俺は、胸の奥が少しだけ熱くなるのを感じた。

三年生。

次の学期から、俺たちは二年生を飛ばして、三年生になる。

だが、学院長はそこで少し声を低くした。

「ただし、飛び級は褒賞であると同時に、負荷でもある」

その言葉で、部屋の空気が変わった。

「二年で学ぶはずだった内容を、君たちは授業として受ける機会を失う。三年の授業では、一年と二年の内容を理解しているものとして話が進む」

当然のことだ。

だが、言葉にされると重い。

「さらに、共に学ぶ生徒たちは一歳年上だ。知識、体格、経験、対人関係。あらゆる場面で不利になるだろう」

ガイルの眉が、ほんの少し動いた。

実技なら、体格差は大きい。

三年生相手なら、今までのようにはいかない場面も増えるだろう。

俺も、すぐに頭の中で考える。

二年の範囲。

魔法理論。

応用課題。

実技。

学院生活での立ち回り。

今の一年Sクラスで上位だったことは、三年での立場を保証しない。

学院長は言った。

「今までの結果は、君たちの力を示している。

しかし、三年に上がれば、周囲も変わる。そのことを心に留めておきなさい」

「わかりました」

最初に答えたのはセレナだった。

背筋を伸ばし、真剣な声で言う。

エドガーも静かに頷いた。

「その不利も含めて、越えるべきものだと考えます」

「問題ありません」

ガイルが短く言う。

ヴィクトルは少しだけ苦笑した。

「つまり、春休みからかなり詰めないとまずいわけですね」

「そういうことだ」

学院長は軽く頷く。

ナディアも丁寧に言った。

「二年生の範囲も、自分たちで確認します」

学院長の視線が、最後に俺へ向いた。

俺は一度息を吸う。

「はい。進みます」

そう答えた。

自分で言って、腹が決まった気がした。

飛び級する。

でも、飛ばした分は自分で埋める。

それだけの話だ。

簡単ではない。

だが、ここで止まるつもりはなかった。

学院長は静かに頷いた。

「では、正式に手続きを進める。春休み明け、君たちは三年生だ」

その言葉で、俺たちの飛び級は正式に決まった。

学院長室を出ると、六人ともすぐには話さなかった。

重い話だった。

けれど、不思議と暗くはない。

前へ進むための重さだ。

そこで、ローヴェン先生が俺たちを呼び止めた。

「お前たち」

全員が振り返る。

ローヴェン先生は、いつものように厳しい顔をしていた。

「正直に言えば、まだ危なっかしいところはある」

「だが、それでもお前たちなら三年に送り出せる」

その声は、いつもの厳しさを残していた。

でも、そこには確かな信頼があった。

「自信を持って行け」

ローヴェン先生は、ほんの少しだけ表情を緩めた。

「期待しているぞ」

誰もすぐには返事をしなかった。

たぶん、全員が少し驚いていた。

厳しい先生だった。

褒めるより、課題を突きつけることの方が多かった。

でも、俺たちを本当に見てくれていた。

そのことが、今さらのように分かった。

最初に頭を下げたのはセレナだった。

「ありがとうございました、ローヴェン先生」

それに続いて、エドガーが頭を下げる。

ナディアも、ガイルも、ヴィクトルも。

俺も深く頭を下げた。

「ありがとうございました」

ローヴェン先生は、少しだけ居心地悪そうに視線を逸らした。

「礼は三年で結果を出してから言え」

そう言って、いつもの声に戻る。

「行くぞ。終業式に遅れる」

その言葉で、俺たちは少しだけ笑った。

終業式は、いつもより少しだけ長く感じた。

講堂には全学年の生徒が集まっている。

学院長から、三学期の終了と春休み中の過ごし方について話があった。

春休みは二週間。

長いようで短い。

次の学年への準備を考えれば、あまりのんびりもしていられない。

俺は学院長の話を聞きながら、ぼんやりと考えていた。

入学試験。

実技。

勉強会。

冒険者活動。

期末試験。

いろいろなものが、一気に頭をよぎる。

式が終わると、生徒たちはそれぞれの教室へ戻った。

一年Sクラスの教室に戻ると、いつもより少し騒がしかった。

終業式の後らしい浮ついた空気。

その中で、俺たち六人に向けられる視線はやはり多かった。

飛び級。

次の学期から、俺たちはこの教室にはいない。

クラスメイトが話しかけてきた

「三年でも暴れてこいよ。いや、ほどほどにだけどな」

「暴れる前提なのか」

俺が言うと、レオスは笑った。

「今さらだろ。特にお前は」

たぶん、褒めてはいない。

でも、悪い気はしなかった。

他のクラスメイトがセレナの方へ向かった。

「セレナ、三年でも一位を取ってください」

セレナは少しだけ微笑む。

「簡単ではないでしょうけど、狙うわ」

「応援しています」

「ありがとう」

他のクラスメイトが教室を見回しながら言った。

「でも、六人がいなくなると、二年Sクラスはかなり静かになりそうね」

ヴィクトルがすぐに反応した。

「俺たち、そんなに騒がしかった?」

ガイルが短く言う。

「お前は騒がしい」

「そこは否定しないけど、俺だけじゃないだろ」

「主にお前だ」

「ひどいな」

教室に小さな笑いが起きる。

その笑いが、少しだけ寂しかった。

完全な別れではない。

同じ学院にはいる。

でも、同じ教室で同じ授業を受ける時間は、これで終わる。

放課後。

荷物をまとめ、俺たち六人は教室を出ることになった。

ヴィクトルが扉のところで振り返る。

「何だかんだで、短かったな」

「そうね」

ナディアが静かに頷く。

「でも、とても濃かったです」

「濃すぎた気もするけどな」

俺が言うと、セレナが少し笑った。

「あなたがそれを言うの?」

「俺だけのせいじゃないだろ」

「少なくとも、かなり大きな原因ではあるわね」

「そこは否定しづらい」

ガイルは教室を一度見回した。

「次は三年か」

「ああ」

エドガーが短く答える。

「ここからが本番だな」

その言葉に、全員が自然と頷いた。

俺は教室の中を振り返る。

一年Sクラス。

ここで、俺たちは出会った。

競い合った。

懐かしい気持ちがこみあげてくる。

「行きましょう、リオン」

隣でセレナが言った。

「ああ」

俺は頷き、教室を出た。

翌日から、春休みに入る。

とはいえ、春休みは二週間しかない。

寮生のほとんどは実家へ帰らず、寮に残るらしい。

短い休みのために長距離を移動するより、学院で次の学年の準備をする方がいいという判断だ。

特に俺たち飛び級組は、のんびりしている余裕などない。

二年生で学ぶはずだった内容を、自分たちで確認しなければならない。

三年の授業についていく準備も必要だ。

教室を出たあと、俺はセレナに声をかけた。

「セレナ、明日少し時間あるか?」

セレナは足を止め、こちらを見る。

「二年の範囲の確認?」

「それもある。でも、少し別の話もある」

「別の話?」

セレナの目が少し細くなる。

たぶん、心当たりがあるのだろう。

王立図書館で借りた、あの古い本。

福嶋亮太の『魔法理論』。

「一人では試さないって約束しただろ」

俺がそう言うと、セレナは少しだけ表情を変えた。

「……あの本のことね」

「ああ。読んでいて、少し確認したいことがある。もちろん、危ないことはしない」

「あなたの“危ないことはしない”は、あまり信用できないわね」

「だからセレナに声をかけてる」

そう言うと、セレナはしばらく俺を見ていた。

それから、小さく息を吐く。

「分かったわ。明日の午後なら時間を取れる」

「助かる」

「場所は?」

「寮の自室だと危ないかもしれない。人目が少なくて、でも何かあった時に先生を呼べる場所がいい」

「なら、学院の訓練場を借りましょう。春休みなら空いているはずよ」

「それがいいな」

話はそれで決まった。

やるべきことは山ほどある。

だが、俺にはどうしても気になることがある。

福嶋亮太の『魔法理論』。

王立図書館で見つけた、日本語で書かれた古い本。

今の学院では教えられていない、不思議な魔法理論。

そしてその約束通り、俺は翌日、セレナと一緒にその本と向き合うことになった。