軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第180話 騎士団長査定再び

騎士団長が訓練場の中央に立った。

それだけで、空気が変わる。

さっきまでの生徒同士の模擬戦も、決して軽いものではなかった。

でも、ここからは同級生相手にどれだけ勝てるかを見る試験ではない。

アルスレイン国最強の騎士団のトップを相手に、どこまで自分の力を出せるか。

それを見られる時間だった。

騎士団長は木剣を手にし、四人を順に見た。

「まずは、セレナ・ヴァレスト」

その名が呼ばれると、周囲が少しだけざわついた。

二学期の期末では、この場に立ったのはエドガー、ガイル、そして俺だった。

だが、今回は違う。

セレナが静かに前へ出る。

表情は硬い。

けれど、足取りは乱れていない。

セレナは騎士団長の前で一礼した。

騎士団長も軽く頷く。

「準備はいいか」

「はい」

セレナは短く答え、距離を取った。

腰には細身の木剣がある。

だが、騎士団長と正面から剣で打ち合うつもりはなさそうだった。

当然だ。

体格も、経験も、剣の重さも違う。

剣でまともに受ければ、数合も持たない。

セレナ自身もそれを分かっているのだろう。

彼女は腰の木剣に手を添えながらも、構えの中心は魔法に置いていた。

騎士団長がわずかに目を細める。

「剣では来ないか」

「正面から打ち合えば不利ですから」

「そうか」

騎士団長は短く言った。

「では、始める」

合図と同時に、セレナは後ろへ下がった。

まず距離を取る。

その判断は早い。

同時に短く詠唱し、騎士団長の足元へ土魔法を走らせる。

大きく地面を崩す魔法ではない。

踏み出す先を少しだけ乱す、小さな魔法だ。

騎士団長はそれを見て、踏み込みの角度を変えた。

セレナはすぐに次の魔法へつなげる。

水魔法。

足元を濡らすほどではない。

だが、動き出しの感覚をずらすには十分な量だった。

そこへ風を重ねる。

騎士団長の前進を止めるというより、距離を保つための風だ。

うまい。

俺は思わずそう感じた。

森での実戦で覚えた戦い方が、そのまま出ている。

大きな魔法で押し切ろうとしていない。

相手の足元を見て、進む場所を見て、次に必要な魔法を選んでいる。

騎士団長も、その動きを見ながら少しずつ距離を詰めていた。

「発動が速い」

騎士団長が低く言う。

「狙いも悪くない。相手を見ながら撃てている」

セレナの表情が一瞬だけ引き締まる。

褒められて気を緩めたわけではない。

むしろ、より集中した顔だった。

彼女はもう一度、土魔法で踏み込みをずらし、水で騎士団長の足を止めにいく。

しかし、騎士団長はその一瞬を逃さなかった。

水魔法を避けるためにセレナの視線がわずかに下へ落ちた瞬間、騎士団長の踏み込みが一段深くなる。

速い。

距離が一気に詰まった。

セレナはすぐに風で押し返そうとした。

だが、間に合わない。

騎士団長の木剣が、セレナの木剣の柄を正確に叩いた。

乾いた音が響く。

セレナの剣が手から離れ、地面に落ちた。

「そこまで」

審判を務めるローヴェン先生の声がかかる。

セレナは一瞬だけ悔しそうに唇を結んだ。

それでもすぐに一歩下がり、騎士団長へ頭を下げる。

「ありがとうございました」

騎士団長は頷いた。

「魔法の組み立ては良い。発動も速い。生徒同士なら、かなり相手を封じられるだろう」

セレナは黙って聞いている。

「だが、懐に入られた後の逃がし方がまだ弱い。魔法使いだからこそ、近づかれた時の一手を持て」

「はい」

セレナはもう一度頭を下げ、戻ってきた。

悔しそうではある。

だが、折れてはいない。

「惜しかったな」

俺が小さく言うと、セレナは少しだけ眉を寄せた。

「惜しくないわ。完全に入られたもの」

「でも、かなり見えてたと思う」

「……そう?」

「ああ」

セレナはほんの少しだけ視線を逸らした。

「なら、次は入らせないわ」

その声には、しっかり悔しさが残っていた。

騎士団長が次の名を呼んだ。

「エドガー・アルスレイン」

エドガーは静かに前へ出た。

いつも通り、無駄な動きがない。

騎士団長の前で一礼する。

騎士団長も短く頷いた。

「二学期より、どこまで伸びたか見る」

「よろしくお願いします」

エドガーの声は落ち着いていた。

始まる前から、空気が静かに張る。

セレナの時とは違う緊張感だ。

セレナは魔法で距離を取った。

だが、エドガーは剣も魔法も使う。

しかも、そのどちらも整っている。

「始め」

合図と同時に、エドガーはすぐには踏み込まなかった。

まず間合いを見る。

騎士団長も動かない。

いや、動いていないように見えるだけだ。

いつでも動ける位置にいる。

エドガーが一歩出る。

正面ではない。

少し角度をずらした踏み込み。

騎士団長の木剣がそれに反応する。

エドガーはすぐに剣筋を変え、短い魔法で相手の視線をずらそうとした。

うまい。

二学期の時より、剣と魔法のつなぎが自然になっている。

騎士団長もそれを受けながら、わずかに表情を変えた。

「総合力が上がっているな」

そう言いながら、騎士団長はエドガーの剣を受ける。

甲高い音。

エドガーは下がらない。

受けられた瞬間に、次の手へ移る。

魔法で間合いを崩し、剣で入る。

きれいだ。

本当にきれいな戦い方だった。

隙が少なく、判断も速い。

普通の相手なら、何もできずに押し込まれるだろう。

だが、騎士団長はそのきれいさに少しずつ合わせ始めた。

最初は受ける。

次に流す。

さらに、エドガーが次に選ぶであろう線へ、先に木剣を置く。

エドガーの剣は乱れない。

だが、乱れないからこそ読まれる。

数合の後、騎士団長が半歩深く踏み込んだ。

エドガーの木剣が流される。

次の瞬間、騎士団長の木剣がエドガーの胸元で止まった。

「そこまで」

ローヴェン先生の声が響く。

エドガーは静かに剣を下げた。

「ありがとうございました」

騎士団長は頷く。

「二学期より、全体が上がっている。剣も魔法も、切り替えが速い。騎士団に入っても、有数の実力だろう」

周囲が少しざわつく。

騎士団長の口からそこまで言われるのは、かなりの評価だ。

エドガーは表情を変えない。

ただ、まっすぐ聞いている。

「だが、剣がきれいすぎる」

騎士団長は続けた。

「整っている分、慣れた相手には合わせられる。正しい手を選べるのは強みだ。だが、上を相手にするなら、正しさだけでは足りない」

「……はい」

「もっとも、そこまで合わせられる者がどれだけいるか、という話ではあるがな」

それは、指摘でありながら、同時にかなりの評価でもあった。

エドガーは深く頭を下げる。

「肝に銘じます」

そう言って、静かに戻ってきた。

「すごかったな」

俺が言うと、エドガーは少しだけこちらを見た。

「届かなかった」

「普通は、あそこまで届かないよ」

「そうか」

短い返事だった。

だが、表情はいつもより少しだけ引き締まっていた。

次に呼ばれたのは、ガイルだった。

「ガイル・ベイルン」

ガイルが中央へ出ると、訓練場の空気がまた変わった。

セレナとも、エドガーとも違う。

ガイルは立っているだけで圧がある。

騎士団長はそれを見て、わずかに口元を動かした。

「来い」

「はい」

ガイルは短く答え、木剣を構えた。

合図を待つ間も、前へ出る気配が強い。

ただ、二学期の時とは少し違う。

以前のガイルは、力そのものをぶつけるような雰囲気があった。

今は、その奥で相手を見ている。

「始め」

合図と同時に、ガイルが踏み込んだ。

速い。

そして重い。

初撃から騎士団長の木剣とぶつかり、鈍い音が訓練場に響いた。

木剣同士とは思えない音だ。

ガイルは止まらない。

二撃目、三撃目。

力強い。

だが、ただ振り回しているわけではない。

騎士団長の受け方を見て、次の軌道を変えている。

そこへ、小さな風魔法が混じった。

大きな魔法ではない。

相手を吹き飛ばすほどでもない。

ただ、騎士団長の視線と重心を一瞬ずらすための風。

ガイルがそんな使い方をしたことに、俺は少し驚いた。

冒険者として森で戦ってきた経験が出ている。

騎士団長もそれに気づいたらしい。

「幅が出たな、ガイル・ベイルン」

ガイルは返事をしない。

代わりに、さらに踏み込む。

騎士団長の受けが一段重くなった。

空気が変わる。

騎士団長が、少し本気になった。

ガイルの剣が受けられる。

流される。

それでもガイルは崩れない。

強い。

騎士団長の返しを、ガイルは真正面から受けた。

木剣が軋む。

さらにもう一撃。

ガイルは防ぐ。

だが、受けるたびに、足元がわずかに押し込まれていく。

力だけならガイルも相当なものだ。

だが、騎士団長はそこに技を乗せている。

ただ押しているのではない。

逃げ場を削り、受ける角度を狭め、最後に力で押し切る。

ガイルが踏ん張った。

それでも、最後の一撃で木剣が弾かれた。

騎士団長の木剣が、ガイルの肩口で止まる。

「そこまで」

ローヴェン先生の声。

ガイルは荒い息を吐きながら、一歩下がった。

悔しそうだった。

だが、目は死んでいない。

騎士団長が言う。

「戦いの幅が出てきた。それは良い」

ガイルは黙って聞く。

「剣だけではなく、魔法も使って相手を動かそうとしていた。二学期より、ずっと戦い方が広がっている」

「はい」

「ただし、選択肢が増えた分、迷いも生まれる。上を相手にするなら、その中から最短で選べ」

「……はい」

ガイルは短く返す。

騎士団長は少しだけ頷いた。

「今後も精進しろ。まだ強くなる」

ガイルの表情が、ほんの少しだけ変わった。

悔しさの中に、火が残っている。

「ありがとうございました」

ガイルは深く頭を下げ、戻ってきた。

セレナが小さく言う。

「かなり粘っていたわ」

「だが、押し切られた」

ガイルは低く答えた。

「それでも、前よりずっと良かったと思う」

俺が言うと、ガイルはこちらを見た。

「そうか」

「ああ」

ガイルは少しだけ息を吐いた。

「なら、次はもっとやる」

その言い方が、いかにもガイルらしかった。

セレナ。

エドガー。

ガイル。

三人の査定が終わった。

訓練場の空気は、最初よりもずっと熱を持っている。

騎士団長と戦うということが、どういうことなのか。

それを、三人の戦いが示したからだ。

騎士団長は、新しい木剣を手に取った。

そして、こちらを見る。

「次」

低い声。

「リオン・ハル」

訓練場中の視線が、一斉にこちらへ向いた。

二学期の期末試験で、俺はこの人から一本取った。

だが、あれは木剣の損耗を利用した、ギリギリの勝ち筋だった。

同じ手は通じない。

俺は木剣を握り直した。

ここで見られるのは、今の俺自身だ。

俺は息を整え、訓練場の中央へ向かった。