軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第181話 リオン対騎士団長

訓練場の中央へ向かう。

周囲の視線が、一斉に俺へ集まっていた。

二学期の期末試験で、俺は騎士団長から一本取った。

だが、あれは騎士団長の木剣の損耗を見抜き、同じ箇所へ負荷を重ねた結果だ。

今回、騎士団長の手には新しい木剣がある。

前回の勝ち筋は、最初から消えている。

騎士団長は俺を見て、低く言った。

「前と同じ手は使えんぞ」

「分かっています」

俺は木剣を構える。

ローヴェン先生の声が響く。

「始め」

すぐには動かなかった。

まず、見る。

騎士団長の立ち方。

木剣の角度。

呼吸。

足の置き方。

綻びの目で見ようとしても何も出ない。

騎士団長の体にも、木剣にも、今この瞬間に拾える綻びがない。

思わず息が浅くなった。

騎士団長は、ゆっくりと間合いを詰めてくる。

不用意に入れば、その瞬間に終わるだろう。

俺は半歩だけ横へ動いた。

騎士団長も、それに合わせて角度を変える。

逃げ道が狭くなる。

そこで、騎士団長の右側にほんのわずかな隙が見えた。

踏み込める。

一瞬、そう思った。

次の瞬間、視界に文字が浮かぶ。

《綻び:偽装》

《誘導:踏み込み》

《危険:返し》

俺は踏み込まなかった。

木剣を構えたまま、足を止める。

騎士団長の目がわずかに細くなった。

「来ないか」

「行ったら終わるやつです」

騎士団長の口元が、ほんの少しだけ動いた。

「よく見ている」

褒め言葉なのかもしれない。

だが、俺の中に余裕はなかった。

見えている。

でも、それは勝ち筋じゃない。

罠を避けているだけだ。

俺は一歩踏み込んだ。

木剣を低く走らせる。

騎士団長は受けるでもなく、半身をずらして外した。

すぐに返しが来る。

速い。

俺は木剣で受ける。

腕に重さが響いた。

続けて二撃目。

今度は受けずに下がる。

だが、下がった先にもう騎士団長の間合いがある。

詰め方がうまい。

こちらが逃げた場所を、先に潰している。

俺は角度を変えて、もう一度入った。

騎士団長の木剣が、こちらの軌道にぴたりと合う。

甲高い音が鳴る。

何度か打ち合っただけで分かった。

正面からでは無理だ。

力も、技も、間合いも、全部向こうが上だ。

綻びが出るのを待っているだけでは届かない。

なら、作るしかない。

ほんの一瞬でいい。

騎士団長の見え方をずらす。

俺は小さく息を吸った。

火魔法で空気を温める。

俺と騎士団長の間にある空気を、局所的に熱する。

そこへ風を流した。

強い風ではない。

熱を散らさない程度の、薄い流れ。

冬の冷たい空気の中に、熱を持った層が生まれる。

騎士団長の輪郭が、一瞬だけ揺れた。

陽炎のように、距離がわずかに狂う。

騎士団長の目が変わった。

「…何をした」

俺は答えない。

答える余裕がない。

これだけでは足りない。

俺は水魔法を使った。

水をぶつけるのではない。

薄く広げる。

膜だ。

それを風で斜めに立てる。

午後の低い日差しが、その水膜に触れた。

光が跳ねる。

騎士団長の目元へ、一瞬だけ白い光が走った。

今だ。

俺は踏み込んだ。

陽炎で距離をずらし、光で視線を切る。

普通の相手なら、そこで止まる。

いや、普通の相手なら、その前に崩れている。

俺の木剣が、騎士団長の肩口へ向かう。

届く。

そう思った瞬間だった。

騎士団長の木剣が、そこにあった。

甲高い音が響く。

俺の一撃は止められた。

視界をずらしたはずなのに。

光を入れたはずなのに。

騎士団長は、こちらの踏み込みに反応していた。

「面白い」

低い声が聞こえた。

「距離を狂わせ、水で光を返したか。魔法でこちらの視界をずらしたな」

読まれている。

いや、理解された。

俺はすぐに下がろうとした。

だが、騎士団長が一段深く踏み込んでくる。

空気が重くなった。

ここからが、本当にきつかった。

騎士団長の攻めが変わる。

さっきまでより速い。

だが、ただ速いだけじゃない。

俺が下がりたい場所に、先に剣が置かれる。

受ければ次を潰される。

かわしても間合いが残る。

俺は防ぐ。

一撃。

腕が重くなる。

二撃。

足が少し流れる。

三撃目。

受けた瞬間、木剣が手の中で軋んだ。

綻びの目は、また一瞬だけ反応した。

騎士団長の左肩が開いたように見える。

だが、同時に表示が出る。

《綻び:偽装》

《誘導:防御崩し》

《危険:手元制圧》

乗れない。

分かっているのに、乗れないだけでは勝てない。

俺は歯を食いしばった。

一瞬の綻びは作れた。

でも、決め切れなかった。

陽炎も、光も、もう見られている。

同じ手は通じない。

なら、最後は踏み込むしかない。

俺は騎士団長の木剣を受け流し、半歩だけ内側へ入った。

小細工ではない。

純粋な踏み込み。

木剣を振る。

騎士団長は正面から受けた。

重い。

そこから角度を変えようとした瞬間、騎士団長の木剣が俺の木剣に絡んだ。

手元が浮く。

まずい。

そう思った時には、もう遅かった。

俺の木剣が外へ流される。

次の瞬間、騎士団長の木剣が俺の喉元で止まっていた。

「そこまで」

ローヴェン先生の声が響いた。

訓練場が静まる。

俺は荒く息を吐いた。

負けた。

届かなかった。

木剣を下げる。

腕が重い。

息も乱れている。

騎士団長は、まだ余裕を残しているように見えた。

それが余計に差を感じさせた。

「前回より厄介になったな」

騎士団長が言った。

俺は顔を上げる。

「……はい」

その通りだった。

前回の勝ち筋は消されていた。

その上で、俺は別の手を作った。

だが、届かなかった。

騎士団長は続ける。

「うまく私の隙を作ろうとしていたが、一拍作った後の踏み込みがまだ浅い」

「はい」

「自分より上の人間を相手にするなら、隙を作るだけでは足りん。

作った一瞬の隙で決め切れ」

俺は深く頷いた。

「はい」

悔しい。

ただ負けたことが悔しいんじゃない。

一瞬、作れた。

たしかに作れた。

でも、そこから届かなかった。

それが悔しかった。

戻ると、セレナがこちらを見ていた。

「惜しかったわね」

「惜しいようで、遠かったよ」

俺は息を整えながら答える。

「でも、届きかけていたわ」

「届きかけたところで止められた」

セレナは少しだけ黙った。

エドガーが短く言う。

「それが差だな」

「ああ」

俺は頷く。

ガイルは腕を組んだまま、騎士団長を見ていた。

「だが、俺より深く入っていた」

「たまたま作れた一瞬だよ。次は通らない」

ヴィクトルが肩をすくめる。

「でも、その一瞬を作れるのがリオンらしいけどね」

そう言われても、素直には喜べなかった。

作るだけでは足りない。

決め切れなければ、意味がない。

ローヴェン先生が前へ出た。

「以上で、三学期期末試験の実技を終了する」

その言葉に、訓練場の空気が少し緩む。

筆記。

応用課題。

実技。

これで、三学期期末試験のすべてが終わった。

結果はまだ分からない。

飛び級できるかどうかも、今は分からない。

だが、騎士団長の言葉だけは、はっきり残っていた。

-一瞬の隙で決め切れ―

見えるだけでは届かない相手がいる。

そのことを、俺は木剣一本で思い知らされた。