作品タイトル不明
第178話 三学期期末試験初日
三学期期末試験の初日。
王立学院の朝は、いつもより少し静かだった。
廊下を歩く生徒たちの間にも、普段のような軽い雑談は少ない。。
最後まで教科書などを確認している者。
何も言わずに教室へ向かう者。
学期末の試験前らしい空気だった。
今日行われるのは筆記試験。
明日は午前に応用課題、午後に実技がある。
飛び級を狙うなら、全ての試験で八十点以上を取らなければならない。
どれか一つでも落とせば駄目だ。
俺は教室へ向かいながら、小さく息を吐いた。
昨日の夜、福嶋亮太の本は開かなかった。
試験直前にようやく集中して勉強に没頭できた。
『魔法理論』の内容が気にならないと言えば噓になる。
俺は頭を切り替えるように、教室の扉を開けた。
◇
教室には、すでに何人かが席についていた。
いつものSクラスだが、今日は少し空気が違う。
セレナは自分の席で、静かにノートを閉じたところだった。
俺と目が合うと、彼女は少しだけこちらを見た。
「おはよう、リオン」
「おはよう」
「今日は大丈夫そうね」
「少しはね」
そう答えると、セレナは少し目を細めた。
「ならいいわ。今日は余計なことを考えないことね」
「分かってる」
「本当に?」
「本当に」
俺がそう言うと、セレナはまだ少し疑わしそうにしながらも、それ以上は言わなかった。
俺は自分の席に座り、筆記用具を机に出す。
教科書や資料はもう開かない。
ここまで来たら、最後に詰め込むより、頭を落ち着かせる方がいい。
そう思っていたところで、ローヴェン先生が教室に入ってきた。
教室の空気が、一段静かになる。
ローヴェン先生は教壇に立ち、教室を見回した。
「これより、三学期期末試験の筆記を行う」
いつも通り、無駄のない声だった。
「本日は筆記試験。明日は午前に応用課題、午後に実技を行う。
一年生最後の試験だ。悔いのないように臨め」
「当たり前だが不正は即失格。あと、時間配分を間違えるな。」
ローヴェン先生はそこで一度言葉を切った。
「では、始める」
問題用紙と答案用紙が配られていく。
紙が机に置かれる音だけが、教室の中に小さく響いた。
◇
試験開始の合図と同時に、俺はまず問題用紙全体に目を通した。
細かいところへ入る前に、全体を見る。
どこに時間をかけるか。
どこで確実に取るか。
どこで迷いそうか。
内容は、やはりSクラスの試験だった。
二学期期末試験もそうだったが、単純な暗記だけでは終わらない。
知識をそのまま書くだけではなく、どう使うかを見られている。
だが、想定外ではない。
昨日までに確認してきた範囲だ。
俺は一問目から順に解き始めた。
最初のうちは、手が少し硬かった。
福嶋亮太の本のことが、頭の奥でちらつく。
特に魔法理論に関わる問題を見た時は、まずかった。
あの本に書かれていた考え方が、自然に浮かんでくる。
属性ではなく、現象から考える。
それ自体は間違っていない。
むしろ俺にとっては、しっくりくる考え方だ。
だが、ここは試験だ。
今、求められているのは、学院で教わった範囲の中での答えだ。
「ふぅ…」
俺はペンを止めた。
知っていることを全部書けばいいわけじゃない。
深く知っていることと、試験で点を取ることは別だ。
そう考えて、書きかけた一文を少し消した。
学院の授業で扱った表現に戻す。
ローヴェン先生たちが見たいのは、今の俺がどこまで体系的に理解しているかだ。
奇抜な答えではない。
俺はもう一度息を整え、答案を書き進めた。
◇
一度立て直すと、少しずつ集中が戻ってきた。
問題文を読む。
何を問われているかを見る。
必要な材料を拾う。
余計なことを書かずに答える。
やることは単純だ。
ただ、その単純なことを最後まで崩さずに続けるのが難しい。
途中で一度、福嶋亮太の本がまた頭をよぎった。
亜空間収納。
もしあれを使えたら。
そんな考えが一瞬だけ浮かぶ。
すぐに追い払った。
今考えることじゃない。
試験中に余計なことを考えている時点で、かなりまずい。
俺は答案用紙へ視線を戻した。
今は、目の前の問題だけでいい。
そう自分に言い聞かせながら、最後まで解き進めた。
◇
「そこまで」
ローヴェン先生の声が教室に響いた。
ペンの音が止まる。
答案用紙が回収されていく。
教室の空気が、わずかに緩んだ。
俺も手を離し、小さく息を吐いた。
終わった。
少なくとも、筆記は終わった。
答案がローヴェン先生の手に渡る。
もう、今さら考えても仕方がない。
席を立つ準備をしていると、セレナがこちらへ来た。
「どうだった?」
「今回は難しかったけど、今できることはやったよ」
そう答えると、セレナはすぐに眉を上げた。
「ならいいわ」
セレナは少しだけ安心したように息を吐いた。
「途中で余計なことを考えなかった?」
「少し考えた」
「考えたのね」
「でも、戻した」
「なら、よしとするわ」
採点された気分だ。
ただ、実際にその通りだった。
戻せた。
それだけでも、今日は十分だと思う。
◇
教室を出る頃には、廊下にまた生徒たちの声が戻り始めていた。
筆記が終わった解放感。
明日への不安。
できた、できなかったという短いやり取り。
それぞれの声が重なっている。
セレナは隣を歩きながら言った。
「今日は早く休みなさい」
「分かってる」
「昨日の本も開かないこと」
「分かってる」
「本当に?」
「本当に。今日は開かない」
セレナは俺をじっと見た。
「約束よ」
「ああ」
今度は迷わず頷いた。
筆記は終わった。
だが、試験はまだ終わっていない。
明日は午前に応用課題。
午後に実技。
紙の上だけでは済まない試験が待っている。