軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第177話 集中できない理由

翌日の放課後。

俺たちは、王立学院の図書室に集まっていた。

窓際の長机に、俺たちはそれぞれ資料を広げた。

セレナはノートを開き、すぐに自分の確認に入る。

ヴィクトルは筆記の資料を並べ、苦手そうな範囲に印をつけていた。

エドガーは静かに参考書を読んでいる。

ガイルは今日もナディアの隣だ。

「ガイルさん、昨日の続きからで大丈夫ですか?」

「ああ。頼む」

ガイルは真面目な顔で頷いた。

その様子を見て、俺も自分の資料へ目を落とす。

飛び級のためにやるべきことは分かっている。

分かっているのに、目の前の文字が頭に入ってこなかった。

同じ行を、もう三回は読んでいる。

読んでいるはずなのに、意味が少しも残らない。

頭の隅に、昨日の本の文字がちらつく。

福嶋亮太。

亜空間収納。

転移。

魔力の目印……。

駄目だ。

今は試験対策だ。

そう思って、もう一度資料に目を落とした時だった。

「リオン」

ガイルの声が飛んできた。

「ここなんだが」

「ああ」

俺は顔を上げ、ガイルの示した箇所を見た。

見た。

……はずだった。

「リオン?」

「悪い。もう一度言ってくれ」

ガイルが少しだけ眉を寄せる。

「今日は反応が鈍いな」

その言葉に、セレナがこちらを見た。

ヴィクトルも顔を上げる。

「珍しいな。いつもなら、ガイルが詰まる前に気づくところだろ」

「少し寝不足なだけだ」

俺はそう言って誤魔化した。

ナディアが心配そうにこちらを見る。

「無理はしないでくださいね、リオンさん」

「大丈夫。ありがとう」

そう返したが、自分でもあまり説得力がないと思った。

エドガーは何も言わなかった。

ただ、一度だけこちらへ視線を向けて、すぐ本へ戻った。

それがかえって気になった。

勉強会は続いた。

ナディアはガイルの横で、丁寧に問題の見方を説明している。

「ここは、最初に目に入る言葉ではなく、最後に何を答えるように求めているかを見ると分かりやすいです」

「分かった」

「はい。では、もう一度読んでみましょう」

ガイルは素直に頷き、問題文へ目を戻した。

昨日よりも、少し落ち着いている。

少なくとも、今の俺よりはずっと集中していた。

しばらくして、セレナが資料を持って俺の隣へ来た。

「リオン、少しいい?」

「ああ」

俺は顔を上げる。

セレナは座るなり、資料ではなく俺の顔を見た。

「昨日の本のことね」

その言葉に、胸の奥が少しだけ詰まった。

否定はできなかった。

「……そうだな」

「やっぱり」

セレナは小さく息を吐いた。

「そんなに危ない本なの?」

危ない。

その言葉は間違っていない。

でも、それだけでもなかった。

危ない。

そして重い。

それを理解できてしまう。

「危ないというより……重いかな」

「何よ、それ」

「俺にも、まだうまく言えない」

セレナはじっとこちらを見る。

「その本に、何が書いてあったの?」

言いたい。

そう思った。

セレナなら、きっと真剣に聞いてくれる。

俺が危ないことをしようとしたら止めるだろう。

一緒に考えてくれるかもしれない。

でも、どう説明する?

日本語が読める理由。

福嶋亮太という日本人転移者。

失われた魔法。

どれか一つを話せば、次の説明が必要になる。

そして最後には、俺自身の前世の話に触れざるを得ない。

俺は黙った。

セレナは、その沈黙だけで何かを察したようだった。

「……言えないのね」

「悪い」

「謝らなくていいわ」

セレナは少しだけ目を伏せた。

「言えないことくらい、誰にでもあるもの」

その言い方は、責めているようではなかった。

でも、少し寂しそうにも聞こえた。

「ただし」

セレナはそこで顔を上げる。

「一人で試すのは駄目」

「何を?」

「その本に書いてあったことよ」

俺は返事に詰まった。

セレナは俺をまっすぐ見る。

「あなた、できそうだと思ったら試すでしょう」

「……否定しづらいな」

「否定できないなら、やめておきなさい」

強い言い方だった。

でも、その奥にあるのは怒りではない。

心配だ。

「分かった。少なくとも、試験前には試さない」

「試験前だけ?」

「……試験後も、一人では試さない」

「よろしい」

セレナはそう言って、ようやく資料を机に置いた。

「今日はここだけやりなさい」

「ここだけ?」

「あなた、今の状態で全部見ようとしても無理よ。頭が散っているもの」

「セレナが仕切るのか」

「あなたが使い物にならないからよ」

「ひどいな」

「事実でしょ」

言い返せなかった。

セレナは資料の一部を指差す。

「今日はここ。ここを落とさなければいいわ。

無理に全体を見ようとしないこと」

いつもなら俺が全体を見る側だ。

だが、今日はどう見てもその役目を果たせていない。

「分かった。そうする」

素直に頷くと、セレナは少しだけ表情を緩めた。

「それでいいのよ」

その後の勉強会では、俺はセレナに指定された範囲だけを見ることにした。

不思議なもので、やることを絞られると少しだけ頭が戻った。

完全ではない。

それでも、さっきよりはましだ。

横では、ガイルがナディアの説明を受けながら問題を解き直していた。

以前なら、分からない部分で少し苛立っていたかもしれない。

だが今は、止まってもすぐに聞く。

「ここは、こういう意味か?」

「はい。そこまで分かっていれば大丈夫です。あとは、答え方だけですね」

「分かった」

ガイルは短く答え、もう一度書き直した。

その様子を見て、少しだけ感心する。

本当に伸びている。

森で複数の魔物を見るようになった時と同じだ。

勉強でも着実に成長している。

ガイルがふと顔を上げ、こちらを見た。

「リオン」

「何だ?」

「今日は、俺の方が集中しているかもしれないな」

ヴィクトルが小さく笑う。

「それはなかなか珍しい日だね」

俺も苦笑した。

「そうかもしれない」

今までなら、俺が見て、俺が整理して、俺が全体を回そうとしていた。

でも、今日は違う。

セレナが範囲を絞る。

ナディアがガイルを見る。

ヴィクトルは自分の抜けを潰す。

エドガーは静かに必要なところだけを拾う。

俺が少し乱れても、勉強会は崩れなかった。

それは、少し悔しくもあり、少しほっともした。

夕方になり、図書室の窓の外が薄暗くなってきた頃、勉強会は一区切りになった。

「今日はここまでにしましょう」

セレナが言う。

ヴィクトルは資料をまとめながら伸びをした。

「だいぶ詰められたね。リオン以外は」

「俺も少しはやっただろ」

「少しはね」

ヴィクトルは悪びれずに笑う。

ガイルは自分の答案を見ながら、ナディアに頭を下げた。

「今日も助かった」

「いえ。昨日よりかなり良くなっています」

「そうか」

ガイルは少しだけ嬉しそうだった。

エドガーは参考書を閉じ、短く言った。

「この調子なら、間に合う」

それだけだった。

でも、エドガーがそう言うなら、たぶん本当にそうなのだろう。

俺たちは資料を片づけ、図書室を出た。

寮へ戻る道で、セレナが俺の隣に並んだ。

「リオン」

「ああ」

「さっきの話だけど」

来ると思っていた。

俺は少しだけ身構える。

セレナは前を向いたまま言った。

「無理に今話せとは言わないわ」

「……助かる」

「でも、あなたが一人で抱え込んで、変なことをするのは嫌よ」

「変なことはしない」

そう言うと、セレナは横目で俺を見た。

「その言葉、あまり信用できないわ」

「少しは信用してくれるのか」

「かなり譲歩してるのよ」

「そうか」

少しだけ笑ってしまった。

セレナも、ほんの少し表情を緩める。

でも、すぐに真面目な顔に戻った。

「本当に危ないものなら、誰かに話しなさい。私じゃなくてもいい。

リオンが信頼できる人に」

「分かってる」

「分かってるだけじゃ駄目よ」

「……試験が終わったら、少し話す」

セレナが足を止めた。

俺も少し遅れて止まる。

「約束?」

「ああ。話せる範囲で」

「またそれ?」

「全部を一度に話せるか分からないんだ」

セレナは少しだけ不満そうだった。

だが、最後には頷いた。

「いいわ。まずはそれで」

「ありがとう」

「しつこいけど、試験が終わるまで一人で何か試すのは禁止」

「分かった」

「本当に?」

「本当に」

今度は、はっきり言えた。

少なくとも試験が終わるまでは、福嶋亮太の魔法には触らない。

そう決めた。

寮の部屋に戻ると、机の端に置いた古い本がすぐ目に入った。

でも今日は開かない。

そう決めて、俺は本を机の奥へ押しやった。

試験資料を開く。

セレナに指定された範囲をもう一度確認する。

ペンを握る。

視線が、少しだけ本の方へ流れた。

駄目だ。

俺はすぐに資料へ目を戻した。

セレナの言葉をもう一度思い出しながら、俺は目の前の問題に向き直った。