軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第175話 王立図書館の勉強会

三学期期末試験に向けた勉強会は、王立図書館で行うことになった。

王立図書館。

それはアルスレイン王国の建国当初からあると言われる、王都でも特に古い建物だった。

王立学院の図書室も十分に広い。

だが、王立図書館はそれとはまるで違う。

高い石造りの壁。

分厚い扉。

天井近くまで伸びる本棚。

古い紙と革表紙の匂い。

中へ入った瞬間、思わず足が少し止まった。

ここはただ本が置かれている場所ではない。

王国が積み重ねてきた時間そのものが、棚の奥にぎっしり詰まっているように感じた。

「すごいわね」

隣でセレナが小さく言った。

「ヴァレスト家の書庫とはまた違うな」

「当然よ。ここは王国一の蔵書数を誇る図書館だもの」

ヴィクトルが周囲を見回しながら言う。

「商会関係の資料もあるって聞いたことがあるよ。

他にも王国史から魔法理論、古い地誌、建国期の文書まで揃ってるらしい」

「筆記試験前に来る場所としては、申し分ないな」

ガイルが言うと、ナディアが柔らかく頷いた。

「はい。静かですし、資料も多いですから」

エドガーは特に何も言わず、奥へ続く本棚を見ていた。

いつも通り寡黙だ。

ただ、その目は少しだけ興味を持っているように見えた。

俺たちは閲覧室の一角に席を取った。

大きな長机の上に、教科書、ノート、参考書、授業で配られた資料を並べる。

飛び級を狙うには、筆記、応用課題、実技の三種の試験で、それぞれ八十点以上を取る必要がある。

得意なところだけで稼いでも駄目だ。

一つでも落とせば、飛び級はできない。

「まずは、どこに抜けがあるか確認しよう」

俺が言うと、セレナが頷いた。

「そうね。全部を最初からやり直す時間はないわ」

「ガイルさんは私と一緒にやりましょう」

ナディアは今回もガイルに教える形になりそうだ。

「ああ。頼む」

ガイルは素直にナディアの隣へ移った。

ナディアはすでに、ガイルの苦手そうな範囲に付箋を挟んでいる。

たぶん、普段から放課後に見ている分、どこで詰まりやすいか分かっているのだろう。

「ガイルさん、まずはここから確認しましょう」

「ああ」

「急がなくて大丈夫です。まず、何を聞かれているかを見ましょう」

「分かった」

ガイルは真面目な顔で頷いた。

戦っている時と同じくらい真剣だ。

その横で、ヴィクトルは筆記の資料を広げていた。

「僕は筆記の抜けを潰しておくよ。油断すると細かいところで落としそうだからね」

「ヴィクトルでもそういうことあるのか?」

と思わず聞いてしまった。

「あるよ。俺はお前達みたいに何でも完璧に覚えてるわけじゃないからね」

そう言いながらも、ヴィクトルは手際よく資料を分けていく。

セレナは自分のノートを開き、静かに読み込み始めた。

エドガーは厚い参考書を一冊選び、黙ってページをめくっている。

全員、本気だった。

この場にいる誰も、ただ勉強会に付き合っているわけではない。

それぞれが飛び級を意識している。

俺も、全体を見ながら、自分の確認すべきところを整理していった。

しばらく勉強を進めていると、ガイルが一つの問題の前で止まった。

ナディアが横から静かに声をかける。

「そこは、最初の言葉に引っ張られすぎない方がいいです」

「最初の言葉?」

「はい。最後に何を答えるように求められているかを見てから、必要なところを拾うと分かりやすいです」

ガイルはもう一度問題文を見る。

「……なるほど」

「一度分かると、ガイルさんは早いですね」

「助かる、ナディア」

ナディアは少しだけ目を細めた。

「いえ。ガイルさんがちゃんと聞いてくださるので」

そのやり取りを見て、セレナが小さく笑った。

「素直に教わるのね」

「分からないなら聞くしかないだろう」

ガイルが当然のように返す。

「そこはあなたの良いところね」

「褒めているのか?」

「一応」

「一応か」

軽いやり取りのあと、二人はまたそれぞれの勉強へ戻った。

王立図書館の中は静かだった。

遠くで本を閉じる音。

誰かが紙にペンを走らせる音。

それだけが、広い閲覧室に小さく響いている。

しばらくして、俺は自分の手元の参考書を閉じた。

少し確認したいことがある。

最近、自分が使っている魔法のことだ。

水と風を組み合わせた高圧水。

土を弾丸のようにして飛ばす魔法。

属性からではなく、起こしたい現象から逆算して魔法を組む考え方。

この世界の上級魔法理論では、どこまで似たようなことが整理されているのか。

それが気になった。

俺が席を立つと、セレナが顔を上げた。

「どこへ行くの?」

「上級魔法理論の本を少し見てくる」

「また変なことを考えているんじゃないでしょうね」

「普通に確認したいだけだよ」

「あなたの普通は、あまり信用できないのよね」

「ひどいな」

そう返しながら、俺は魔法理論の棚へ向かった。

王立図書館の魔法理論の区画は、学院の図書室とは比べものにならなかった。

属性魔法。

詠唱構成。

魔力制御。

魔法陣。

複合属性。

空間干渉。

棚の端から端まで、魔法に関する本が並んでいる。

比較的新しい研究書もあれば、古い革表紙の本もある。

中には鎖で棚に固定されているものまであった。

俺は上級魔法理論の棚を順に見ていく。

何冊か目についた本を手に取り、目次だけを確認した。

どれも興味深い。

ただ、今探しているものとは少し違う。

そうしているうちに、奥の古い本が並ぶ区画へ出た。

人の気配が少ない。

そこだけ空気が少し違っていた。

本棚そのものも古く、置かれている本の背表紙は擦り切れているものが多い。

その棚の前に立った瞬間だった。

視界に、文字が浮かんだ。

《異物:強》

《分類:魔法理論》

《言語体系:不一致》

《保管履歴:不明》

《著者情報:欠落》

俺は足を止めた。

綻びの目が、反応している。

「……何だ?」

表示の先にあるのは、一冊の古い本だった。

革表紙は黒ずみ、角は少し削れている。

けれど、不思議と傷み切っている感じはない。

表紙には、この世界の文字でこう書かれていた。

『魔法理論』

題名だけなら、何の変哲もない。

だが、綻びの目の反応は普通ではなかった。

俺は慎重に、その本を棚から抜いた。

重い。

思ったよりしっかりした本だ。

表紙を開く。

次の瞬間、俺は固まった。

そこに並んでいたのは、この世界の文字ではなかった。

日本語だった。

「え……!」

思わず声が出た。

静かな図書館の中で、その声は思ったより響いた。

近くの司書がこちらをちらりと見る。

俺は慌てて口を押さえた。

もう一度、ページを見る。

間違いない。

日本語だ。

それも、古文でも何でもない。

前世で普通に読んでいたような、現代の文章だった。

最初のページには、こう書かれていた。

『この本を読めるやつへ。

まず落ち着け。

たぶん君は、俺と同じ場所から来た人間だ。

俺の名前は福嶋亮太。

十六歳の時、この世界に転移した。

この世界に来て、もうすぐ三十年になる。

この世界の魔法は、思っているよりずっと自由だ。

ただし、自由すぎるものはだいたい危ない。

だから、この世界では魔法をきちんと理論立てて教える。

事故を起こさないためだ。

でも俺が紹介する魔法は少し毛色が違う。

ここに書いてある魔法を試す時は、絶対に一人でやるな。

俺は一人でやって何度も後悔した。』

福嶋亮太。

日本人の名前だ。

俺はその文字から目を離せなかった。

十六歳の時、この世界に転移した?

転生じゃなくて転移だと?

さらに読み進めると、福嶋亮太はアルスレイン王国の建国に関わった一人だと書かれていた。

そこで、背筋が冷えた。

アルスレイン王国の建国。

それは今から二百年以上前の話だ。

でも、文章の雰囲気はどう見ても現代日本人のものだった。

時間の流れが、まるで合わない。

俺は喉の奥が乾くのを感じながら、さらにページをめくった。

『魔法を属性から考えるな。

火、水、風、土という分類は、ただの材料だ。

まず考えるべきなのは、「何を起こしたいか」だ。

火を出すんじゃない。何を燃やすのか。

水を飛ばすんじゃない。どう当てるのか。

風を起こすんじゃない。何を動かすのか。

土を固めるんじゃない。どんな形で使うのか。

属性は現象を作るための手段だ。』

指先が止まった。

これは、俺が感覚でやってきたことに近い。

いや、近いどころじゃない。

水を風で押す。

土を弾丸にする。

火を出すのではなく、燃やす対象と範囲を決める。

俺が前世の知識を元に、なんとなく組み立てていた考え方。

それが、ここでははっきり言葉にされていた。

「……嘘だろ」

小さく呟いてから、さらにページをめくる。

そこには、今の時代では見たことも聞いたこともない魔法の名前が並んでいた。

亜空間収納。

浮遊魔法。

転移。

帰還。

どれも、普通の魔法理論書に載っている言葉ではない。

その中の一つに、目が止まった。

『亜空間収納について。

発想の元は、前世で読んだ国民的漫画に出てきた、何でも入る不思議なポケットだ。

いや、笑うな。

俺も最初は「そんなの無理だろ」と思った。

でも、この世界の魔法は空間に干渉できる。

入口を作って、その先に小さな隔離空間を固定する。

そこに物を入れる。

ざっくり言えば、それだけだ。

収納できる量は、使い手の魔力量に左右される。

それと、生き物を入れる魔法としては考えない方がいい。

これはあくまで物を入れるための魔法だ。

詳しくは次のページから説明してるので暇なときに読んでくれ』

俺は、ページを見つめたまま息を止めた。

亜空間収納。

そんなものが本当に使えるなら、物資運搬も、旅も、領地運営も根本から変わる。

しかも、説明が妙に分かる。

入口を作る。

その先に隔離空間を固定する。

物を入れる。

内容さえ理解できれば、今の俺ならイメージできるかもしれない。

そう思った瞬間、少し怖くなった。

さらに別のページを開く。

『転移・帰還系魔法について。

発想の元は、前世で遊んだ国民的RPGに出てきた移動魔法だ。

一度行った場所へ、一瞬で戻るやつ。

もちろん、前世の現実にそんな魔法はなかった。

でも、この世界では場所ごとに魔力の流れや地脈の癖がある。

それを目印として記録し、自分の魔力をその場所へ結び直す。

理屈としては、目印を持った場所へ自分を戻す魔法だ。

必要なのは、魔力量だけじゃない。

場所を正確にイメージする力と、魔力の目印を間違えずに掴む感覚だ。』

俺は本を閉じそうになった。

ここで紹介されている魔法は、どれも今の時代には残っていない魔法ばかりだ。

これは、チートだらけじゃないか。

しかも、ただの夢物語ではない。

仕組みの説明がある。

前世の知識を持っていて、魔法を現象から組み立てられるなら、理解できる可能性がある。

福嶋亮太。

俺より先にこの世界へ来た日本人。

アルスレイン王国建国に関わり、その後、独自に魔法体系を作り上げた人物。

その本人が、未来にこの本を読む誰かへ向けて、日本語で魔法を説明している。

俺はしばらく、本を持ったまま動けなかった。

「リオン?」

背後から声がした。

振り返ると、セレナが立っていた。

「遅いわよ。何を読んでいるの?」

俺は咄嗟に本を閉じた。

「……少し、気になる本を見つけた」

セレナは俺の顔を見て、眉をひそめる。

「少し、という顔じゃないわよ」

「そんな顔してたか?」

「してたわ」

ごまかしきれていない。

だが、今ここで説明するわけにもいかない。

とても簡単に口に出せる話ではなかった。

「とりあえず、戻るよ。勉強会の途中だし」

「……本当に?」

「ああ」

俺は本を一度、元の棚に戻した。

表紙には、この世界の文字でただ一言。

『魔法理論』

中身を知らなければ、ただの古い本にしか見えない。

だが、俺にはもうそう見えなかった。

席に戻ると、勉強会はまだ続いていた。

ガイルはナディアに見てもらいながら問題を解いている。

ヴィクトルは筆記の抜けを潰し、エドガーは相変わらず静かに本を読んでいる。

俺も席に座った。

「リオン、ここを確認したいんだけど」

セレナが資料を指す。

「ああ」

俺は返事をした。

したのだが、頭の半分以上は、さっきの本のことで埋まっていた。

福嶋亮太。

日本語。

亜空間収納。

転移魔法。

ページに並んでいた言葉が、頭の中から離れない。

「リオン?」

「え?」

「今、聞いていた?」

「ごめん、聞いてなかった」

セレナの目が細くなる。

「やっぱり変よ。さっきの本、何だったの?」

「古い魔法理論書だよ」

「それは表紙を見れば分かるわ」

「中身が少し変わってた」

「少し?」

「……かなり」

セレナはしばらく俺を見ていたが、図書館の中だからか、それ以上は追及してこなかった。

「後でちゃんと説明しなさい」

「説明できる範囲でな」

「何よ、それ」

セレナは不満そうだったが、今は勉強会を優先することにしたらしい。

俺も資料に目を戻した。

だが、集中はほとんど戻らなかった。

勉強会が終わる頃には、外はすっかり暗くなり始めていた。

王立図書館の窓の外には、冬の夕暮れが広がっている。

閲覧室の魔石灯が淡く灯り、本棚の影を長く伸ばしていた。

「今日はここまでにしましょう」

セレナが言う。

ガイルは少し疲れた顔をしていたが、表情は悪くなかった。

「少し見えた気がする」

ナディアが微笑む。

「それならよかったです。次は今日の続きからやりましょう」

「頼む」

ヴィクトルも資料をまとめながら言う。

「試験までは、何度かここで集まった方がよさそうだね」

エドガーが短く頷く。

「悪くない」

皆が荷物をまとめ始める。

俺も一度はノートを閉じた。

だが、そのまま帰る気にはなれなかった。

「少しだけ待っててくれ」

そう言って、俺はもう一度、魔法理論の棚へ向かった。

さっきの古い本は、同じ場所にあった。

表紙には、この世界の文字で『魔法理論』。

だが、その中身は普通ではない。

俺はその本を手に取り、貸出の受付へ向かった。

司書が本を確認し、少しだけ意外そうな顔をした。

「この本を借りられるのですか?」

「はい」

「かなり古い魔法理論書です。内容が難しいらしく、借りる方はほとんどいませんが」

そりゃそうだろう。

中身、日本語だし。

俺は内心でそう思いながら、表情には出さなかった。

「少し、確認したいことがありまして」

「そうですか。返却期限はこちらになります」

司書が手続きを終える。

俺は本を受け取った。

福嶋亮太。

日本からこの世界へ転移し、アルスレイン王国建国に関わった人物。

その人物が、口語体の日本語で書き残した魔法の本。

試験勉強のために来たはずの王立図書館で、俺は試験よりもずっと厄介な本を見つけてしまった。