作品タイトル不明
第171話 動く的
セレナと俺の冒険者ランクが上がってから数日。
今日は魔法実技の授業だ。
訓練場の中央には、いくつもの的が並んでいる。
今日の的は普通の的ではない。
大人の身長くらいの円柱の的が、魔道具の力で左右に動くようになっていた。
一定の速さではない。
時々、急に止まり、また急に動く。
魔法担当の教師は、その前に立って言った。
「今日の課題は、動く標的の制圧だ」
教室とは違い、訓練場では声がよく通る。
「止まっている的を壊すだけなら、威力で押し切ることもできる。
だが、実戦では相手は動く。逃げる。避ける。時にはこちらの予想と違う動きをする」
教師は動く的を軽く指した。
「今日見るのは、威力だけではない。標的の動きを読み、どう止め、どう仕留めるかだ」
その説明を聞きながら、俺は少しだけセレナの方を見た。
セレナも、的を見ていた。
表情は落ち着いている。
たぶん、以前のセレナなら、あの的を見てまず威力と精度を考えただろう。
だが、今は少し違うはずだ。
森で何度も魔物を相手にした。
足場を見て、風向きを見て、相手の進路を見て、必要な魔法を選んできた。
今日の課題は、今のセレナにかなり合っている。
◇
最初に呼ばれたのは、エドガーだった。
エドガーは静かに前へ出る。
いつも通り、無駄な動きがない。
「始め」
教師の合図と同時に、的が横へ動き出した。
エドガーはすぐには撃たなかった。
的の動きを一度見て、次に通る位置を読む。
それから、短く詠唱した。
風の刃が走る。
的がちょうど戻ってくる位置に、風刃が置かれるように入った。
円形の板の中央に、綺麗な傷が入る。
訓練場が少しざわついた。
「見事だ。動きをよく読んでいる」
教師がそう評価すると、エドガーは短く頭を下げた。
「ありがとうございます」
それだけ言って、すぐに下がる。
相変わらずだ。
派手ではない。
でも、強い。
次はガイルだった。
ガイルが前へ出ると、訓練場の空気が少し変わった。
体格のせいもあるが、それだけではない。あいつは立つだけで圧がある。
「始め」
的が動き出す。
ガイルはエドガーほど待たなかった。
大きく息を吸い、強烈な風魔法を放つ。
的が避けるように横へ動くが、風の圧が広く押し込む。
逃げ場ごと潰すような一撃だった。
的は大きく揺れ、支柱ごと軋んだ。
「力で押したな」
教師が言う。
ガイルは少しだけ眉を動かした。
「駄目でしたか」
「いや、成立している。相手の動きを読むより、逃げ場を狭めた。お前らしい」
クラスメイトたちが小さく声を上げる。
「やっぱりガイルは強いな」
「あれ、普通なら避けきれないだろ」
ガイルは特に得意げな顔もせず、黙って戻ってきた。
次に呼ばれたのはナディアだった。
ナディアは丁寧に前へ出る。
構えも詠唱も、教科書通りに綺麗だった。
的が左右に揺れる。
ナディアは焦らず、魔力を整え、タイミングを合わせた。
放たれた魔法は大きくない。
だが、的の中心をきちんと捉えた。
「安定している」
教師が頷く。
「動く相手に対しても型が崩れていない。良い制御だ」
ナディアはほっとしたように息をついた。
「ありがとうございます」
エドガー、ガイル、ナディア。
三人とも、それぞれの強さが出ていた。
そして次に、セレナの名前が呼ばれた。
◇
セレナは前へ出る。
訓練場の視線が少し集まった。
セレナ・ヴァレスト。
公爵家の娘で、魔法の実力は一年Sクラスの中でも上位。
当然、周囲の期待も高い。
教師が合図を出す。
「始め」
的が左右に動き出した。
セレナは、すぐには撃たなかった。
まず、的そのものではなく、その下を見る。
支柱の動き。
揺れの幅。
次に戻ってくる位置。
それから短く詠唱した。
土魔法が、的の足元にあたる支柱の根元を軽く持ち上げる。
的の揺れが一瞬だけ乱れた。
その瞬間、セレナは水魔法を放つ。
大きな水弾ではない。
細く、速く、的の中央を狙った一撃。
水が走り、的の中心を叩いた。
動きが止まる。
訓練場が一瞬静かになった。
派手な大魔法ではない。
けれど、流れが綺麗だった。
相手を見て、足元を乱し、止まった瞬間に仕留める。
森で見てきた、セレナの戦い方だ。
教師が少し目を細めた。
「……今のは良い」
セレナは軽く息を整える。
「標的を壊す前に、まず動きを乱したな。威力で押したのではない。相手の動きを見て、必要な魔法を組み立てている」
教師の声には、はっきりとした評価があった。
「以前より、ずっと実戦的だ」
クラスメイトたちがざわつく。
「セレナ様、前と使い方が違わないか?」
「今の、すごく綺麗だったな」
セレナは表情を崩さなかったが、ほんの少しだけ口元が緩んだ気がした。
戻ってきたセレナに、ヴィクトルがすぐ声をかける。
「やっぱり、休みのたびにリオンと冒険者依頼を受けてるだけあるね」
セレナが即座に反応した。
「別に、リオンと特訓していたわけじゃないわ」
「でも、かなり影響は受けてるでしょ」
「……それは、否定しないけど」
少しだけ言葉に詰まるあたり、珍しい。
俺は普通に言った。
「セレナが自分で直しただけだよ」
セレナが一瞬、こちらを見る。
「そういうところよ」
「何が?」
「別に」
またそれか。
ヴィクトルが横でにやにやしていたが、何も言わなかった。
◇
何人かの生徒が続いたあと、教師の視線がこちらへ向いた。
「リオン」
「はい」
「最後にやってみろ」
そう言われて、俺は前へ出た。
過去の魔法実技で何度も的を破壊しているリオンに備えて新しい的が用意される。
教師は的の周囲に防護魔法をかけた。
「的には防護魔法を強めにかけてある。遠慮はいらん」
「分かりました」
そう言われたなら、少し試してみたいことがある。
水と風を組み合わせた高圧水は、もう何度か使っている。
だが最近、別の形も考えていた。
前世にあった武器をイメージする。
鉄砲だ。
小さく硬いものを、とんでもない速さで飛ばすという発想は、魔法でも再現できるかもしれない。
実際に撃ったことは1回しかないが、仕組みはイメージはできている。
この世界には鉄砲がない。
俺は足元の土を少し拾った。
左手の掌に乗せる。
土魔法で、それを小さく固める。
丸ではない。
先端を少し細く、後ろを太くする。
空気を切りやすい形。
右手の中指に、強化魔法を纏わせる。
さらに、弾き出す瞬間に風魔法を後ろから乗せる。
的が左右に動き始める。
俺は呼吸を整えた。
狙うのは、的が戻る一瞬。
指を弾く。
次の瞬間、乾いた音が訓練場に響いた。
的の中央に、小さな穴が開いていた。
いや、それだけではない。
防護魔法を施された的を貫き、その後ろの壁にまで土で作った弾丸がめり込んでいる。
訓練場が静まり返った。
誰もすぐには声を出さなかった。
俺は的を見て、小さく頷く。
「よし。イメージ通り」
その瞬間、セレナが呆然とした声を出した。
「……先に起こしたい現象を考えるって言ってたけど、あなたは一体何を考えているの?」
「小さく硬いものを、すごく速く飛ばす魔法」
「説明が雑すぎるわ」
ヴィクトルが横から言う。
「いや、雑だけど、見たものはだいたいそれだったな」
ガイルは的を見たまま、低く言った。
「あれ、人に向けるなよ」
「向けないよ」
エドガーはしばらく的を見ていた。
そして、ぽつりと言う。
「……あれは、魔法というより兵器だな」
その言葉に、俺は少しだけ内心で引っかかった。
兵器。
前世の知識で考えれば、たしかにそうだ。
鉄砲を魔法で真似しようとしたのだから。
教師も数秒黙っていたが、やがて小さく咳払いした。
「……リオンの魔法は、安易に真似るな。危険だ」
それはそうだと思う。
「だが、発想としては覚えておけ。魔法は威力だけではない。どう当て、どう止め、どう使うかだ」
教師は的を見た。
「もっとも、今のは少しやりすぎだがな」
「すみません」
「謝るなら、次から事前に言え」
「はい」
クラスメイトたちの間に、ようやくざわめきが戻ってきた。
「今の、見えたか?」
「いや、音がしてから穴が開いてた」
「土を飛ばしたのか?」
「土であの威力?」
ざわめきの中で、セレナはまだ俺を見ていた。
「あなた、本当にどこまで行くつもりなの?」
「別に、どこかへ行くつもりはないけど」
「そういう意味じゃないわよ」
少しだけ呆れたように言って、セレナはため息をついた。
◇
授業が終わる頃には、訓練場の空気はまだ少しざわついていた。
エドガーの正確な風魔法。
ガイルの力強い一撃。
ナディアの安定した制御。
セレナの実戦で磨かれた型。
そして、俺の新しい魔法。
動く的を相手にしただけの授業だったけど、その時間で、それぞれの魔法の違いがはっきり出た。
セレナは森で得た戦い方を、学院の中で見せた。
魔法は、ただ強く撃てばいいものじゃない。
その違いが、今日の的にはっきり刻まれていた。