作品タイトル不明
第172話 ガイルの申し出
翌日の朝。
教室に入ると、あちこちが少しざわついていた。
「昨日のあれ、見えたか?」
「音がしたと思ったら、的に穴が開いてたぞ」
教室のあちこちで、そんな声が聞こえていた。
どうやら昨日の土の弾丸が、思った以上に話題になっているらしい。
俺としては、試してみた魔法が思った通りに飛んだだけだった。
ただ、エドガーに「兵器」と言われたことは、少しだけ引っかかっている。
そんなことを考えながら席に着くと、セレナがこちらを見た。
「リオン、次の休みだけど」
「ああ」
俺は教科書を机に置きながら頷いた。
「冒険者ギルドに行くんだろ?」
「そのつもり。D級になったし、少し依頼の幅も広がるわよね」
「広がるけど、急に難しい依頼を受けるつもりはないぞ」
「分かってるわよ」
セレナは少しだけ不満そうに言った。
「でも、いつまでも森の入口ばかりというわけにもいかないでしょ」
「それはそうだな。少しだけ範囲を広げてもいいかもしれない」
「なら――」
「ただし、奥には行かない」
先に言うと、セレナは少し眉を上げた。
「まだ何も言ってないわ」
「言いそうだったから」
「そういうところ、本当に読まなくていいのよ」
「読まないと危ないからな」
セレナは何か言い返そうとして、結局ため息をついた。
「まあいいわ。依頼書を見てから決めましょう」
「そうしよう」
そう話していると、近くに大きな影が差した。
顔を上げると、ガイルが立っていた。
いつものように大柄で、立っているだけで存在感がある。
けれど、表情はいつもより少し真面目だった。
「リオン、セレナ。少し聞きたいことがある」
「珍しいな」
俺が言うと、ガイルは短く頷いた。
「冒険者のことだ」
セレナが少し目を細める。
「冒険者?」
「ああ」
ガイルは一拍置いてから、まっすぐこちらを見た。
「俺も、次の休みに一緒に行けないか」
思ったより直球だった。
セレナも少し驚いた顔をする。
「あなたが?」
「そうだ」
「急ね」
「昨日の魔法実技を見て、少し考えた」
ガイルはそう言って、近くの椅子を引き、腰を下ろした。
教室のざわめきはまだ続いている。
だが、この周りだけ少し空気が変わった。
◇
ガイル・ベイルン。
王国東部の武門の名家、ベイルン家の嫡男。
幼い頃から、強くあることを求められてきたのだろう。
実際、ガイルは強い。
身体能力は一年の中でも飛び抜けている。
魔法の威力もある。
昨日の実技でも、動く的の逃げ場ごと潰すような風魔法を放っていた。
単純な力なら、間違いなく上位だ。
だが、ガイル自身はそれだけで満足していないらしい。
「昨日のセレナの魔法は、前と違った」
ガイルが言った。
セレナは少しだけ視線を動かした。
「そう?」
「ああ。前はもっと正面から強い魔法を撃つ感じだった。だが昨日は、相手の動きを崩してから仕留めていた」
「実戦でそういう使い方を覚えただけよ」
「その実戦が大事なんだと思った」
ガイルは淡々と言った。
「俺は、今まで力で押してきた。学院の授業では、それでだいたい通った」
「実際、通ってるだろ」
俺が言うと、ガイルは首を振る。
「通っているだけだ」
その声には、少しだけ重みがあった。
「二学期の期末では、俺はリオンより下だった。昨日の授業でも、リオンは別として、セレナの魔法も明らかに変わっていた」
「リオンは別なんだ」
セレナが小さく言う。
「別だろ」
ガイルは当然のように言った。
俺としては、そこまで当然みたいに言われても困る。
だが、ガイルは真面目だった。
「俺は強いと思っている。そこは疑っていない」
その言い方は、嫌味ではなかった。
ただ、事実として自分を見ている。
「だが、強いだけでいいのかと思った」
その言葉に、俺は少しだけ黙った。
昨日のガイルの一撃は強かった。
強烈で、的の逃げ場を奪うような魔法だった。
でも、もし森の中だったら。
味方が近くにいたら。
守るべき荷や人がいたら。
同じように力で押せばいいとは限らない。
ガイルも、そこに気づき始めているのだろう。
「学院の授業だけで学べることもある。だが、足りないものもある」
ガイルは俺たちを見る。
「セレナが変わったのは、休みの日に実戦を重ねたからだろう。なら、俺も外へ出たい」
まっすぐだった。
プライドで言っているのではない。
いや、プライドはあるだろう。
でも、それ以上に、強くなることに対して誠実だった。
◇
セレナは少しだけ腕を組んだ。
「冒険者登録はまだなの?」
「まだだ」
「なら、最初はG級よ」
「ああ」
ガイルはあっさり答えた。
セレナが少しだけ目を丸くする。
「意外と素直ね」
「何がだ」
「もっと不満を言うかと思った」
「実績がないなら下からだろう」
その答えに、俺は少し笑ってしまった。
ガイルはこういうところがいい。
家格や体格や力に誇りはある。
でも、筋の通った話ならちゃんと飲み込む。
「一緒に行くのはいい」
俺が言うと、ガイルはこちらを見た。
「本当か」
「ああ。ただし条件がある」
「聞こう」
即答だった。
「まず、登録から。最初は低級依頼。無理な討伐は受けない」
「ああ」
「依頼中は勝手に突っ込まない」
「分かった」
「危ないと判断したら撤退する。倒せそうかどうかじゃなくて、俺が危ないと判断したら撤退」
ガイルは少しだけ眉を動かした。
「俺がまだ戦えると言ってもか」
「撤退」
セレナが横で小さく笑った。
「それ、私も言われたわ」
ガイルは少し考えてから頷いた。
「分かった。依頼中は従う」
「もう一つ」
「まだあるのか」
「ある」
俺はガイルとセレナを見た。
「学院なら競ってもいい。でも依頼中は競争じゃない。
目的は依頼を達成して、全員で無事に帰ることだ」
ガイルは黙って聞いている。
「セレナと張り合うなとは言わない。けど、森の中で張り合いすぎるな。
倒した数より、判断を間違えない方が大事だ」
「……なるほどな」
ガイルは低く言った。
「それは、俺に必要なことかもしれない」
その反応は少し意外だった。
もっと反発するかと思ったが、ガイルはむしろ真剣に受け止めている。
セレナが少しだけ笑った。
「足を引っ張ったら置いていくわよ」
ガイルがそちらを見る。
「それはこっちの台詞だ」
「言ったわね」
二人の間に少し火花が散った気がした。
ただ、悪い空気ではない。
セレナはすでに実戦経験を積み始めている。
ガイルはこれから外へ出る。
この二人が同じ依頼に出たら、たぶん張り合う。
だが、悪い方向にいかなければ、互いにかなり伸びるかもしれない。
「リオン」
ガイルが改めて言った。
「俺は、力で押すことしかできないわけじゃないと証明したい」
「誰に?」
「まずは俺自身にだ」
その答えで十分だった。
「分かった。次の休み、一緒にギルドへ行こう」
「ああ」
ガイルは短く頷いた。
◇
話がまとまったところで、ヴィクトルがいつの間にか近くに来ていた。
「面白そうな話をしてるな」
「聞いてたのか」
「途中からね」
ヴィクトルはにこにこしている。
「ガイルも冒険者登録か。いよいよSクラスの実戦派が増えてきたな」
「茶化すな」
ガイルが言う。
「茶化してないよ。実際、面白い流れだと思ってる」
ヴィクトルは俺たち三人を順に見た。
「リオンが判断役、セレナが魔法制圧、ガイルが前衛。かなりバランス良いんじゃない?」
「前衛か」
ガイルが小さく呟く。
その顔は、少しだけ考え込んでいた。
今までのガイルは、自分が前へ出て相手を倒すことを考えていたのかもしれない。
でも、パーティーの前衛はそれだけじゃない。
前に立つ。
相手の動きを受け止める。
後ろの味方が魔法を撃つ時間を作る。
力の使い方が変わる。
ガイルにとって、それは新しい課題になるはずだ。
「前衛は向いてると思うよ」
俺が言うと、ガイルはこちらを見た。
「本当か」
「ああ。体格も反応もいいし、セレナが魔法を撃つ時間を作る。俺が周囲を見る時間を作る。そういう前の出方もある」
ガイルはしばらく黙った。
それから、少しだけ口元を上げた。
「面白いな」
その一言には、はっきりとした熱があった。
◇
授業開始の鐘が鳴る。
生徒たちが席へ戻り始めた。
ガイルも立ち上がる。
「次の休みだな」
「ああ。朝、ギルド前で」
「分かった」
セレナが横から言う。
「遅れたら置いていくわよ」
「遅れない」
ガイルはそう言って、自分の席へ戻っていった。
その背中は大きい。
けれど、いつもより少し違って見えた。
セレナは森で、自分の型を見つけ始めた。
そして今度は、ガイルが学院の外へ出ようとしている。
強いだけでいいのか。
その問いを持ったまま、武門の名家の嫡男が冒険者ギルドへ向かうことになった。