軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第170話 セレナの型

三学期が始まってから、俺たちの日々は少しずつ形を変えていった。

平日は王立学院で授業を受ける。

そして休みの日になると、王都の冒険者ギルドへ向かう。

最初のうちは、セレナもまだ森での動きに慣れていなかった。

足場を見る。

風向きを見る。

森の乾き具合を見る。

どれも学院の実技ではあまり意識しないことだ。

だが、セレナは一度言えば次にはもう直してくる。

「今日は風が強いわね。火魔法は控えるべきかしら」

森に入る前、セレナがそう言った時、俺は少しだけ感心した。

「その判断でいいと思う」

「当然よ。前に言われたことくらい覚えているわ」

そう言って、セレナは森の入口へ目を向けた。

こういうところだ。

ただ魔力が多いわけじゃない。

ただ成績がいいわけでもない。

見て、考えて、次に反映する。

セレナは、それがかなり早い。

最初の数回は、俺が指示を出す場面が多かった。

「右の木の陰。足元が悪い」

「ええ」

「火は使わない方がいい」

「分かってるわ」

「討伐部位、忘れるなよ」

「分かってるってば」

それが、回数を重ねるごとに少しずつ変わっていった。

次の依頼では、セレナが自分から足場を見た。

その次の依頼では、魔物の進路を読んで、先に土魔法で足場を崩した。

さらに次には、討伐後の部位回収まで自然にこなすようになっていた。

顔をしかめることはある。

だが、手は止めない。

そのあたりは、さすがに公爵家の娘というべきかもしれない。

嫌なことでも、必要だと分かればやる。

しかも、きちんとやる。

ただ、俺のやり方は簡単には真似できないらしい。

セレナは何度か、俺の水と風を組み合わせた高圧水の魔法を試そうとした。

だが、水は途中で散る。

風だけが先に抜ける。

水の形が崩れて、狙った場所に届かない。

「……また駄目ね」

森の端で、セレナが悔しそうに呟いた。

「今すぐできたら、俺がへこむ」

「できないと悔しいのよ」

「分かるけどな」

セレナは水魔法も風魔法も使える。

だが、二つの魔法を順番に使うことと、一つの現象として組むことは違う。

「水を作る。風で押す。じゃなくて、細い水を風圧で押し出すところまで一つにしないと駄目なんだと思う」

「分かってはいるのよ」

「分かってすぐできるなら苦労しないよ」

「それはそうだけど」

セレナは不満そうにしながらも、投げ出す顔ではなかった。

「次はもう少し形にするわ」

「本気でやるつもりか」

「当然でしょ」

そう言い切るあたり、やっぱりセレナだ。

その日の依頼で、ワイルドボアが二体、少しずれた位置から現れた。

以前なら、セレナは正面の一体に魔法を撃っていただろう。

だが、今は違った。

セレナは一歩引き、まず二体の進路を見た。

それから短く詠唱する。

土魔法で一体目の足元を盛り上げる。

進路がずれた。

すぐに、二体目の足元へ水魔法を放つ。

湿った落ち葉が跳ね、ワイルドボアの足が滑る。

その一瞬に、セレナは小さく絞った風の刃を放った。

一体目の動きが止まり、二体目も大きく姿勢を崩す。

セレナは慌てず、必要最低限の魔法で順に仕留めた。

俺はそれを見て、素直に感心した。

俺の真似じゃない。

水と風を無理に組み合わせた魔法でもない。

魔法を意識してから発動するまでがスムーズだ。

セレナの魔力と、セレナの理論で組んだ戦い方はみていて感心する。

「今のは良かった」

俺が言うと、セレナは少しだけこちらを見た。

「そう?」

「ああ。もう俺の指示はいらなかったな」

「当然よ。いつまでも教わってばかりじゃないわ」

そう言いながら、口元は少しだけ緩んでいた。

セレナの型。

そう呼べるものが、少しずつ見え始めていた。

その直後だった。

セレナが討伐部位を回収しようとした瞬間、茂みの奥から小型の魔物が飛び出した。

大きな相手ではない。

セレナでも対応できたかもしれない。

ただ、完全に死角だった。

俺は反射的に前へ出る。

短く水を走らせ、魔物の足を止める。

そのまま剣の柄で頭を打ち、動きを止めた。

「今の、私でも対応できたわ」

セレナが少し不満そうに言った。

「そうかもしれない。でも死角だった」

「信じてないってこと?」

少しだけ、声が尖る。

俺は首を振った。

「信じてる。だから前は任せてる」

「じゃあ」

「でも、見えないところを見るのは俺の役目だ」

セレナは言い返そうとして、少し黙った。

「……そういう言い方をされると、反論しづらいわね」

「事実だからな」

「相変わらず、ずるいわ」

そう言って、セレナは視線を逸らした。

守られるのが嫌なのは分かる。

弱いもの扱いされるのも嫌だろう。

でも俺は、セレナを弱いとは思っていない。

前を任せられるくらいには、もう十分強い。

だからこそ、見えないところだけは俺が見る。

そのつもりだった。

そんな日々が、しばらく続いた。

ある日、いつも通り依頼を終えて冒険者ギルドへ戻ると受付で俺たちは呼び止められた。

「リオンさん、セレナさん。少しよろしいですか」

受付の女性の声は、いつもより少し改まっていた。

「何か問題でも?」

俺が聞くと、受付の女性は首を振った。

「いえ。昇格の件です」

隣でセレナが少し目を動かした。

「昇格?」

「はい。セレナさんは、今回の実績をもってD級へ昇格となります」

「……もうD級なの?」

セレナが少し驚いた声を出した。

「通常、G級からD級までは、毎日のように依頼をこなしても数か月はかかります。

ですが、セレナさんの場合は達成率、報告内容、討伐部位の提出、負傷なしの実績、いずれも非常に良好です」

受付の女性は続ける。

「実戦能力も十分と判断されました」

セレナは少し黙った。

嬉しくないわけではない。

ただ、自分でも思っていたより早かったのだろう。

「そして、リオンさんはB級へ昇格です」

「俺もですか」

「はい。もともとガルムベア討伐の実績がありましたし、今回の継続的な依頼達成で、B級相当と判断されました」

B級。

それは、冒険者の中でもかなり上位に入る等級だ。

もちろん、上にはA級やS級もいる。

だが、B級まで上がれないまま現役を終える冒険者も多い。

そこへ、俺は思ったより早く来てしまったらしい。

周囲の冒険者たちの視線が、少し集まる。

「あの二人か」

「ガルムベアを倒した子爵家の少年だろ」

「隣は公爵令嬢の新人だって聞いたぞ」

「週末だけでD級まで上がったのかよ」

小声ではある。

だが、聞こえないほどではない。

冒険者ギルドの中で、俺たちの二人パーティーは少しずつ注目され始めていた。

「お二人は、ずいぶん息が合ってきましたね」

受付の女性がそう言った。

「セレナの判断がかなり早くなりましたから」

俺は自然に答えた。

セレナが少しこちらを見る。

「最初は指示を待つ場面もありましたけど、今は足場も魔物の動きも自分で見ている。

今日の討伐も、ほとんどセレナの判断で進められました」

「……そう」

セレナは短く返した。

けれど、少しだけ表情が違った。

褒められることには慣れているはずだ。

公爵家の娘として、魔法の才能を褒められることも多かっただろう。

でも、実戦での判断を評価されるのは、少し違うのかもしれない。

受付の女性は微笑んだ。

「今後も無理のない範囲で依頼を受けてください。

特に、ランクが上がると選べる依頼も増えますが、無理は禁物です」

「分かっています」

「分かっているわ」

俺とセレナは、ほとんど同時に答えた。

受付の女性は少しだけ笑った。

ギルドを出ると、王都の空はもう夕方の色になっていた。

冬の風が通りを抜ける。

依頼帰りの疲れはあるが、嫌な疲れではない。

セレナは少しの間、何も言わずに歩いていた。

「どうした?」

俺が聞くと、セレナは前を向いたまま答えた。

「最初は、冒険者活動なんてもっと荒っぽいものだと思っていたわ」

「実際、荒っぽい部分もあるよ」

「でも、それだけじゃないのね。判断して、準備して、後始末をして、報告する。

思っていたより、ずっと細かい仕事だった」

「だから続けられる冒険者は強いんだと思う」

セレナは少しだけ頷いた。

しばらく沈黙が続く。

それから、彼女は小さく言った。

「あなたと一緒だったから、続けられたのかもしれないわね」

「セレナがちゃんと吸収したからだよ」

俺がそう返すと、セレナは一瞬だけこちらを見た。

それから、少しだけ視線を逸らす。

「……そういうところよ」

「何が?」

「別に」

よく分からない。

ただ、セレナの横顔は少しだけいつもと違って見えた。

夕方の光のせいかもしれない。