軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第169話 森での戦い方

森の入口に入ると、空気が変わった。

王都の外とはいえ、街道沿いにはまだ人の気配がある。

だが、木々の間に足を踏み入れると、その気配は一気に薄くなった。

冬の森は葉が少なく、思ったより見通しはいい。

ただ、足元には湿った落ち葉が重なり、ところどころ霜も残っている。

歩き方を間違えると、簡単に足を取られそうだった。

俺はまず、周囲を確認した。

足場。

木の間隔。

逃げ道。

風向き。

枯れ草の多さ。

それから、魔物の気配。

隣でセレナが少し不思議そうに俺を見た。

「魔物を探す前に、そんなところを見るのね」

「戦う場所を見ないと、戦い方を決められないからね」

「なるほどね」

セレナは素直に頷いた。

一学期の課外授業で、セレナも魔物との戦闘は経験している。

だが、あれは他にもメンバーがいた。

自分の判断で危険を背負う実戦経験は、まだ少ない。

でも、それは十三歳なら普通だ。

むしろ俺の方がおかしい。

森の入口から少し進んだところで、茂みが揺れた。

「セレナ」

「ええ」

彼女も気づいたらしい。

低い唸り声とともに、小さな魔物が姿を現した。

短い牙を持つ猪型の魔物。ワイルドボアだ。

低級魔物だが、突進力はある。

真正面から食らえば、子どもの体なら簡単に吹き飛ばされる。

ワイルドボアはこちらに気づいた瞬間、地面を蹴った。

「来るぞ」

俺が言った直後、ワイルドボアがまっすぐ突っ込んできた。

セレナは一瞬だけ反応が遅れた。

学院の実技なら、相手は開始の合図を待ってくれる。だが、森の魔物はそんなことはしない。

それでも、セレナの身体はすぐに動いた。

横へ一歩。

ワイルドボアの突進が、彼女の脇を抜ける。

避け方は悪くない。

セレナはすぐに振り返り、詠唱を始めた。

「炎よ――」

魔力が集まり、火の塊が形を作る。

セレナの魔法はやはり綺麗だ。

魔力の流れも安定しているし、火の形も崩れていない。

だが、ワイルドボアはじっと待ってくれない。

火球が放たれた瞬間、ワイルドボアは低く身を沈めて横へ跳ねた。

火球はその脇を抜け、近くの枯れ枝に当たる。

ぱち、と小さな火が走った。

俺はすぐに水魔法で消した。

セレナは一瞬だけ目を見開いたが、すぐに二発目の詠唱へ入る。

今度は相手の動きを少し見てから撃った。

火球がワイルドボアの胴に当たり、魔物は短い鳴き声を上げて倒れた。

「倒したわ」

セレナは息を整えながら言った。

「倒した。そこは問題ない」

「そこは?」

セレナが少し眉を上げる。

俺は倒れたワイルドボアに近づき、まず完全に動かないことを確認した。

それから短剣を抜き、片耳を切り取る。

セレナが目を細めた。

「……それ、何をしているの?」

「討伐部位の回収。ワイルドボアは耳だな」

「倒しただけでは駄目なの?」

「証明できないからな。冒険者は倒して終わりじゃない」

俺は耳を小さな革袋に入れた。

「これをギルドへ持って帰って、討伐数を確認してもらう」

セレナは少しだけ黙った。

「思っていたより、仕事なのね」

「仕事だよ。魔物を倒すだけなら訓練と変わらない。

報告できる形にして、初めて依頼達成だ」

「……そう」

セレナは討伐袋を見てから、もう一度倒れたワイルドボアを見た。

目は逸らさなかった。

こういうところは、やっぱり強い。

「それで、さっきの話だけど」

「ええ」

「一発目を外したのは、魔法が弱かったからじゃない。

詠唱に意識を取られて、相手の動きが変わった瞬間を見逃した」

セレナは少し悔しそうに唇を結んだ。

「……それは、自分でも少し分かったわ」

「あと、魔法の規模が大きい」

「大きい?」

「低級魔物一体に撃つには十分すぎた。それに今日みたいな乾いた森で火魔法を大きく使うのは危ない。

倒せても、森に火が移ったら依頼どころじゃない」

セレナは、さっき俺が消した枯れ枝のあたりを見た。

「学院では、威力と制御を重視しろと教わったわ」

「それは間違ってない。でも森では、威力より先に場所を見る」

「場所……」

「広い訓練場なら火を撃ってもいい。でも森では、木もあるし枯れ草もある。

音や魔力の気配で、別の魔物が寄ってくることもある」

セレナは静かに頷いた。

「実技とは違うのね」

「違う」

その一言で、セレナの顔つきが少し変わった。

さらに少し進むと、今度は別のワイルドボアが姿を現した。

「次は俺がやる」

俺は前に出た。

「火は使わないのね」

「この森ではな」

ワイルドボアがこちらを向く。

俺は詠唱せず、左手を軽く上げた。

細く絞った水を作る。

その後ろから、右手で風の圧をかける。

水を飛ばすというより、水を細く押し出す。

狙いは一点。

空気を裂くように、細い水の線が走った。

次の瞬間、ワイルドボアが短く鳴いて地面に崩れる。

セレナが目を見開いた。

「今の……水と風を同時に使ったの?」

「そうだな」

「リオンの魔法は基本、無詠唱なのよね」

「まあ」

「まあ、じゃないわよ」

セレナは呆れたような顔をした。

「そういえば、入試の時もあなたは学院長の防護魔法を施された的を壊していたわね」

「あれは少しやりすぎた」

「少し?」

「かなり」

「そうよ」

セレナは倒れた魔物を見てから、俺の手元へ視線を戻した。

「どうやっているの?」

俺はワイルドボアの討伐部位を回収しながら、少し考えた。

説明が難しい。

だが、セレナなら伝わるはずだ。

「普通の魔法使いは、詠唱で魔法の形を作るんだと思う」

「ええ」

「火球なら火球。水刃なら水刃。言葉と魔力で完成形をイメージさせて、それを具現化する」

「それが基本ね」

「俺は少し違う。先に起こしたい現象を考える」

「現象?」

「そう。今のは、水魔法を強くしたんじゃない。細い水を、風で押し出した」

俺は枝を拾い、地面に簡単な図を描いた。

大きな丸。

それから、細い線。

「広い水をそのままぶつけると、力が散る。でも細くすれば、一点に力が集まる」

「それは分かるわ」

俺は水筒を取り出し、地面に水を少しこぼした。

普通に流すと、水は広がる。

次に、指で口を少し塞いで、細く出す。

「こうすると、水は細くなるけど勢いが増すだろ」

「ええ」

「これを魔法でやる。水を細く絞って、後ろから風で押す。俺の感覚だと、属性より先に現象がある」

セレナは地面の図をじっと見ていた。

「つまり、水魔法を強くしているんじゃなくて、水が強く当たる形を作っているのね」

「そういうこと」

セレナは少しだけ黙ったあと、ため息をついた。

「やはり、あなたには常識が通用しないようね」

「褒めてる?」

「半分くらいはね」

いつもの調子で言ったあと、セレナは真剣な目に戻った。

「私にも、あなたのような魔法が使えるようになるのかしら」

「使えると思うよ」

「本当に?」

「セレナは俺より魔法に詳しいし、魔力も多い。

あとは、イメージと理論の作り方だと思う」

「イメージと理論?」

「何を起こしたいか。それを起こすために何が必要か。その二つ」

俺はもう一度、地面の線を指した。

「火を大きくする、じゃなくて、どう燃やすか。水を飛ばす、じゃなくて、どう当てるか。そう考えると、使い方は変わると思う」

セレナはしばらく黙っていた。

すぐにできるとは思っていない。

ただ、考える方向は伝わった気がした。

次に出てきたワイルドボアを前に、セレナは火魔法を使わなかった。

足元を見る。

木の位置を見る。

それから、詠唱に入る。

今度は水魔法だった。

小さく作った水弾を、魔物の正面ではなく足元へ放つ。

ぬれた落ち葉が跳ね、ワイルドボアの足が一瞬滑った。

そこへ、土魔法で地面を少し盛り上げる。

ワイルドボアの動きが止まる。

最後に、必要最低限の水の刃で仕留めた。

最初よりずっといい。

俺は倒れた魔物に近づきながら、内心で少し感心していた。

一度指摘したことを、次の戦闘でここまで修正してくるのか。

魔力が多いとか、成績がいいとかいうだけじゃない。

ちゃんと見て、考えて、すぐ動きを変えられる。

やっぱり、セレナは優秀だ。

「今のは良かった」

俺が言うと、セレナは少しだけ嬉しそうな顔をした。

「当然よ。言われたことくらい、すぐ直すわ」

「その割には嬉しそうだけど」

「うるさいわね」

俺は笑いながら、討伐部位を回収しようとした。

だが、セレナが一歩前に出た。

「それ、私がやるわ」

「いいのか?」

「依頼を受けたのは私でもあるもの」

少しぎこちなかったが、セレナは自分で討伐部位を回収した。

顔をしかめることはあっても、目は逸らさない。

こういうところも、ちゃんとしている。

その後も、低級魔物を何体か倒した。

セレナは火魔法を控え、水や土を使いながら戦い方を変えていった。

詠唱中も、相手の動きから目を離さない。

魔法の規模も、最初よりずっと抑えている。

まだ実戦慣れしているとは言えない。

だが、吸収が早い。

途中で、セレナは俺の高圧水を真似ようとした。

小さな水を作り、風で押そうとする。

だが、水は途中で散り、風だけが先に抜けた。

「……思ったより難しいわね」

「今見てすぐできたら、俺がへこむ」

「できないと悔しいのよ」

「そりゃそうだろうけど」

俺は少し考えてから言った。

「セレナは水魔法も風魔法も使える。でも今のは、水魔法と風魔法を順番に使うんじゃない。ひとつの現象として同時に組んでる」

「二つの魔法を並べるだけじゃ駄目ってことね」

「そう。水を作る、風で押す、じゃなくて、細い水を風圧で押し出すところまで一つの形にする感じ」

「……やっぱり、難しいわね」

「でも、考え方は合ってる」

セレナは悔しそうだったが、投げ出す顔ではなかった。

「次は、もう少し形にしてみせるわ」

「本気でやるつもりか」

「当然でしょ」

そう言い切るあたり、セレナらしい。

依頼に必要な討伐数を満たした頃には、森の中の空気にも少し慣れてきていた。

俺は周囲を確認する。

これ以上奥へ行く必要はない。

討伐部位も揃っている。

依頼としてはここで終わりだ。

「今日はここまでだな」

セレナは少しだけ森の奥を見た。

「もう少し行ける気もするけど」

「今日はここまで」

「分かってるわ」

不満そうではあったが、セレナはちゃんと頷いた。

森の入口へ戻る途中、セレナがぽつりと言った。

「学院の実技とは、やっぱり違うのね」

「違う。点数じゃなくて、次の状況が返ってくる」

セレナは少し黙ってから、討伐部位の入った袋を見た。

「倒すだけでも終わらないしね」

「冒険者の依頼だからな」

「……本当に、思っていたより大変だったわ」

その言い方に、少しだけ笑ってしまった。

学院の実技では、結果が点数になる。

でも森では、判断がそのまま次の状況になる。

セレナは今日、その違いを少しだけ知ったのだと思う。