軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第168話 公爵令嬢、冒険者になる

次の休みの日。

朝早く、俺は王都の広場でセレナを待っていた。

冬の朝の広場はまだ冷たい。

それでも、荷車を引く商人や、朝市の準備をする者、どこかへ向かう冒険者らしき一団の姿がちらほら見える。

「おはよう、リオン。待たせたかしら」

声の方を見ると、セレナが立っていた。

思わず少しだけ目を止める。

いつもの学院の制服ではない。

動きやすそうな濃い色の上着に、丈夫そうなブーツ。

手袋も厚手で、腰には細身の剣が下がっている。背負っている小さな鞄には、冒険に必要な道具が入っているのだろう。

貴族令嬢というより、今日はちゃんと冒険者をしに来た人間の格好だった。

「思ったより本気だな」

「遊びに行くわけじゃないもの」

セレナは当然のように言った。

「似合ってるよ」

「……そういうことをさらっと言うのね」

「いや、普通にそう思っただけだけど」

「ならいいわ」

セレナは少しだけ視線を逸らしたあと、すぐにいつもの顔に戻った。

「それで、まずはギルドで登録ね」

「ああ。行こう」

俺たちは広場を抜けて、冒険者ギルドへ向かった。

王都の冒険者ギルドは、朝からそれなりに人が入っていた。

依頼掲示板の前で腕を組む者。

受付で話をしている者。

壁際で武器の手入れをしている者。

学院や公爵家とはまるで違う光景だ。

セレナもそれを感じたのか、建物に入った瞬間、少しだけ周囲を見た。

「思ったより、荒っぽい空気ね」

「学院とは違うよ」

「そうみたいね」

声は落ち着いていたが、目はしっかり周りを見ている。

怖がっているというより、初めての場所を観察している顔だった。

受付へ向かうと、受付の女性が俺を見て少し目を丸くした。

「あら、リオンさん。お久しぶりですね」

「すみません、しばらく来られなくて」

「本当にお久しぶりです」

その言い方に、少し含みがあった。

いやな予感がする。

「今日は依頼ですか?」

「はい。あ、あと、彼女の冒険者登録をお願いします」

俺が横に立つセレナを示すと、受付の女性は一瞬だけ姿勢を正した。

セレナの服装は冒険者風だが、立ち方や雰囲気までは隠せない。

「登録ですね。ではこちらへ」

セレナは案内に従って書類を受け取った。

「名前、年齢、主な戦い方……職業欄があるわね」

「目安みたいなものだよ」

俺は横から言う。

「セレナなら魔法使いでいいと思う」

「剣も一応使えるわよ」

「分かってる。でも得意なのは魔法だろ」

「それはそうね」

セレナは迷わず、職業欄に魔法使いと記した。

「あなたも魔法使いで登録したの?」

「ああ。最初はそうだった」

「でも、今は剣も普通に使うじゃない」

「最近は魔法剣士寄りかもな」

この世界では、職業は厳密な縛りではない。

十二歳で授けられるスキルに影響されるが、剣士が魔法を使うこともあるし、魔法使いが護身用の剣を持つこともある。

あくまで、主にどう戦うかの目安だ。

セレナが登録を書き進めていると、受付の奥から年配の男性が出てきた。

以前にも見たことがある。

ギルドの幹部の一人だ。

「リオン・ハル」

低い声で名前を呼ばれた。

「はい」

「お前、ガルムベア討伐の報酬を受け取らないまま、どれだけ顔を出していなかったと思っている」

あ。

完全に忘れていた。

いや、忘れていたというより、ハル領に戻ってから色々ありすぎて、後回しにしたままになっていた。

「……すみません」

「謝るなら取りに来い。あれだけの討伐をしておいて、報酬を放置する冒険者がどこにいる」

セレナが横からこちらを見る。

「何の話?」

「前にガルムベアを討伐した時の報酬」

「受け取ってなかったの?」

「忙しかったんだよ」

セレナの目が少し冷たくなった。

「忙しいにも限度があるでしょ」

正論だった。

幹部は呆れたように息を吐き、受付の奥から封のされた袋を持ってこさせた。

「報酬の明細だ。確認しろ」

金額を確認した瞬間、俺は少しだけ固まった。

前世の感覚でざっくり換算すると、五百万円くらいある。

……ガルムベア、そんなに高かったのか。

隣でセレナも目を見開いた。

「そんな大金を受け取らずに放置していたの?」

「いや、本当に色々あって」

「色々で済む金額じゃないわ」

まったくその通りだった。

「公爵令嬢でも、その金額には驚くんだな」

俺がつい言うと、セレナがすぐに眉を上げた。

「お嬢様って馬鹿にしないで」

「いや、そういう意味じゃ」

「金銭感覚くらい理解しているつもりよ。大金は大金だわ」

「悪かった。少し意外だっただけだ」

「そういうところよ」

そういうところ、らしい。

ギルドの幹部は、そんな俺たちのやり取りを見て、さらに呆れたような顔をした。

「報酬はきちんと管理しろ。冒険者としての信用にも関わる」

「はい」

まったくもって、その通りだった。

とりあえず報酬はそのままギルドで預かってもらうことにして、

セレナの登録は、ほどなく終わった。

「セレナ・ヴァレストさん。登録完了です。等級はG級からになります」

「G級なのね」

セレナが小さく呟く。

「実力があっても、登録したては基本的に下からだよ」

俺は言った。

「学院の成績と冒険者としての実績は別だからな」

「実技93点でも?」

「冒険者としては今日が初日だから」

「それは……まあ、そうね」

少しだけ不満そうだったが、セレナはすぐに納得した。

こういうところはちゃんとしている。

受付の女性が今度は俺の登録証を確認する。

「リオンさんは現在C級ですね」

「はい」

「C級なのね」

セレナがこちらを見る。

「ガルムベアの件が大きかったんだと思う」

「それで報酬を放置していたの?」

「そこはもう言わないでくれ」

セレナは少しだけ笑った。

そのまま、俺たちは臨時のパーティー登録も済ませた。

正式な固定パーティーではなく、今回の依頼用の一時的な登録だ。

「これで一緒に依頼を受けられます」

受付の女性が言う。

「依頼の内容は、等級差を考慮して選んでください」

「分かっています」

俺は頷いた。

今日はセレナの初実戦だ。

無理をするつもりはない。

依頼掲示板の前へ移動する。

朝の掲示板には、すでに何人もの冒険者が集まっていた。

薬草採集。

荷運びの護衛。

街道脇の魔物討伐。

森の魔物討伐。

条件の良さそうな依頼ほど、冒険者たちの視線も鋭い。

セレナは掲示板を眺めながら、少しだけ目を細めていた。

「色々あるのね」

「あるよ。でも今日は森の入口まで。低級限定」

「分かってるわ」

そう言いながら、彼女の目は少し難しそうな討伐依頼の方へ向いている。

「セレナ」

「分かってるって言ったでしょ」

「ならいい」

しばらく探して、ちょうどいい依頼を見つけた。

王都郊外の森の入り口付近に出る低級魔物の討伐。

対象は小型の魔物。

森の奥へ入る必要はない。

討伐数も多くない。

セレナの初実戦にはちょうどいい。

「これだな」

「低級魔物討伐ね」

「条件に合ってる。場所も森の入り口付近。深追い不要」

「いいわ。これにしましょう」

受付へ依頼書を持っていき、受注手続きを済ませる。

受付の女性はセレナを見て、少しだけ真面目な顔で言った。

「初めての依頼ですね。無理はしないでください」

「はい」

「リオンさんも」

「分かっています」

何度も釘を刺される。

まあ、当然だ。

王都の正門近くから出る乗合馬車に乗った。

セレナは乗る前に、馬車を一度だけ見た。

「本当にこれで行くのね」

「公爵家の馬車で行かなくてよかったのか?」

「それじゃ冒険者活動じゃなくて遠足でしょ」

そう言い切るあたり、覚悟はあるらしい。

乗合馬車は、公爵家の馬車とは比べものにならない。

座席は硬いし、揺れるし、隙間から冬の風も入ってくる。

それでも、中に乗っている冒険者や商人、近郊へ向かう人たちはみんな厚着をしている。

そういうものとして受け入れているのだ。

セレナも少し寒そうにはしていたが、文句は言わなかった。

「寒いか?」

「少しね。でも大丈夫」

「寒かったらちゃんと言うんだぞ」

「あなた、こういうの慣れてるのね」

「まあ、冒険者ならこのくらいは普通だよ」

「そう」

セレナは窓の外へ目を向けた。

馬車が王都の正門を抜ける。

石造りの建物と人混みが少しずつ遠ざかり、景色は冬枯れの畑と低い森へ変わっていく。

王都の外へ出ると、空が広く感じた。

馬車の中では、他の乗客が小声で話している。

誰も俺たちに深く興味を示さない。

それが少し楽だった。

公爵令嬢であるセレナも、今日はただの新人冒険者として座っている。

もちろん、本当にそう見えているかは別だ。

どこかでヴァレスト家の護衛が見ている可能性はある。

だが、少なくとも今この馬車の中では、セレナは自分の足で実戦へ向かっていた。

しばらくして、乗合馬車は王都郊外の森の手前で止まった。

馬車を降りると、冷たい空気が一気に頬を刺す。

土の匂い。

枯れ草の匂い。

遠くで鳴く鳥の声。

木々の根元には、まだ薄く霜が残っていた。

セレナは森を見て、少しだけ表情を引き締めた。

学院でも、公爵家でも、ギルドでもない。

ここから先は、相手がこちらに合わせてくれる場所ではない。

「セレナ」

俺が声をかけると、彼女はこちらを見た。

「ここからは学院じゃない。何かあったら、俺の指示を優先してくれ」

「分かってるわ」

返事は短い。

でも、さっきまでよりずっと真剣だった。

目の前にあるのは、冬の森。

セレナにとっては初めての実戦。

俺にとっても、久しぶりの冒険者依頼だった。