軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第166話 三学期開始

三学期初日

王都の朝は、よく冷えていた。

王立学院の廊下には、冬休みを終えて戻ってきた生徒たちの声が広がっている。

実家の話、休み中の出来事。

どこも少し浮ついていて、学期の始まりらしい空気だった。

俺もその流れの中を歩きながら、自分の教室へ向かう。

同じ朝でも、ハル領の朝とはずいぶん違うものだ。

教室に入ると、見慣れた顔がもう揃っていた。

「おはよう」

席のほうへ向かいながらそう声をかけると、セレナがこちらを見た。

「おはよう、リオン。久しぶりね」

「うん。セレナは元気そうだな」

「まあね。そっちは……相変わらず休んできた顔じゃないけど」

「否定はしない」

「でしょうね」

その隣で、ナディアが柔らかく笑った。

「おはようございます、リオンさん」

「おはよう。ナディアも元気そうでよかった」

「はい」

ガイルが椅子にもたれたまま、いつもの調子で口を開く。

「リオン冬休みもずっと働いてたそうだぞ」

「否定はしない」

ヴィクトルも肩をすくめた。

「学生なのに働いてばかりだな」

「褒めてる?」

「半分は」

そこで、窓際から低い声がひとつだけ飛んできた。

「リオンの場合は休暇明けというより、仕事明けだな」

エドガーだった。

相変わらず表情は静かだ。

でも、ちゃんと見ている。

「そんなに顔に出てるか?」

俺が聞くと、エドガーは短く頷いた。

「少し」

「そうか」

それだけで会話は終わる。

「で、結局この休みも色々やってたんでしょ?」

セレナが言う。

「色々って便利な言葉だな」

「便利だから使ってるのよ」

「まあ、忙しかったのは確かだ」

「でしょうね」

ナディアが少しだけ首を傾げた。

「でも、前より落ち着いて見えます」

「落ち着いてる、ね」

「ええ。ただ疲れてる感じじゃないです」

そう言われると、少しだけ変な気分になる。

街灯。

排水路。

石切り場。

帳面のことまで含めれば、かなり詰め込んだ冬休みだったと思う。

疲れていないはずはない。

でも、前みたいな焦りとは少し違うのかもしれなかった。

少ししてローヴェン先生が教室に入ってくると、教室の空気は自然と静まった。

全員が席につく。

三学期初日らしい浮ついた空気も、そこですっと引いた。

ローヴェン先生は教壇に立つと、教室を見回した。

「本日より三学期に入る。短いが、進級前の大事な時期だ。気を抜くな」

ごく普通の始業の言葉だ。

でも今の俺には、その“短いが大事”という言い方が少し引っかかった。

短い時間で何を片づけるか。

何を残すか。

何を次へつなぐか。

冬のハル領でも、ずっとそんなことを考えていた気がする。

「では始める」

板書されたのは、王国の主要街道と物流についてだった。

王都から各地へ伸びる街道。

物資の集まる場所。

川沿いの輸送。

各領地の産物。

教師は板を指しながら言う。

「街道とは、単に人が歩くための道ではない。物資、税、兵、情報、そのすべてが通る」

当たり前の説明だ。

「では問おう」

教師が振り返った。

「街道そのものは整っているのに、流れが滞るのはどのような時か」

何人かが手を挙げた。

「治安が悪化した時です」

「そうだな」

「不作で運ぶ物が減った時です」

「それも正しい」

「通行税や関所の問題がある場合です」

「そうだな」

どれも間違ってはいない。

ただ、それだけじゃない。

教師の視線がこちらへ向く。

「リオン、お前はどう考える」

教室の何人かが少しだけこっちを見た。

俺は一拍置いてから答えた。

「道だけあっても足りません」

何人かが顔を上げる。

「国を人の体に例えると道は血管です。そこを流れる人や物は血と同じです。

運ぶ物があっても、それを運ぶ人が痩せていれば流れは弱ります。

村が細れば人足も減る。働き手が先に崩れれば、街道が残っていても、その上を通る流れは細くなると思います。」

教師は何も言わない。

だから続けた。

「物の流れの前に、人の流れがあります。

街道が生きているかどうかは、石や幅だけじゃなくて、その道を使う人間が持っているかでも決まるはずです」

言い終わると、教室が少し静かになった。

教師は数秒だけ黙ってから、板に一行書き足した。

人の流れが痩せれば、街道の流れも弱る

「教本の答えとしては少し外れている。だが、視点としては悪くない」

それが評価だった。

横を見ると、セレナは少しだけ感心したような顔をしている。

ヴィクトルは「ああ、そう来たか」という顔。

ガイルは腕を組んだまま、妙に納得したように頷いていた。

エドガーは表情を大きく変えなかったが、少しだけ視線をこちらへ向けていた。

その後も授業は続いた。

授業が終わると、教室の空気は少し緩んだ。

「ほんとに現場見てきた答えだな」

ガイルが最初に言った。

「本でも読んで出てくる答えじゃなかったぞ」

「まあ、見てきたからな」

「だろうな。でも街道を人の体に例えるのはわかりやすかったぞ」

ヴィクトルが珍しく褒める。

「道の授業で、先に人の流れが出てくるのは商人か領主くらいだよ」

記憶の底にあった前世に読んだ物流系の表現を引用したとは言えない。

セレナは席を立ちながら、俺を見た。

「また休みを経て成長したみたいね」

「そうかもな。見てきたものが増えたんだと思う」

ナディアが静かに頷いた。

「領地にいると、そういう見え方になるのかもしれませんね」

「たぶんね」

そこで、ずっと黙っていたエドガーが立ち上がった。

椅子が小さく鳴る。

「……重い答えだった」

それだけだった。

「重い?」

俺が聞くと、エドガーは少しだけ視線を動かした。

「王都にいるだけでは、ああいう言い方にはならない」

「そうかもな」

彼は短く頷く。

「でも、間違ってない」

それだけ言って、また口を閉じた。

短い。

でも、それで十分だった。

エドガーは無駄に喋らない。

けれど、こういう時の一言は軽くない。

次の授業へ向かうため、生徒たちが教室を出ていく。

俺も教科書をまとめて立ち上がった。

窓の外には、冬の王都が広がっている。白っぽい空、整った校舎、遠くに見える街の屋根。

三学期は始まった。

教室も授業も、表向きはいつも通りだ。

でも、俺の見え方はもう少し変わっていた。