軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第165話 余裕の顔

王都に着いたのは、日が沈みかけた頃だった。

夕暮れの城壁は遠くから見るよりずっと大きくて、門の前には馬車も人も並んでいた。

王都の中に入ると妙に熱がある。人の数が多いせいだろう。

店先の声も、荷を運ぶ音も、どこかせわしない。

ハル領もずいぶん変わった。

でも、王都はやっぱり王都だ。

寮に戻って荷ほどきを終えた頃には、ちょうど夕食の時間になっていた。

食堂へ向かう。

三学期目前に寮へ戻ってきた学生が多かったのか食堂は賑やかだった。

王立学院の学食はビュッフェ形式だ。

壁際に長く料理が並び、生徒たちが皿を持ってあれこれ取っている。

温かいスープ、焼いた肉、パン、野菜の煮込み。

好きなものを取って席に運ぶ。

皿を手にして料理台の前に立ったところで、聞き慣れた声がした。

「お、リオン」

見ると、ヴィクトルとガイルが先に戻ってきていた。

「お、戻ってきたのか」

「昨日には戻ってた」

ガイルが言う。

「うちは実家にいても落ち着かなくてな」

「こっちは仕事柄だよ」

ヴィクトルが笑う。

「休み明けは早めに戻るほうが楽なんだ」

俺も軽く笑って、料理を皿に取った。

スープ、肉、パン。少し迷って、野菜も乗せる。

その時だった。

少し離れたところから、大きな声が響いた。

「おい、それも持ってこい! 腹が減ってるんだよ!」

見なくても分かる。

同じ一年のガレス・グレイヴだ。

視線を向けると、やっぱりいた。

上背のある体。

丸みのある顔。

その大きな体のまま、ガレスは皿にどっさり料理を盛っていた。

肉もパンも付け合わせも、遠慮がない。迷いもない。

足りるかどうかなんて、最初から考えていない取り方だった。

その姿を見た瞬間、街道で捕まえた男たちの顔が頭に浮かんだ。

痩せた頬。

荒れた手。

切羽詰まった目。

同じグレイヴ領の人間なのに、領主の息子と領民の落差は激しい。

席に着くと、ガイルがさっそく聞いてきた。

「で、ハル領はどうだった」

「忙しかったよ」

俺はスープを口にしながら答えた。

「工房も石切り場も領都も、帰るたびに変わっていってる」

ヴィクトルがパンをちぎりながら言う。

「相変わらずだな」

「相変わらずだよ」

そこで、またガレスの笑い声が食堂に響いた。

俺は少しだけそちらを見てから、ぽつりと言った。

「グレイヴ領って、うまくいってるのかな」

ヴィクトルが眉を上げる。

「急だな」

「いや……」

俺は少し言葉を選んだ。

「戻る途中で、ちょっと問題があってさ」

街道で襲われたことを、簡単に話した。

数人の男が馬車を襲ってきたこと。

聞けばグレイヴ領の村の者だったこと。

話し終えると、ガイルが露骨に嫌そうな顔をした。

「それは、かなりまずいな」

「あぁ、食い詰めた感じだった」

俺は言う。

ヴィクトルが小さく頷いた。

「グレイヴ領の景気が良くないって話は聞くよ」

「やっぱり?」

「ここ数年、不作続きだし、商人の間でもあまり評判は良くない。

取引量も伸びてないし、わざわざ深く入りたがらない連中もいる」

「そんなにか」

「支払いが渋いとか、後から余計な負担を言ってくるとか、そういう話もあるみたいだ」

ガイルがガレスのほうを見て鼻を鳴らした。

「でも、あいつは全然困ってるように見えないぞ」

「そこなんだよな」

俺はそう言って、もう一度ガレスを見た。

山みたいに盛った皿。

大きな声。

余裕のある顔。

あれを見ていると、とても領地が沈みかけている家の息子には見えない。

「領全体が均等に苦しいなら、侯爵家の空気にも出るはずだ」

俺は言った。

「でも、ガレスを見てる限り、そういう感じはしない」

「じゃあ?」

ガイルが聞く。

俺は少し考えてから答えた。

「下だけが苦しいのかもしれない」

「下だけ?」

「村とか人足とか、末端から先に削られてる」

そう言うと、ヴィクトルが静かに頷いた。

「ありそうだな」

「不作でも、上が体面を保とうとしたら、先に苦しくなるのは下だ」

「……嫌な領地だな」

ガイルが顔をしかめる。

「たぶん、領地全体が貧しいっていうより、歪んでるんだと思う」

俺はそう言った。

その一言で、自分の中でも少し整理がついた。

片方は刃物を持って街道に出て、片方は食堂で腹いっぱい料理を取っている。

前世の世界でも貧富の差はあったが、グレイヴ領は相当ひどい。

「でもさ」

ガイルが肉を口に運びながら言った。

「ハル領からすれば、人が流れてくるのは悪い話じゃないんだろ?」

「そりゃ、悪くないよ」

俺はすぐ頷いた。

「今のハル領は、人が増えることそのものが力になる段階だからな」

「じゃあ、むしろありがたいじゃないか」

「そこが単純じゃないんだよ」

ヴィクトルが先に言った。

「増えすぎれば、向こうも黙ってない」

「そう」

俺は頷いた。

そこで思い浮かんだのは、ガレスじゃなかった。

父親のほうだ。

「ガレスは分かりやすいんだ」

俺は言う。

「見栄が強くて、感情が顔に出る。面倒ではあるけど、まだ読みやすい」

「まあ、それはそうだな」

ガイルが苦笑した。

「でも、侯爵本人は違う。あっちは厄介だ」

「どういう意味だ?」

「露骨に動かない。以前、ハル領で青輝石の不法採掘をしてた時も、最初から自分に責任が届きにくい形でやってた。

現場が潰れても、自分の名まで汚れないように」

「うわ……」

ヴィクトルが露骨に嫌そうな顔をする。

「しかも地方で好き勝手してるだけじゃない。王都の顔もある。

王の視察に同行できるくらいには、中央にもつながってる」

ガイルが低く言った。

「ただの愚かな領主じゃないわけか」

「そう。だから厄介なんだ」

正面から怒鳴り込んでくる相手なら、まだ分かりやすい。

でもあの侯爵は、たぶんそういう動き方はしない。

証拠を残しにくい形で責任をぼかしながら。

それでもこちらの足を引っ張る。

道中の襲撃だって、グレイヴ侯爵が絡んでいるかもわからない。

「嫌だな」

ガイルが言った。

「一番嫌なタイプだ」

「うん」

俺もそう思う。

そこで、出発前に作り始めた帳面のことが頭をよぎった。

人数だけじゃなく、中身を見えるようにする。

領民か、出稼ぎか、移住希望か。

あれは内政のために必要だと思って始めた。

でも今は、それだけじゃない気がしている。

外から人が増えた時。逆に急に減った時。

こちらが実態を掴んでいなければ、相手に好きなように揺さぶられる。

「民が苦しいのに領主は贅沢三昧か。嫌な形だな」

ガイルも頷く。

俺は、少し離れた席でまだ大きな声を出しているガレスを見た。

厄介なのは、苦しい領地そのものじゃない。

その苦しさを下へ押しつけたまま、余裕のある生活をしている領主達のほうだ。