作品タイトル不明
第154話 動きを変える
水車小屋から工房へ戻る道すがらも、俺の頭の中では、さっき見た回転がずっと回り続けていた。
水車そのものは悪くない。
いや、むしろ十分だ。
人の手より長く、安定して、疲れもせずに回り続ける。
あれを動力源として使えるなら、純石を毎日動かし続けるという問題はかなり前へ進む。
ただし――そのままでは駄目だ。
水車の回り方と、純石が反応した時の動きは、少し違う。
あの遅くて重い回転を、そのまま純石へ与えても、たぶん思ったような反応は出ない。
必要なのは、水車の力そのものじゃない。
純石が反応しやすい形に、力を変えること。
「若様、黙り込んでますな」
横を歩くベテラン職人が、少し面白がるように言った。
「考えてる」
「顔で分かります」
「そんなに出てるか?」
「出てますよ。今の若様、頭の中で木組みを何本も組み直してる顔です」
そこまで分かるのか。
俺が苦笑すると、ノルが横で低く言った。
「ですが、見込みはあるのでしょう」
「ある」
俺は迷わず答えた。
「少なくとも、水車の力そのものは使える。問題は、その使い方だ」
「工房で試す、と」
「ああ。水車小屋でいきなりやるより、まずはこっちで純石向きの動きを作れるか確かめたい」
ノルもベテラン職人も、それ以上は余計なことを言わなかった。
こういう時は、説明より先に試したほうが早い。
◇
工房へ戻ると、まだ片づけの途中だった。
完全に終業したわけではなく、工具を拭いたり、木材を寄せたり、火を落としたりと、職人たちが最後の手を動かしている。
俺たちが戻ってきたのを見て、何人かが首をかしげた。
「リオン様?」
「今日はもう終わりじゃ……」
「少しだけ、手を借りたい」
俺がそう言うと、皆が顔を見合わせた。
疲れているはずなのに、嫌そうな顔はほとんどない。むしろ、何か始まるのかと身構える空気のほうが強い。
さっきのベテラン職人が、場をまとめるように声を上げた。
「若様がもうひと仕事したいそうだ。
手の空いてる奴だけ残れ。無理はしなくていい」
結果として、数人の職人が残った。
木工の職人。
石を扱う職人。
金具仕事ができる者。
それに、昨日から純石のことを気にしている入庫担当の男までいる。
俺は工房の中央に置かれた作業台へ寄った。
「水車を見てきた」
「どうでした?」
入庫担当の男がすぐ聞く。
「使える。ただし、そのままじゃ駄目だ」
そこで全員の目が、自然とこちらへ集まる。
俺は作業台の上に、純石と規格外青輝石、それから木片と簡単な軸材を並べた。
「純石が反応したのは、ただ大きく動かした時じゃない。細かく、連続した振動。あるいは、途切れない回転が伝わった時だ」
昨日の実験を思い返しながら言う。
「逆に、一回強く振っただけじゃほとんど反応しなかった」
「じゃあ、力を強くすればいいって話ではないんですな」
ベテラン職人が腕を組んで唸る。
「そういうこと。水車の回転は重くて遅い。
石臼には向いてる。でも純石が欲しいのは、もっと細かく続く動きだ」
そこで職人たちの顔つきが少し変わった。
理屈そのものは分からなくても、向いている動きと向いていない動きがある、という話は彼らにも伝わる。
「つまり若様、欲しいのは水車そのものじゃなくて」
「その力を、純石向きの動きに変える仕組みだ」
俺が言うと、何人かが小さく頷いた。
「試すぞ」
◇
最初にやったのは、単純な回転数の変更だった。
小さな歯車と大きな歯車を組み合わせて、遅い回転を速くする。
工房には街灯用の機構を試すための簡易台もいくつかあるから、試作そのものは早い。
「これなら、回り方が細かくなるんじゃありませんか」
木工職人が言う。
「やってみよう」
純石を固定し、その近くへ規格外青輝石を置く。
歯車を回す。
確かに回転は速くなった。だが、手応えが薄い。
青輝石は、ほとんど反応しない。
「速さは出てるな」
「でも、石が静かすぎる」
俺は眉を寄せた。
綻びの目を向ける。
《回転効率:中》
《振動伝達:低》
《反応率:低》
やっぱりだ。
速く回るだけでは足りない。
純石が欲しがっているのは、もっと細かくて、芯に響くような刺激らしい。
「これじゃ弱い」
「なら、揺らしたほうがいいのか」
別の職人が言った。
「たぶんな」
次に試したのは、偏心した木片を使った仕組みだった。
軸の中心をわざと少しずらし、回転するたびに小さな揺れが出るようにする。
理屈は簡単だが、実際に組むと木枠がぶれる。
ごと、ごと、と嫌な音がする。
「止めろ」
俺が言うより早く、ベテラン職人が手を出して止めた。
「これは長く持ちませんな」
「揺れが大きすぎる」
「木組みが先に死ぬ」
職人たちが口々に言う。
綻びの目には、
《振動効率:高》
《破損点:右側軸受》
《継続性:低》
と出ていた。
「惜しいな……」
反応そのものはさっきより良い。
だが、これでは機構がもたない。
強く揺らせばいいわけじゃない。
必要なのは、壊れない細かな動き。
しかも、長く続けられるものだ。
そこで、ずっと黙っていた石工の男がぽつりと言った。
「若様」
「ん?」
「大きく揺らすんじゃなくて、小さく何度も当てるのはどうです」
俺はそちらを向いた。
「当てる?」
「はい。回る軸に小さな出っ張りをつけて、それが純石の台を、こつ、こつ、と絶えず叩くようにするとか。
大きく揺れるより、細かい当たりが続く形なら、木組みも暴れにくいかと」
その言葉に、頭の中で何かが噛み合った。
「……それだ」
回転をそのまま揺れに変えるんじゃない。
回転の中に、小さな繰り返し刺激を埋め込む。
俺は作業台へ身を乗り出した。
「小さい突起を一定間隔でつける。純石は固定しすぎず、少しだけ遊びを持たせる。叩きつけるんじゃなく、細かく押す」
「やれます」
木工職人がすぐに言った。
「軸は軽いもので?」
「まずは軽く。壊す前提でいいから、すぐ作れるやつで」
そこからは早かった。
小さな木の円盤。
その周囲に、等間隔でつけられた突起。
それが回転するたび、純石を載せた小さな台へ細かく接触する。
簡易な仕組みだ。
完成品には遠い。
だが、試すには十分だった。
「回すぞ」
俺が言うと、職人が軸へ手をかけた。
こつ、こつ、こつ、こつ。
単純だが、途切れない。
さっきまでのごとごとした揺れと違い、細かい刺激が一定の間隔で続いている。
純石のそばに、規格外青輝石を置く。
俺はじっと見つめた。
1回、2回では何も起きない。
だが、数呼吸のあと。
規格外青輝石の表面に、うっすらと青白い光が浮かんだ。
「……光った」
入庫担当の男が思わず声を漏らす。
しかも、昨日より少し分かりやすい。
もう一度、回す。
こつ、こつ、こつ。
青輝石がまた光る。
今度は工房の中が、しん、と静まった。
皆が同じものを見ている。
「見間違いじゃありませんな」
ベテラン職人が低く言う。
「ああ」
俺は短く答えた。
綻びの目を向ける。
《振動効率:中》
《反応持続:向上》
《純石適合:可》
《水車接続余地:有》
十分だ。
完璧じゃない。
まだ粗い。
でも、方向はこれで合っている。
水車の重い回転を、そのまま使うんじゃない。
途中で動きを変え、純石に都合のいい細かな刺激へ作り替える。
そのための仕組みは、作れる。
「若様」
ノルが静かに声をかけた。
「何だ」
「これなら、水車につなげられますか」
「まだそのままじゃ無理だ」
俺は正直に言った。
「でも、形は見えた。水車の回転を受けて、この仕組みを回し続けられるようにすればいい。
あとは、もっと安定させることと、どれくらいの速さや強さが要るかを詰める」
ベテラン職人がにやりと笑う。
「つまり、やるんですな」
「やる」
俺もそう返した。
ここまで見えた以上、止まる理由がない。
純石の反応。
水車の力。
そして、その間をつなぐ仕組み。
まだ一本の線にはなっていない。
けれど、ばらばらだった部品が、ようやく同じ机の上に並び始めた。
工房の外では、冬の夜が深くなっている。
冷たい空気の向こうで、領都の街灯がぽつぽつと灯っているはずだ。
今はまだ、あれを騎士たちが一つずつ点けて回っている。
だが、もしここで見つけた仕組みを水車へつなげられたら、その負担は変わる。
灯りだけじゃない。
人の手でやっていたことの一部を、流れそのものが肩代わりし始める。
そこまで行けるかもしれない。
「足りなかったのは、力そのものじゃなかった」
試作機の細かな動きを見つめながら、俺は小さく呟く。
「欲しい動きに変える仕組みだったんだ」
誰に聞かせるでもない言葉だったが、工房の中にいた何人かは、それを聞いていたらしい。
誰も何も言わなかった。
ただ、もう一度だけ試作機を見た。
こつ、こつ、こつ、と小さく続く動き。
そのたびに、規格外青輝石がわずかに光る。
まだ小さい。
けれど、確かに前へ進んでいる光だった。