軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第154話 動きを変える

水車小屋から工房へ戻る道すがらも、俺の頭の中では、さっき見た回転がずっと回り続けていた。

水車そのものは悪くない。

いや、むしろ十分だ。

人の手より長く、安定して、疲れもせずに回り続ける。

あれを動力源として使えるなら、純石を毎日動かし続けるという問題はかなり前へ進む。

ただし――そのままでは駄目だ。

水車の回り方と、純石が反応した時の動きは、少し違う。

あの遅くて重い回転を、そのまま純石へ与えても、たぶん思ったような反応は出ない。

必要なのは、水車の力そのものじゃない。

純石が反応しやすい形に、力を変えること。

「若様、黙り込んでますな」

横を歩くベテラン職人が、少し面白がるように言った。

「考えてる」

「顔で分かります」

「そんなに出てるか?」

「出てますよ。今の若様、頭の中で木組みを何本も組み直してる顔です」

そこまで分かるのか。

俺が苦笑すると、ノルが横で低く言った。

「ですが、見込みはあるのでしょう」

「ある」

俺は迷わず答えた。

「少なくとも、水車の力そのものは使える。問題は、その使い方だ」

「工房で試す、と」

「ああ。水車小屋でいきなりやるより、まずはこっちで純石向きの動きを作れるか確かめたい」

ノルもベテラン職人も、それ以上は余計なことを言わなかった。

こういう時は、説明より先に試したほうが早い。

工房へ戻ると、まだ片づけの途中だった。

完全に終業したわけではなく、工具を拭いたり、木材を寄せたり、火を落としたりと、職人たちが最後の手を動かしている。

俺たちが戻ってきたのを見て、何人かが首をかしげた。

「リオン様?」

「今日はもう終わりじゃ……」

「少しだけ、手を借りたい」

俺がそう言うと、皆が顔を見合わせた。

疲れているはずなのに、嫌そうな顔はほとんどない。むしろ、何か始まるのかと身構える空気のほうが強い。

さっきのベテラン職人が、場をまとめるように声を上げた。

「若様がもうひと仕事したいそうだ。

手の空いてる奴だけ残れ。無理はしなくていい」

結果として、数人の職人が残った。

木工の職人。

石を扱う職人。

金具仕事ができる者。

それに、昨日から純石のことを気にしている入庫担当の男までいる。

俺は工房の中央に置かれた作業台へ寄った。

「水車を見てきた」

「どうでした?」

入庫担当の男がすぐ聞く。

「使える。ただし、そのままじゃ駄目だ」

そこで全員の目が、自然とこちらへ集まる。

俺は作業台の上に、純石と規格外青輝石、それから木片と簡単な軸材を並べた。

「純石が反応したのは、ただ大きく動かした時じゃない。細かく、連続した振動。あるいは、途切れない回転が伝わった時だ」

昨日の実験を思い返しながら言う。

「逆に、一回強く振っただけじゃほとんど反応しなかった」

「じゃあ、力を強くすればいいって話ではないんですな」

ベテラン職人が腕を組んで唸る。

「そういうこと。水車の回転は重くて遅い。

石臼には向いてる。でも純石が欲しいのは、もっと細かく続く動きだ」

そこで職人たちの顔つきが少し変わった。

理屈そのものは分からなくても、向いている動きと向いていない動きがある、という話は彼らにも伝わる。

「つまり若様、欲しいのは水車そのものじゃなくて」

「その力を、純石向きの動きに変える仕組みだ」

俺が言うと、何人かが小さく頷いた。

「試すぞ」

最初にやったのは、単純な回転数の変更だった。

小さな歯車と大きな歯車を組み合わせて、遅い回転を速くする。

工房には街灯用の機構を試すための簡易台もいくつかあるから、試作そのものは早い。

「これなら、回り方が細かくなるんじゃありませんか」

木工職人が言う。

「やってみよう」

純石を固定し、その近くへ規格外青輝石を置く。

歯車を回す。

確かに回転は速くなった。だが、手応えが薄い。

青輝石は、ほとんど反応しない。

「速さは出てるな」

「でも、石が静かすぎる」

俺は眉を寄せた。

綻びの目を向ける。

《回転効率:中》

《振動伝達:低》

《反応率:低》

やっぱりだ。

速く回るだけでは足りない。

純石が欲しがっているのは、もっと細かくて、芯に響くような刺激らしい。

「これじゃ弱い」

「なら、揺らしたほうがいいのか」

別の職人が言った。

「たぶんな」

次に試したのは、偏心した木片を使った仕組みだった。

軸の中心をわざと少しずらし、回転するたびに小さな揺れが出るようにする。

理屈は簡単だが、実際に組むと木枠がぶれる。

ごと、ごと、と嫌な音がする。

「止めろ」

俺が言うより早く、ベテラン職人が手を出して止めた。

「これは長く持ちませんな」

「揺れが大きすぎる」

「木組みが先に死ぬ」

職人たちが口々に言う。

綻びの目には、

《振動効率:高》

《破損点:右側軸受》

《継続性:低》

と出ていた。

「惜しいな……」

反応そのものはさっきより良い。

だが、これでは機構がもたない。

強く揺らせばいいわけじゃない。

必要なのは、壊れない細かな動き。

しかも、長く続けられるものだ。

そこで、ずっと黙っていた石工の男がぽつりと言った。

「若様」

「ん?」

「大きく揺らすんじゃなくて、小さく何度も当てるのはどうです」

俺はそちらを向いた。

「当てる?」

「はい。回る軸に小さな出っ張りをつけて、それが純石の台を、こつ、こつ、と絶えず叩くようにするとか。

大きく揺れるより、細かい当たりが続く形なら、木組みも暴れにくいかと」

その言葉に、頭の中で何かが噛み合った。

「……それだ」

回転をそのまま揺れに変えるんじゃない。

回転の中に、小さな繰り返し刺激を埋め込む。

俺は作業台へ身を乗り出した。

「小さい突起を一定間隔でつける。純石は固定しすぎず、少しだけ遊びを持たせる。叩きつけるんじゃなく、細かく押す」

「やれます」

木工職人がすぐに言った。

「軸は軽いもので?」

「まずは軽く。壊す前提でいいから、すぐ作れるやつで」

そこからは早かった。

小さな木の円盤。

その周囲に、等間隔でつけられた突起。

それが回転するたび、純石を載せた小さな台へ細かく接触する。

簡易な仕組みだ。

完成品には遠い。

だが、試すには十分だった。

「回すぞ」

俺が言うと、職人が軸へ手をかけた。

こつ、こつ、こつ、こつ。

単純だが、途切れない。

さっきまでのごとごとした揺れと違い、細かい刺激が一定の間隔で続いている。

純石のそばに、規格外青輝石を置く。

俺はじっと見つめた。

1回、2回では何も起きない。

だが、数呼吸のあと。

規格外青輝石の表面に、うっすらと青白い光が浮かんだ。

「……光った」

入庫担当の男が思わず声を漏らす。

しかも、昨日より少し分かりやすい。

もう一度、回す。

こつ、こつ、こつ。

青輝石がまた光る。

今度は工房の中が、しん、と静まった。

皆が同じものを見ている。

「見間違いじゃありませんな」

ベテラン職人が低く言う。

「ああ」

俺は短く答えた。

綻びの目を向ける。

《振動効率:中》

《反応持続:向上》

《純石適合:可》

《水車接続余地:有》

十分だ。

完璧じゃない。

まだ粗い。

でも、方向はこれで合っている。

水車の重い回転を、そのまま使うんじゃない。

途中で動きを変え、純石に都合のいい細かな刺激へ作り替える。

そのための仕組みは、作れる。

「若様」

ノルが静かに声をかけた。

「何だ」

「これなら、水車につなげられますか」

「まだそのままじゃ無理だ」

俺は正直に言った。

「でも、形は見えた。水車の回転を受けて、この仕組みを回し続けられるようにすればいい。

あとは、もっと安定させることと、どれくらいの速さや強さが要るかを詰める」

ベテラン職人がにやりと笑う。

「つまり、やるんですな」

「やる」

俺もそう返した。

ここまで見えた以上、止まる理由がない。

純石の反応。

水車の力。

そして、その間をつなぐ仕組み。

まだ一本の線にはなっていない。

けれど、ばらばらだった部品が、ようやく同じ机の上に並び始めた。

工房の外では、冬の夜が深くなっている。

冷たい空気の向こうで、領都の街灯がぽつぽつと灯っているはずだ。

今はまだ、あれを騎士たちが一つずつ点けて回っている。

だが、もしここで見つけた仕組みを水車へつなげられたら、その負担は変わる。

灯りだけじゃない。

人の手でやっていたことの一部を、流れそのものが肩代わりし始める。

そこまで行けるかもしれない。

「足りなかったのは、力そのものじゃなかった」

試作機の細かな動きを見つめながら、俺は小さく呟く。

「欲しい動きに変える仕組みだったんだ」

誰に聞かせるでもない言葉だったが、工房の中にいた何人かは、それを聞いていたらしい。

誰も何も言わなかった。

ただ、もう一度だけ試作機を見た。

こつ、こつ、こつ、と小さく続く動き。

そのたびに、規格外青輝石がわずかに光る。

まだ小さい。

けれど、確かに前へ進んでいる光だった。