軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第155話 何本灯せる

工房で変換機構の形が見えた翌日、俺は朝から再び工房に顔を出していた。

目的はひとつ。

――純石で、どこまで灯せるのか。

仕組みが動くだけでは足りない。

街灯をまとめて灯すなら、純石ひとつがどれだけの青輝石を支えられるのかを知らなければ、話にならない。

領都には今、街灯がおよそ50本。

将来的には主要部だけでも200本近くまで増やしたい。

そう考えるなら、まず必要なのは夢じゃない。数字だ。

「今日は何をするんです?」

昨日も残っていた入庫担当の男が、少し緊張した顔で聞いてくる。

「出力を見る」

「しゅつりょく……」

「この純石ひとつで、何本分の街灯を起こせるか、ってことだ」

そう言うと、周囲の職人たちの目つきが昨日より一段変わった。

昨日は「若様がまた妙なことを始めた」くらいだったかもしれない。

だが、規格外青輝石が実際に光ったのを見た以上、今日はもう半信半疑では済まない。

俺は作業台の上に、純石をいくつか並べた。

透明度の高いもの。

白く濁ったもの。

大きさの近いものを揃えてある。

さらに、その横には街灯用の青輝石。

規格外品ではなく、実際に街灯へ組み込む等級のものも持ってこさせた。

「まずは工房の中でやる」

俺は言う。

「いきなり街に出して失敗したら、余計な混乱になるからな」

ノルが腕を組んだまま頷いた。

「順当ですな」

「最初は1灯。次に数を増やす。導魔線の分岐でどこから落ちるかも見る」

「分岐、ですか」

ベテラン職人が顎に手をやった。

「今の街灯の中にも、下の箱から上の青輝石へ導魔線は通ってる」

俺は作業台の上の街灯部材を指した。

「なら、その仕組みを外へ延ばしてやればいい。問題は、何本まで延ばせるかだ」

そこまで言うと、木工職人が小さく唸った。

「なるほど……街灯1本の中でやってることを、外でもやるわけですか」

「そういうこと」

最初の試験は、単純だった。

工房で作った変換機構へ純石をひとつ取り付ける。

その先に、街灯1本分の起動箱を仮組みし、導魔線で青輝石へつなぐ。

「いくぞ」

こつ、こつ、こつ、と試作機が細かく動く。

純石に連続した刺激が与えられ、その先にある青輝石が、ほどなくしてふっと青白く灯った。

「1本は当然だな」

俺が言うと、入庫担当の男がほっとしたように息を吐いた。

「昨日の延長なら、そうですね……」

次に2本。

3本。

ここまでは問題なかった。

光り方にも大きな差はない。

点灯の遅れもほとんど感じない。

「3本までは普通にいけるな」

「十分すごいですが……」

木工職人がまだ信じきれていない顔で言う。

「いや、これじゃ足りない」

領都全体を変える話をしているのに、3本で満足していたら始まらない。

次は5本に増やした。

ここで少しだけ変化が出た。

点灯はする。

だが、1本ごとの光り方にわずかな差が出る。

強いもの。

少し遅れるもの。

青みがやや薄いもの。

「落ちてきましたな」

ノルが低く言う。

「ああ」

綻びの目、発動。

《伝達損失:小》

《分岐効率:低下》

《純石出力:余裕有》

出力そのものが足りないというより、分け方に無駄が出始めている。

つまり、純石の力より先に、導魔線の分岐と接続が雑なんだ。

「まだ純石は耐えてる」

俺は言った。

「問題は分岐側か」

「では、石を増やせばいい話でもない?」

「少なくとも、それだけじゃない」

次に7本。

ここで、はっきり遅れが出た。

5本まではほぼ同時に灯ったものが、7本では端の2本だけ半拍遅れる。

光量も揃わない。

10本相当まで増やすと、さらに顕著だった。

中央寄りの灯りは十分。

だが末端のものは、光ってはいるものの弱い。

「なるほどな……」

ベテラン職人が腕を組む。

「石ひとつの力が足りないというより、力を配る途中でこぼしてる」

「その通りだ」

綻びの目には、

《伝達損失:増大》

《分岐偏り:発生》

《末端出力:低下》

と出ていた。

純石だけを見れば、まだ余地はある。

だが今の仮組みでは、その余地を食い潰している。

「なら、純石を変えてみるか」

俺は最初に使っていた純石を外し、別の個体を手に取った。

昨日、工房で拾ったものの中でも、透明度が高かった石だ。

《蓄魔適性:高》

《反応保持:優》

《圧振反応:良》

昨日の時点で、他のものとは少し違うと感じていた。

「同じに見えるんですが」

入庫担当の男が首をかしげる。

「同じじゃない」

「分かるんですか?」

「分かる」

言い切って、俺はその石を変換機構へ取り付けた。

再び3本。

次に5本。

ここで、まず差が出た。

「……速い」

ノルが小さく言う。

そう。

点灯までの立ち上がりが明らかに早い。

しかも、光量の落ち方がさっきより緩い。

7本でもまだ十分。

10本でも、さっきほど不安定じゃない。

「おいおい……」

ベテラン職人が顔を近づける。

「純石って、全部同じじゃないんですか」

「たぶん、当たり外れがある」

俺は並べた純石を見た。

見た目の差は小さい。

だが、綻びの目で見ると違いがはっきり出る。

《蓄魔適性:低》

《蓄魔適性:中》

《蓄魔適性:高》

今まで工房では全部まとめて「使えない混じり石」としか見ていなかった。

だが実際には、個体ごとの性質差がかなり大きい。

これは大きい。

街灯インフラに使うなら、純石も等級分けが必要になる。

「若様」

石工の男が言う。

「この石、当たりならかなり持つんじゃないですか」

「たぶんな」

俺は点き続ける10本分相当の青輝石を見ながら、頭の中で計算を回した。

今の試験は仮組みだ。

導魔線も雑だし、分岐も最適化していない。

それでもこの反応が出るなら、純石そのものの蓄えは想像よりずっと大きい。

導魔線の損失や分岐効率をいったん無視して、純石単体の理屈上の出力だけを見るなら――。

「……100本級かもしれないな」

思わず、そう口に出ていた。

工房の中がしんと静まる。

「100本?」

入庫担当の男が、まるで聞き間違えたかのように繰り返した。

「質の良いやつなら、理屈の上ではそこまで届く可能性がある」

「ほ、本当にですか」

「ただし、石そのものの話だ」

俺はすぐに付け加えた。

「実際に100本をそのまま繋いで全部灯せる、って意味じゃない。

そこには導魔線の損失もあるし、分岐の偏りもある。水車の回転のぶれもある。

今のままなら、純石が耐えても配るほうが先に負ける」

職人たちは顔を見合わせた。

たぶん、「100本」という数字の響きが強すぎたんだろう。

それでも、ここで浮かれて見誤るわけにはいかない。

純石に力があることと、それを無駄なく運用できることは別問題だ。

その日の夕方、俺たちは工房の裏手にある仮設の街灯で、小規模の実地試験も行った。

街の中心ではないが、工房近くの通りに立ててある街灯をいくつか借りる。

騎士に事前に話を通し、いつもの手点灯ではなく、仮設の導魔線でまとめて起動できるかを見る。

「3本ならいけるはずだ」

「5本も試しますか?」

ノルが聞く。

「やる。やるなら今だ」

冬の夕暮れは早い。

周囲には仕事帰りの職人たちもいるし、少し離れたところで住民も様子を窺っている。

まず3本。

変換機構が細かく動き、純石が反応し、その先の導魔線へ伝わる。

次の瞬間、通りに並んだ街灯3本が、ほぼ同時にふっと灯った。

「おお……」

誰かが小さく声を漏らす。

これまでは騎士が1本ずつ箱に魔力を通していた灯りだ。

それが、まとめて点いた。

小さいようで、これはかなり大きい。

次に5本。

ここでは、灯り方に僅かな差が出た。

だが、十分に実用の範囲だ。

7本では、はっきり末端が弱くなる。

「やっぱりここか」

俺は頷いた。

純石の潜在力はある。

けれど、今の接続方式では区画全体を素直に支えきれない。

なら、考え方を変えるしかない。

「若様」

ノルが横に立つ。

「どう見ます」

「一つで全部はやらないほうがいい」

「分ける、と」

「ああ」

俺は灯った5本の街灯を見ながら言った。

「領都の街灯はいま50本前後。将来的には200本くらいまで増やせるはずだ。

けど、だからこそ一か所集中は危ない」

「水路が止まることもある」

ノルがすぐに返す。

「純石の交換もあるし、点検も要る」

「故障もありますな」

ベテラン職人が続けた。

「そういうこと」

俺は頷いた。

「だから水車小屋は3か所。区画ごとに受け持たせる。

1か所が止まっても、他で主要部は維持できるようにする」

「3か所……」

ノルが低く繰り返す。

「上質な純石なら、理屈の上では1基で100本級まで届く可能性がある。

けど実運用は別だ。余裕を見て回すべきだし、止まった時のことまで考えるなら、なおさら分散させたほうがいい」

これはもう、街灯の試験というより設計だ。

1つの強い石で全部を賄う話じゃない。

止まっても消えない配置をどう組むか。

そこまで考えて初めて、領都の灯りはインフラになる。

試験を終えて工房へ戻る頃には、空はすっかり暗くなっていた。

街には、まだ騎士たちが1本ずつ点けた灯りが残っている。

けれど今日、俺たちはそのやり方を変えられるかもしれないところまで来た。

工房の中で、俺は最後にもう一度、上質な純石を手に取った。

透明で、地味で、これまで誰にも価値を見出されなかった石。

それが質次第では、理屈の上で100本級に届くかもしれない。

けれど、本当に必要なのはそこじゃない。

「一つの強い石が要るんじゃない」

誰に聞かせるでもなく、俺は小さく呟いた。

「止まっても消えない仕組みのほうが大事なんだ」

水車。

純石。

導魔線。

街灯。

ばらばらだった部品は、ようやく同じ図面の上に乗り始めた。

こつこつと積み上げてきたものが、やっと“領都の灯り”という形に近づいている。

まだ課題は多い。

導魔線の損失。分岐の上限。純石の選別。交換時期。点検。

だが、もう夢物語じゃない。

俺は手の中の純石を静かに置いた。

領都の灯りは、もう少し先まで伸ばせる。

その手応えだけは、今日ははっきり掴めていた。