作品タイトル不明
第151話 純石の反応
「これは……」
手の中の透明な石を見つめたまま、俺はその場でしばらく動かなかった。
青輝石ではない。
光らない。
魔力もほとんど通らない。
だから値もつかないし、工房では混じりものとして扱われている。
理屈だけ聞けば、それで終わる話だ。
けれど、綻びの目がわずかに反応した。
しかも、ただの「不要品」相手に出る反応にしては曖昧すぎる。
《反応:微》
《判別保留》
普段ならもっとはっきり出る。
役に立つか、立たないか。危険か、そうでないか。
この目は、そのへんを割合容赦なく示してくれる。
なのに、今は違う。
まだ掴みきれていない。
けれど、何かがある。
「リオン様?」
入庫担当の男が、おそるおそる声をかけてきた。
「ああ、悪い。少し気になっただけだ」
そう答えながら、俺は手の中の石をもう一度軽く転がした。
透明。
いや、完全な無色ではない。光の加減によって、ほんのわずかに白っぽく濁って見える。青輝石のような青の深みはない。宝石としても、たしかに中途半端だ。
「これ、いつも捨ててるのか?」
「全部じゃありませんが、大体はそうですね。重しに回したり、砕いて埋め材に混ぜたりもしますが、街灯づくりには使いません」
男は少し肩をすくめた。
「見た目だけなら綺麗なんですけどね。使えない石です」
その言い方が、妙に引っかかった。
使えない。
たぶん、ここにいる職人たちの認識としてはその通りなんだろう。
魔力に関わる石の価値は、だいたい
光るか。
魔力を通して反応するか。
魔道具に向くか。
そのへんで決まる。
だったら、何も起こさない石は外れだ。
俺は純石を仕分け場の台へ置いたまま、周囲を見回した。
選別の流れはまだ詰まっている。
箱から石を出し、青輝石の等級や規格を分け、規格外をはじき、それ以外の混じりものを取り除く。量が増えているせいで、担当の手元に判断待ちがどんどん溜まっていた。
その中で、さっき見えた“わずかな違和感”の正体を探す。
すると、また目の端で小さな光が揺れた。
「……今の」
俺は反射的にそちらへ視線を向けた。
廃棄に回される規格外の青輝石が積まれた箱の端。
そのすぐ横で、仕分けを終えた純石の山が別箱へ移されている。
ちょうど職人が、透明な石をざらりとまとめて放り込んだところだった。
その瞬間だけ、規格外青輝石の欠片が、ほんのかすかに明滅した。
見間違いかと思うほど弱い。
でも、見えた。
「今、何かしましたか?」
ミアが小さく聞く。
「いや……」
俺は一歩近づいた。
入庫担当の男はきょとんとしている。
他の職人たちも、特に気にした様子はない。
つまり、今のは珍しくもないが、誰も意味を見出していない類の現象なのか。
「その石、こっちへ移す時に、たまに何か起きたりするか?」
俺が聞くと、男は首をかしげた。
「何か、ですか?」
「青い石が反応するとか」
「ああ……」
男は少し考えてから、曖昧に笑った。
「言われてみれば、足踏み砥石のそばに置いておいた時なんか、たまに青輝石の欠片が妙に長く光るように見えることはあります。気のせいかと思ってましたが」
「他にもあるか?」
「石切り台の近くとか、研磨台のそばとか……そのへんでたまに。ですが、毎回じゃありませんし、仕事に関係するほどじゃないので、誰も気にしてませんでした」
やっぱり、か。
前から現場にはあった。
ただ、価値ある現象として数えられていなかっただけだ。
俺は純石の箱と、近くの足踏み砥石、それから規格外青輝石の欠片を見比べた。
反応する時としない時がある。
だが、ただ置いてあるだけではなさそうだ。
足踏み。回転。振動。
そのあたりが怪しい。
純石へ意識を向けた瞬間、綻びの目の表示が浮かんだ。
《直接通魔:低》
《圧振反応:有》
《蓄魔適性:微》
《回転継続:効率上昇》
《条件安定性:低》
――これだ。
やっぱり、ただの石じゃない。
しかも、俺がさっきぼんやり感じた通り、これは“魔力を直接流して使う石”じゃない。
圧力。
振動。
回転。
そういう動きに反応して性質が変わるタイプだ。
「ミア」
「はい」
「足踏み砥石のそば、少し借りる」
そう言うと、ミアはすぐに周囲の職人へ声をかけて場所を空けさせた。こういう時の動きが早い。
俺は規格外青輝石の欠片をいくつか選び、そのうち一つを砥石台の脇へ置いた。
そのすぐ横に、さっきの純石も置く。
「普段通りに回してくれ」
砥石担当の職人にそう頼むと、男は戸惑いながらも足を踏み板に乗せた。
ぎい、ぎい、と木と金属が軋む音。
回転が始まる。
砥石の軸から細かな振動が床へ伝わり、その脇に置いた純石がわずかに震えた。
俺はじっと見つめる。
1回、2回では何も起きない。
だが、振動が一定のリズムで続いた数呼吸後。
規格外の青輝石が、ほんのかすかに青く滲んだ。
小さい。
けれど、確実に光った。
「……おい」
砥石担当の職人が目を見開く。
「今、光りませんでしたか」
ミアも珍しくはっきり驚きを見せた。
「もう少し続けてくれ」
俺が言うと、職人は無言で足踏みを続けた。
すると、さっきよりも少し分かりやすく、青輝石がまた明滅する。
規格外品だから光り方そのものは弱い。
けれど、それで十分だった。
ただの見間違いじゃない。
純石が、振動や回転を受けることで、青輝石の反応を変えている。
「今度は止めてくれ」
砥石が止まる。
振動も消える。
すると青輝石の反応も途切れた。
俺は純石を手に取り、別のやり方を試すことにした。
台の上に規格外青輝石を置き、純石をそのそばへ寄せる。
ただ持っているだけでは反応しない。
今度は木枠の角へ純石を当て、一定の細かい振動になるよう手首で小さく揺らしてみる。
何度か角度を変える。
強く振るのではなく、細かく、連続して。
すると、数度目で青輝石の表面にうっすら青白い光が浮いた。
「やっぱり……」
思わず声が漏れる。
ただ上下に振るだけでは駄目だ。
1回強く叩いても反応は薄い。
けれど、細かな振動を一定に与えると、反応が変わる。
ミアが横から静かに言う。
「人が魔力を流しているわけではありません」
「ああ」
そうだ。
今、俺は魔力を流していない。
ただ、純石へ動きを与えているだけだ。
なのに青輝石が反応している。
俺は手の中の純石を見つめながら、学院の魔法理論の講義を思い出していた。
魔力を構成する魔素は、大気中にも存在する。
魔法使いはそれを体内に取り込み、練り、使う。
青輝石は、魔力を受ければ光る。
なら、この純石は何だ。
魔力を直接通しても反応しない。
だが、圧力や振動、回転を受けると様子が変わる。
考えられるとすれば――。
「この石は……魔力を通す石じゃない」
自分の考えを整理するように、口に出す。
「でも、動きを与えることで、大気中の魔素を引き寄せてるのか、あるいは自分の中へ留めやすくなってるのかもしれない」
断定はできない。
理屈の全部が分かったわけでもない。
それでも、今の現象を説明するなら、その方向が一番近い。
入庫担当の男がぽかんとした顔で俺を見ていた。
「リオン様、それって……」
「少なくとも、ただの使えない石じゃない」
俺は純石を持ち上げた。
光らない。
魔力も通りにくい。
けれど、動かすと反応が変わる。
もしこれが、動力によって微量の魔力を帯びる石だとしたら。
それを青輝石へ渡せるなら。
街灯の点灯で、騎士が毎回すべての魔力を流し込む必要はなくなるかもしれない。
今はまだ、ごくわずかな反応だ。
この程度で街灯を灯せるとは到底思えない。
だが、より大きな動きを純石にあてたらどうだ。
街灯1本1本に直接魔力を流し込むのではなく、何かしらの動力で純石が魔力を帯びさせる。
その魔力を街灯に流すことができれば、騎士たちの負担はかなり変わる。
そこまで考えたところで、自然と視線が工房の外へ向いた。
人の手ではなく。
もっと長く。
もっと安定して。
毎日回り続けるものがあれば――。
俺は手の中の純石を見つめたまま、静かに息を吐く。
「問題は」
小さく呟く。
「この石を、どうやって毎日、安定して動かし続けるかだな」