軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第150話 増えた灯りの代償

帰郷した翌朝。

俺は父に呼ばれて、屋敷の執務室にいた。

冬の朝らしい冷たい空気だったが、部屋の中は薪がよく焚かれていて暖かい。

ドアの横には騎士団団長のノルも立っている。

机の上には書類がいくつも積まれていた。

父は椅子に腰かけたまま、俺を見る。

「さて、戻って早々ですまないが、まずは今の領の状況を共有しておく」

「むしろ助かる。俺も聞きたかった」

そう答えると、父は小さく頷いた。

「まず、街の発展に伴って税収は増えている。商いが動いている分、分かりやすく数字に出てきた」

「順調ってことだな」

「ああ。まだ急激に余裕が生まれるほどではないが、手を打っただけの効果は出ている」

父は机の上の一枚を指先で軽く叩く。

「次に、街灯だ。ローデン商会が積極的に売り込んでくれているおかげで、領内だけでなく王都からも注文が入っている。思った以上に反応が早い」

「さすがだな、ヴィクトルのところは」

「商機を見る目は確かだ」

そこは父も素直に認めているらしい。

「人員不足については、以前お前が提案した改革でだいぶ管理しやすくなった。ローデン商会の支援もある。すぐに解決とはいかんが、前よりはずっと回っている」

「夜間学校のほうは?」

俺が聞くと、父は少しだけ表情を和らげた。

「始まったばかりだが、手応えはある。働きながらでも読み書きや計算を学びたい者は思ったより多かった。いずれあそこで学んだ者たちが、帳場や管理の仕事で領に貢献してくれるだろう」

「子ども向けの学校は?」

「そちらも考えている。まずは仕事を引退した者たちの中から、教え役を頼めそうな人間を当たっているところだ」

父はそこで一度言葉を切った。

「ただ、人手が足りんという問題そのものは、まだ消えていない」

「まあ、そうだろうな」

「そして、最近特に気になるのが人の流れだ」

空気が少しだけ締まる。

「他領から、ハル領へ出稼ぎや移住を希望して来る者が増えている。少人数ならよかった。だが、そろそろそう言っていられる規模ではなくなってきた」

俺は父を見る。

「どこからが多い?」

「近隣の領から広く来ているが、特に多いのはグレイヴ領だ」

やっぱりそこか、と思った。

東隣。先代の功績で侯爵にまで上がった家だが、現当主はそこまで切れ者ではない。

ハル領が伸びれば、面白くない立場にある。

「出稼ぎだけ?」

「今のところは、表向きはな。だが冬を越えるための一時滞在では済まなさそうな者も混じっている」

「無許可の移住は、本来認められてない」

「そうだ」

父は淡々と答えた。

「だからこちらも勝手に正式受け入れとはしていない。だが、凍える季節に追い返して死なれても困る。法だけで割り切れる話でもない」

そこは、その通りだった。

今すぐ結論を出せる話じゃない。けれど放ってもおけない。

ただ――今朝の話の中で、俺が最初に手をつけるべきものは、別にあった。

「まずは街灯のほうだな」

俺がそう言うと、父はすぐに頷いた。

「私もそう思う」

「数本灯す程度なら問題ない。でも今後、領内の主要部に数十本と街灯を増やすなら、今のやり方はきつい」

「その通りだ。昨夜も言ったが、すでに騎士たちの負担は増している」

父が書類を一枚取り出す。

「夕刻になると、点灯担当の騎士が区画ごとに回っている。街灯自体は治安に効いているし、住民の評判も良い。商売にも良い影響が出ている」

「でも、そのぶん裏で回してる人間がしんどい」

「灯りを1つ増やすたびに、点けて回る手間と魔力消耗が増えるからな」

俺は少し考えた。

街灯そのものは成功している。

問題は、運用の仕方だ。

1本1本に騎士が魔力を流して回る。今はまだそれで何とかなる。だが、本数がさらに増えれば、いずれどこかで限界が来る。

「まとめて灯せたらいいんだけどな」

考えがそのまま口に出た。

父が眉を動かす。

「まとめて?」

「例えば、1つずつじゃなくて、どこか1か所に魔力を流したら複数の街灯が一斉に灯るとか」

「……そんなことができるなら苦労はしない」

父は率直にそう言った。

そこへ同席していたノルも、難しい顔で口を開く。

「街灯は青輝石へ直接魔力を通すから灯るのです。

離れた場所の灯りまで一度に、となると……少なくとも、我々には思いつきませんな」

「だよな」

俺だって、仕組みがなければただの願望だ。

でも、何か方法はないか。

前世なら電線だの発電機だの、いくらでも連想できる。

ただ、この世界でそのまま使えるわけじゃない。

なら、今あるものの延長で考えるしかない。

「街灯の工房、今日は見に行けるか?」

俺が父に聞くと、父はすぐに答えた。

「もちろんだ。現場を見るのは悪くない」

「じゃあ、まずはそっちを見てくる」

父は少しだけ目を細めた。

「頼む」

執務室を出たあと、俺はミアを連れて工房へ向かった。

「ミアも来るか?」

「はい。リオン様が現場へ行かれるなら、何か必要になるかもしれませんので」

相変わらず抜け目がない。

工房は、以前は旧倉庫として使われていた建物を改修したものだ。

街灯事業が軌道に乗ってからは、人も物も集まり、今では領都の中でもかなり忙しい場所になっている。

近づくにつれ、木を削る音、金具を打つ音、人の声が重なって聞こえてきた。

中へ入ると、思った以上の熱気だった。

太い木材が運び込まれ、街灯用の柱へと整形されている。

別の一角では、青輝石の仕分け。

さらに奥では、ガラスと金具、灯具の部品が組み上げられていた。

忙しい。

しかも、ただ忙しいだけじゃない。全体がきちんと回っている忙しさだ。

「若様!」

気づいたベテランの職人が手を止めて頭を下げた。

「お帰りなさいませ」

「ただいま。忙しそうだな」

「ええ、おかげさまで!」

その向こうから、西の森で温泉づくりを一緒にやった見習い職人も駆け寄ってきた。

「リオン様、王都でも街灯の評判が良いって本当ですか?」

「注文は増えてるみたいだな」

「本当にありがたいです! こっちは毎日てんてこ舞いですよ」

その言葉に嘘はなかった。

職人たちの手は止まらない。

忙しいが、顔は悪くない。ちゃんと仕事が増えている現場の顔だ。

「助かってるのはこっちだ。現場が回ってるのは、みんなのおかげだろ」

そう言うと、ベテラン職人が少し照れたように鼻を鳴らした。

「そう言ってもらえると、やりがいがありますな」

工房の中を歩きながら、俺は全体を見渡した。

木工は順調そうだ。

組み立ても大きな問題はない。

ガラスも多少割れは出ているだろうが、致命的な詰まりはなさそう。

そこで、不意に目が止まった。

青輝石の仕分け場だ。

そこだけ、妙にごちゃついている。

人が足りていないというより、流れが悪い。

石の山が複数できていて、選別担当の手元に判断待ちの石が溜まっている。

綻びの目が、そこで自然に発動した。

《選別精度:低下》

《規格外混入:増加》

《入庫負荷:増大》

《製造遅延:進行》

「……そこか」

俺が小さく呟くと、そばにいたミアが目を向けた。

「何かありましたか?」

「あそこ、流れが詰まってる」

俺は仕分け場へ近づいた。

「最近、石の入りが変わったか?」

声をかけると、入庫担当の男が慌てて立ち上がった。

「わ、リオン様」

「そんなに固くならなくていい。忙しいんだろ」

「ええ、まあ……少々」

男は困ったように笑って、積まれた石の箱を見た。

「ハル領東部の石切り場が、最近かなり忙しいようでして。

納品は間に合ってるんですが、そのぶん選別が少し雑になってるんです」

「雑?」

「青輝石の規格外品や、青輝石じゃない石まで混じってくることが増えました。

本来なら向こうである程度分けてほしいんですが、今はそこまで手が回っていないのかと」

なるほど。

仕分け場の負荷が増える。

そこで滞る。

その結果、製造全体が少しずつ遅れる。

派手ではないが、確実な綻びだ。

俺は箱の中へ視線を落とした。

青みを帯びた石。

規格から外れた小さな欠片。

濁りの強いもの。

そして――その中に、妙に透明感のある石が混じっていた。

光らない。

青輝石とは明らかに違う。

「これは?」

俺が拾い上げると、入庫担当の男が言った。

「ああ、それですか。 純石(じゅんせき) です」

「純石?」

「青輝石の脈の近くでたまに出る石でして。

見た目だけは綺麗なんですが、光りもしないし、魔力もほとんど通らない。

宝石にも魔石にもならないんで、たいして値はつきません」

そう言って、男は苦笑した。

「最近はそれまで混ざってくるものですから、こっちの手間が余計に増えてしまって」

俺はその透明な石を手の中で転がした。

青輝石ではない。

見た目も地味だ。

職人たちにとっては、ただの混じりもの。

なのに、妙に気になった。

綻びの目が、わずかにざわつく。

《反応:微》

《判別保留》

いつもより曖昧な表示だった。

それでも、何かが引っかかった。

俺は透明な石を見つめたまま、小さく息を吐く。

「これは……」

その先の言葉は、まだ自分でも形になっていなかった。