軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第145話 2学期期末実技試験

応用課題を終えた直後の廊下は、妙に静かだった。

普段なら試験が終わった開放感で、あちこちから声が上がる。だが今日は違う。誰もが疲れていたし、そのうえでまだ最後の一つが残っていたからだ。

実技試験。

頭を使ったあとに、今度は身体で答えを出せと言われる。

性格の悪い試験だ。

「本当に休ませる気がないな」

俺が小さく呟くと、隣を歩いていたヴィクトルが苦笑した。

「学院側としては、そこも込みで見たいんだろうね。疲れた状態でどれだけ動けるか、ってさ」

「嫌な見方だ」

「でも、実戦的ではあるわ」

前を歩くセレナが振り返らずに言った。

「まあ、それはそうだな」

認めたくはないが、その通りだ。

森でも街道でも、万全の状態でだけ動けるわけじゃない。疲れている時、焦っている時、情報が足りない時、そういう場面で判断を誤らない人間のほうが強い。

だからこそ、この日程なんだろう。

訓練場の前に着くと、空気が一段変わった。

扉の向こうから伝わってくる緊張が、授業のそれじゃない。

中へ入った瞬間、その理由が分かった。

広い訓練場の端には、ローヴェン先生だけじゃなく複数の教師が並んでいた。学院長の姿もある。さらに、その横に立つ一人の男を見て、周囲が小さくざわついた。

王国騎士団長。

年季の入った鎧ではなく、動きやすい訓練用の装いだが、それでも放つ圧が違う。黙って立っているだけで、空気がぴんと張る。

採点者の一人、というより、そこにいるだけで場そのものが引き締まる存在だった。

なるほど。

ただの定期試験では終わらせないつもりらしい。

俺たちは所定の位置へ並んだ。周囲には他クラスの生徒たちもいる。さっきまでの疲れを引きずっている顔もあれば、逆に最後の実技に気持ちを切り替えている顔もある。

そんな中、ローヴェン先生が一歩前に出た。

「これより、一年二学期末実技試験を始める」

低い声が訓練場に響く。

「形式は一対一。木剣および訓練用魔法のみ使用可。有効打、場外、もしくは戦闘続行不能と判断された時点で終了だ」

そこで一度、訓練場全体を見渡す。

「ただし、勝てば満点になる試験じゃない。どう勝つか、どう崩すか、どう崩れるかまで見る。力任せ、雑な魔法運用、無駄な動きは減点対象だ。逆に負けたとしても、内容が良ければ評価は残る」

その言葉で、何人かの表情が強張った。

単純な勝敗だけではない。分かってはいたが、改めて言われると重い。

「順に呼ぶ。呼ばれた者は中央へ出ろ」

最初の数試合は、いわば試験の物差しを見せるためのものだった。

ある生徒は勢いよく攻め込んで勝った。だが剣筋が大振りで、空いた脇を見れば格上には簡単に取られるだろうと分かる。教師の一人が採点表に何かを書き込み、騎士団長は無言のままだった。

別の生徒は堅実に守ったが、決め手を欠いて時間を使いすぎた。これも評価は悪くないだろうが、高くは伸びない。

勝ったからいい、ではない。

負けたから駄目、でもない。

ローヴェン先生の言った通りだった。

「なるほどね」

ヴィクトルが小さく息を吐く。

「思った以上に細かく見てる」

「騎士団長までいるんだ。雑には見ないだろうな」

俺が答えたところで、次の名前が呼ばれた。

「ナディア・セルヴァン」

「はい」

ナディアが一歩前へ出る。

相手もSクラス中堅以上の実力者だ。決して楽な相手じゃない。

開始の合図と同時に、相手が探るように踏み込む。ナディアは慌てず、それを受けるでも弾くでもなく、ほんの少し外した。無理をしない。だが下がりすぎもしない。距離の取り方が丁寧だ。

相手が二度、三度と角度を変えて攻める。ナディアはその都度、最小限の動きで捌いた。

派手さはない。

けれど、崩れない。

相手が焦れて前のめりになった瞬間、ナディアの木剣がするりと胸元へ届いた。

「そこまで」

勝負が決まる。

歓声が上がるような派手さはない。だが、見ている側には十分伝わる勝ち方だった。

「ナディアらしいな」

「うん。丁寧だ」

ガイルが短く言った。

その次に呼ばれたのはヴィクトルだった。

「さて、どうなるか」

そう言って中央へ出ていったヴィクトルは、試合が始まるとすぐにらしさを見せた。真正面から潰しにいかない。相手の出方を見て、手癖を読んで、少しずつ嫌な位置へ誘導していく。

剣の速度や踏み込みだけなら、飛び抜けているわけじゃない。

だが、無駄に打ち合わない。嫌なところを突く。相手が嫌がる選択を続ける。

最後は牽制の風魔法で一瞬視線を逸らさせ、その隙に有効打を通した。

「ヴィクトルも十分強いな」

「頭を使ってる」

俺が言うと、セレナが静かに頷いた。

「自分の勝ち方を分かっているのよ」

次にセレナ。

相手は明らかに緊張していた。

それも無理はない。ヴァレスト公爵家の令嬢であり、Sクラス上位常連。

彼女が強いことくらい誰もが分かっている。

だが、試合が始まってからのセレナはそんな肩書きすら邪魔に思えるほど、純粋に完成度が高かった。

木剣と魔法の切り替えが滑らかで、判断が速い。攻め急がず、けれど機を逃さない。

相手も食らいついた。だが三手、四手と重ねるほど差が見える。最後は無理に踏み込んだ相手の足を止め、正確に一本を取った。

「強いわね……」

近くで誰かが小さく漏らす。

その感想には同意だ。

高い水準でまとまっている。採点者から見ても、おそらくかなり高得点だろう。

ただ――まだ、物差しの中に収まる強さだった。

空気が変わったのは、その次からだ。

「エドガー・アルスレイン」

名前が呼ばれた瞬間、訓練場のざわめきが一段落ちる。

第二王子。

その肩書きだけでも視線は集まる。だが、この場で見られているのは血筋じゃない。実力だ。

エドガーはいつも通り静かな顔で前へ出た。

相手はAクラスの首位争いに食い込む実力者。弱い相手ではない。むしろ、ここまで残っている時点でかなりの上澄みだ。

開始。

相手は慎重だった。王子相手だからではない。エドガーが強いと知っているからだろう。簡単には飛び込まない。呼吸を合わせ、間合いを測り、機を窺う。

悪くない。

そう思った次の瞬間だった。

相手が踏み込む。

エドガーの木剣が動く。

いや、ほとんど動いてすら見えなかった。

一手目を外し、返しの一撃が正確に入る。

「そこまで」

終わり。

訓練場に、遅れてざわめきが広がった。

「……は?」

誰かが思わず漏らした声が聞こえた。

それくらい、一瞬だった。

派手さはない。強引さもない。だが、何もさせなかった。相手が弱かったわけじゃない。そうではなく、エドガーが整いすぎている。

戻ってきたエドガーは、息一つ乱していなかった。

「早すぎるだろ」

ヴィクトルが半ば呆れたように言う。

「向こうも慎重だったのにね」

セレナの目も少し細くなっていた。

教師たちの間で、かすかに空気が動く。採点表に記入はされる。だが、それだけで足りるのかと迷っているのが見えた。

「ガイル・ベイルン」

次はガイル。

相手は近接戦闘に強いことで知られる生徒だった。体格もよく、打ち合いなら相当なものだ。

だが、開始の合図と同時に、その前提ごと吹き飛んだ。

ガイルが踏み込む。

速い。

重い。

一撃目を受けた相手の顔が歪む。次の瞬間には体勢が崩れていた。立て直す間もなく、二撃目が入り、勝負は終わった。

「そこまで」

今度は、分かりやすく空気が揺れた。

エドガーが静かな瞬殺なら、ガイルは正面から押し潰す瞬殺だった。

「……無理だろ、あれ」

「受けた時点で終わってたな」

周囲の声も小さくない。

ガイルは戻ってきても表情をほとんど変えない。ただ、いつもより少しだけ目が冴えていた。

「まだ物足りない顔してるな」

俺が言うと、ガイルはわずかに肩をすくめた。

「相手が悪かった」

短い一言。

だが、それが本音なんだろう。

そして最後。

「リオン・ハル」

名前が呼ばれた瞬間、視線の集まり方がまた少し変わった。

ここしばらく、学院で面倒なくらい広まっている噂の中心が俺だ。

見世物になるつもりはないが、見られているのは分かる。

中央へ出る。

相手は強い。真っ向勝負を得意とする優秀な生徒だ。普通なら苦戦してもおかしくない。

開始。

相手が迷わず踏み込んできた。

速い。悪くない。

俺は半歩だけずれた。

視線。

肩。

木剣の角度。

踏み込む足の癖。

全部が一瞬で見えた。

《重心:前》

《踏み込み後:戻り遅れ》

《右脇:薄い》

綻びの目が、ほんの一瞬だけ情報を拾う。

相手の一撃が流れる。

そのまま体勢がわずかに崩れる。

次の瞬間には、俺の木剣がぴたりと相手の急所へ届いていた。

「そこまで」

終わり。

一拍遅れて、訓練場がざわめいた。

「今の……どうなった?」

「避けたのか?」

「いや、ずらしただけに見えたぞ」

そんな声があちこちから聞こえる。

俺は木剣を下ろし、相手に軽く礼をした。相手も呆然としたまま、それでも礼を返してくる。

横へ戻ろうとした時、ふと視線を感じた。

騎士団長だ。

それまで腕を組んだままだった男が、わずかに姿勢を変えていた。目が、はっきりとこちらを見ている。

「……なるほど」

小さな呟き。

だが、近くにいた教師たちはそれを聞いたらしく、表情が変わった。

その後も試験は続いた。

だが、空気は明らかに変わっていた。今までの試合と、さっきの三試合は何かが違う。誰もがそう感じているのが分かった。

全体の対戦が一段落したところで、ローヴェン先生と学院長、他の教師たちが短く言葉を交わした。

そして、騎士団長が一歩前に出る。

それだけで、ざわめきが止んだ。

「これでは評価にならんな」

低く通る声が、訓練場の端まで届く。

「勝った負けたは分かる。圧倒したことも分かる。だが、それだけだ」

教師たちの誰も異を唱えない。

騎士団長は訓練場中央を見渡し、はっきりと言った。

「エドガー・アルスレイン。ガイル・ベイルン。リオン・ハル」

三人の名が呼ばれる。

「この三名は、同学年相手では中身が見えん。追加で私が見る」

どよめきが広がった。

「騎士団長が、直々に……?」

「追加査定?」

「そこまでするのかよ」

周囲の反応は当然だ。

ただの特別扱いではない。さっきの三試合を見たうえで、それでもまだ評価が足りないと言われたのだ。

俺の隣で、ヴィクトルが苦笑した。

「そこまで行くか」

「でも、納得はできます」

ナディアが静かに言う。

セレナも黙って前を見ていた。驚いていないわけじゃない。だが、理不尽だとも思っていない顔だった。

ローヴェン先生は止めない。学院長も異論はなさそうだ。

つまり、妥当だということだ。

騎士団長が再び口を開く。

「順に見る。まずはエドガー・アルスレイン」

エドガーが一歩前へ出る。

「次にガイル・ベイルン」

ガイルが静かに息を吐く。

「最後にリオン・ハル」

俺も小さく頷いた。

訓練場の空気が変わる。

もうこれは、生徒同士の試験じゃない。

エドガーが木剣を手に、中央へ進む。

その向かいに騎士団長が立った。

ただの期末試験のはずだった。けれど、今から始まるのはもう別の査定だ。

同学年の中で抜けているかどうかではない。

その強さが、どこまで通じるのか。

それを測るための場が、今、目の前にできあがっていた。