軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第139話 討伐報告

森は、拍子抜けするほど静かだった。

さっきまであれだけ暴れていたガルムベアが地に伏しただけで、空気の張り詰め方まで変わっている。

煙はまだ薄く残っていたが、低級魔物の気配はもう遠い。

逃げるものは逃げ切り、隠れるものは隠れたのだろう。

俺は剣を杖みたいに使って立ち上がり、肩で息をした。

右肩の傷は浅くない。脇腹も鈍く痛む。喉は煙で焼けたようだった。

それでも、生きている。

その事実だけが、やけにはっきりしていた。

「本当に……倒したのか」

後ろから、呆然とした声がした。

振り向くと、さっき助けた三人組の冒険者たちが、少し離れた位置でガルムベアの死体を見ていた。前衛役の男が一歩近づき、そこでようやく現実感が追いついたように息を吐く。

「Aランクだぞ……」

「正面から勝ったわけじゃありません」

俺は荒い呼吸の合間に言った。

「地形と煙で崩しただけです」

「だけ、で済むか」

若い冒険者が半ば本気で言った。

「俺たち三人じゃ、逃げるので精一杯だったんだぞ」

その言葉に返す余裕はなかった。

今はまず、自分と他の生存者の処置だ。

「手当てを先に」

そう言って、俺は腰の小袋から包帯と簡易の治療薬を取り出した。

「動ける人、肩を貸してください。自分の傷は後でいいので、足をやられてる人から」

「あ、ああ」

前衛役の男がすぐに動いた。

その間に俺は自分の肩へ応急処置だけ済ませる。

止血。固定。痛みは残るが、これ以上出血しなければ帰れる。

治療をしながらも、視線は何度かガルムベアへ向いた。

大きい。

近くで見ると、さっき戦っていた時以上に、その異常さがよくわかる。肩の盛り上がり、太い前脚、固そうな毛並み。これが本来なら王都近郊にいるはずのない魔獣だというのも、今なら実感としてわかった。

「討伐証明、持って帰るんだよな」

若い冒険者が言う。

「はい」

俺は頷いた。

「爪と牙を持っていきます」

「手伝う」

前衛役の男がすぐに言った。

「一人でやるには重い」

ありがたくその申し出を受けた。

ガルムベアの爪も牙も、低級魔物みたいに簡単にはいかない。硬いし大きい。剥ぎ取りというより、解体に近い力仕事だった。

それでも、誰が見ても討伐証明になる部位を持ち帰らなければならない。

それはつまり――この勝利を、偶然や見間違いではなく、記録に変えるためだ。

森を出る頃には、太陽はかなり傾いていた。

帰り道の空気は、行きとはまるで違う。

朝はただ冷たかった。今は、冷たさの中に疲労が染みてくる。

三人組の冒険者たちは、最初こそ俺に半信半疑の目を向けていたが、今はそれが完全に消えていた。代わりにあるのは、驚きと、妙な敬意と、まだ整理しきれていない現実感だ。

「坊……いや、リオン」

若い冒険者が言い直した。

「ギルドで、俺たちも証言する」

「助かります」

「助かるも何も」

前衛役の男が苦笑する。

「見たことをそのまま言うだけだ」

それで十分だった。

森の外れで乗合馬車を捕まえ、王都へ戻る。

道中、誰もほとんど喋らなかった。疲れているのもあるし、それ以上に、今起きたことがまだ全員の中で現実になり切っていないのだと思う。

王都の冒険者ギルドへ戻った時には、空はもう夕方の色に変わっていた。

扉を開けると、昼より少し落ち着いた時間帯のざわめきが中にあった。

依頼帰りの冒険者、酒場側から流れてくる笑い声、受付前の軽い言い争い。

その空気の中へ、血と煤と泥にまみれた俺たちが入った瞬間、何人かの視線がこちらへ向いた。

「討伐報告を」

俺が受付へ言うと、若い受付嬢が顔を上げた。

「はい。本日の依頼は――」

そこで俺の状態と、後ろの三人組、そして持ち込んだ布包みに目が止まる。

「……どうされました?」

俺は布包みをカウンターの上へ置いた。

重たい音がした。

「王都北西外れ森の討伐依頼です。低級魔物ではなく、森の奥でAランク魔獣ガルムベアと遭遇しました。討伐証明として、爪と牙を持ち帰っています」

一瞬、受付嬢の表情が止まった。

そのあと、かすかに眉が寄る。

信じていない顔だった。無理もない。

「……Aランク、ですか?」

「はい」

周囲のざわめきが少しだけ近づいた。

「王都近郊で?」

「ガルムベア?」

「そんなわけないだろ」

そういう声が、わざと聞こえるように流れてくる。

俺は何も言わず、布を解いた。

現れたのは、黒く太い爪と、異様な長さの牙。

それを見た瞬間、受付嬢の顔色が変わった。

「こ、これは……」

だが、それでもまだ確信は持てない。

当然だ。証拠だけなら、どこか別の場所から持ち込んだ可能性だってゼロではない。

だからこそ、後ろから三人組の前衛役が前へ出た。

「証言する」

男は、ざわつくギルドの中で低くはっきり言った。

「俺たち三人は、森の奥でガルムベアに襲われた。全滅しかけてたところを、そこのリオンが助けに入った」

若い冒険者も続く。

「こいつは真正面から勝ったんじゃない。煙と地形を使って、あの巨獣を崩したんだ」

その声にはまだ興奮が残っていた。

「俺たちは何もできなかった。あれがいなかったら、全員死んでた」

受付前の空気が、そこで完全に変わった。

ざわめきが止まる。

代わりに、重たい沈黙が落ちる。

その沈黙を破ったのは、奥から出てきた低い声だった。

「その話、詳しく聞こう」

振り向くと、支部幹部らしい年配の男が立っていた。

冒険者上がりなのか、ただ立っているだけで場の空気が締まる。

男は爪と牙を見て、次に俺の傷、三人組の状態を順に見た。

「ガルムベア討伐。証明部位あり。目撃証言三名」

短く確認する。

「……本当らしいな」

受付嬢がごくりと喉を鳴らしたのがわかった。

「王都近郊でAランク魔獣……」

幹部はゆっくりと息を吐く。

「これはギルドだけで抱える話じゃない。王国騎士団とも共有する」

その判断の速さが、逆に事態の重さを示していた。

だが、今はそれ以上の話は広げられなかった。

まずは記録と認定だ。

「リオン・ハル」

幹部がこちらを見る。

「討伐報酬についてだが、今回の案件は通常の低級討伐依頼とは別扱いになる」

周囲の冒険者たちが息を呑む。

「ガルムベアはAランク魔獣だ。しかも王都近郊での出現、討伐証明あり、目撃証言あり」

そこで一度言葉を切った。

「高額報酬が支払われる。額はあとで正式に伝えるが……その場の若手冒険者が一年かけても触れられない金額と思ってくれていい」

周囲が一気にどよめいた。

「まじか……」

「Eランクだったよな?」

「いや、もうEの話じゃないだろ」

そういう声が飛ぶ。

正直、俺も少しだけ呆然とした。

金額をまだ聞いていないのに、空気で十分伝わる。大金だ。

だが、本当の見せ場はその次だった。

幹部がギルドカード管理の帳簿を受け取り、俺の冒険者札へ視線を落とす。

「リオン・ハル。現在Eランク」

静かな声が、やけにはっきり響いた。

「今回の功績は、Aランク相当と見ても差し支えない」

ギルドの中が、またざわつく。

俺自身よりも、周囲の方が先にその重さを理解していた。

「だが」

幹部は続ける。

「ギルド規則により、一度の昇格は二階級まで」

そこで一拍置く。

「よって本日付で、リオン・ハルをEランクからCランクへ昇格とする」

その宣言が落ちた瞬間、空気が変わった。

今までのざわめきとは違う。

驚きと、納得と、ざらついた羨望が混ざったざわめきだ。

「二階級飛びかよ」

「本来ならA相当って……」

「Cランク、もう若手じゃ済まねえぞ」

そんな声があちこちから聞こえる。

俺は自分の手の中の冒険者札を見た。

まだ何も変わっていないただの札なのに、急に重くなった気がした。

「……すごいな」

若い冒険者が、半分呆れたように言う。

「森で見た時もおかしいと思ったけど、こうして聞くともっとおかしい」

「褒めてるのか、それ」

俺が息混じりに返すと、前衛役の男が苦く笑った。

「少なくとも、もう坊主扱いはできんってことだ」

その言葉が妙に残った。

確かに、さっきまで向けられていた視線とは違う。

好意だけじゃない。警戒も、興味も、値踏みもある。

でも、全部まとめて今までとは別の目だ。

俺はようやく少しだけ理解した。

今日、森での一戦は、ただの休日討伐では終わらなかった。

あれで俺の立場そのものが少し変わったのだ。

「手当てが先だ」

幹部が言った。

「話の続きはそのあとにしろ。倒れられても困る」

「……はい」

返事をした瞬間、緊張が少し切れたのか、急に身体が重くなった。

受付の奥へ通される。

背後では、爪と牙が正式記録のために運ばれ、ギルド職員たちが慌ただしく動き始めていた。王国騎士団への共有も、すぐに始まるのだろう。

俺は治療室の扉の前で、一度だけ振り返った。

王都の冒険者ギルドに通い始めた頃、俺はただの学院生だった。

時間のある休日に依頼をこなし、少しずつ場数を積んでいた、それだけの小さな冒険者だ。

だが今日、ここで向けられる目はもう違う。

それが嬉しいのか、重いのか、まだよくわからない。

ただ一つだけ確かなのは、あの森での一戦が、自分の立つ場所を確かに変えたということだった。