作品タイトル不明
第6話 変わる関係と変わらない気持ち
残念な美少女が教室で蹲っている一方その頃。
城崎隼人はいつもなら黒川乃愛が隣にいる帰り道を一人で歩いて自宅に戻った。
時刻は十六時半。
晩御飯にはまだ早い時間。
これまでなら窓を開けて乃愛と話しながら勉強をする時間も、今日からはなくなってしまった。
鞄をその辺に置いて、制服のまま椅子に座った隼人は大きな溜息を吐き出して、だらだらとスマホ触る。
(えーと……? 何々、告白失敗後のNG行動ねー。はいはいはい)
調べているのは告白失敗に関する話。
(避けるのはNG? いつも通りにしないとNG? 好き勝手書いてんなーマジで。記事書いた奴……絶対に告白して振られた事ないだろ。馬鹿なんじゃねえの?)
何となく調べた結果に辿り着いたサイト。
振られた後のNG行動集について書かれた記事。
今はそのサイトに書かれている内容に目を通しながら、心の中で悪態をついている真最中。
(言いたい事は理解出来るっちゃ出来るけど……。それはまあ、振った側は何も気にしないで元の関係を保てばいいけど、振られた側は一回心抉られてるのわかってんのかね。失恋した事あんのか、この記事書いた奴。絶対友達になれないわ)
書かれている内容は普遍的な事ばかり。
振られても変に避けてはいけない。
告白前の友達のまま過ごすように、等々。
大人になれば理解出来る内容の数々。
実際には振った側だって色々と考えている。
記事の内容だって批判するような内容ではない。
けれども、成長すれば出来るようになる心の割り切りも、思春期の少年少女の心では容易じゃない事もしばしば。
帰宅してようやく一人になれた今。
我慢していた感情が瞳から溢れてしまう隼人。
歪む視界でスマホを眺めていた彼の手は静かに震えていた。
(今まで通りとか……もう、無理に決まってんだろうが……。合わせる顔がねえよ。何話せばいいのかも全然わかんねえよ……)
たかだか子供の恋。
高校生の恋。初めての恋。
それを馬鹿にする者や下に見る大人も居る。
しかしそれでも、当人達にとってその恋は紛れもない本物。
恋に大人も子供もない。
失恋をして悲しいと感じる気持ちに年齢は関係ない。
そうしてしばらく。
震える両手でスマホを握りしめた隼人が、机の上に置かれたノートにポタポタと染みを作っていると、いつもの声が聞こえて来た。
「──隼人ー? 帰ってるっぽいー?」
聞き慣れた声はもちろん、黒川乃愛のもの。
先に帰宅した彼女はずっと部屋の窓を開けていた。
なので、彼が帰って来た事にもなんとなく気が付いて、いつも通りに声をかけた。
隼人が今まで通りにしようと言ったから。
変に気を遣わないように。
彼女は彼女なりに今まで通りを心掛けている。
それだけの事。
「今帰ったとこー」
「おかえりー、ってか窓開けないのー? 風涼しいよー?」
「今着替えてるとこなんだよなぁー。覗くなよー?」
「あーはいはい。そゆこと。てゆーか、隼人こそ覗かないでよねー、へへへ!」
「覗かねえよ、はっは! ……っと、やっぱ先に風呂入って来るかなー」
「はいはーい。いってらっしゃーい」
窓越しに聞こえる声は少し小さい。
けれど、いつもの調子の隼人に乃愛は一安心。
(告白はちょっと驚いちゃったけど……良かった。元気そうで。付き合うって言われてもちょっとよくわからないしね。私も隼人もこのままが一番いいと思うんだよね。幼馴染だからね)
勉強中だった乃愛は椅子から軽く身体を逸らすと、隼人の部屋をチラリと見てから、軽く頬を緩めて勉強を再開。落ち込んだ様子のない幼馴染の声が聞けて安心した様子。
しかし、薄いガラス一枚とカーテンを隔てた幼馴染の会話はいつも通りだったけれど、この日は隼人の窓が開く事は無かった。
そして、翌朝も。
「あれ? もう行っちゃったんですか?」
「そうそう。てっきり乃愛ちゃんと一緒かと思ってたけど、ごめんねえ。隼人ったら昔からフラフラしてる事あるから」
「いえいえー! 学校行けばどうせ会えますので、見つけたらフラフラするなって伝え時ますね、へへへ!」
「ええ、お願いねー! ガツンと言っちゃっていいからね! 乃愛ちゃんの言う事ならちゃんと聞くだろうから、あははっ」
「はーい!」
学校行事や部活が無ければ朝はどちらからともなく誘って登校する。と言うのが、隼人と乃愛のいつもの流れ。だけど今日は隼人が先に登校をしていたので、一人での登校。
(まあ、たまにこう言う時もあるからねー。朝超早い時もあるし、超遅い時もあるから。ムラがあるんだよねー、隼人の登校時間)
特に約束をしているわけでもない。
毎日必ず一緒に登校するわけでもない。
なので、隼人の事を気に留めた様子もない乃愛はのんびりと歩いていた。
ちょっとした出来事はあったかもしれない。
だけど、自分と隼人は今まで通りの関係である。
そんな事を考えながら登校する乃愛。
けれど、言うまでもなく二人の関係には不可逆な変化が起きてしまっている。
今まで通りを望む少女はそんな当たり前の事実を知る由もなかった。
一方、その頃。
乃愛から逃げるように登校した隼人。
教室に到着した彼もまた、異様に戸惑っていた。
何とも言えない薄気味悪さ。
不気味さ。
普段と違う朝に恐怖すら覚えていた。
「あっ! おはよー! 隼人っ!」
「……お、おはよう……ございます」
それは、教室に足を踏み入れた直後。
満面の笑みを浮かべた空野明星が挨拶をしてきた時から始まった。
隼人から挨拶をして無視される事はあっても、空野から挨拶をされる事なんて高校に入ってからは無かった。なので、まずその時点で違和感を覚えていた。
「あっ、隼人勉強するの? 朝から偉いね! 何かわからない所とかある? 良かったら教えるよ?」
「うん? ……え? えっと、まあ……とりあえず自分でやってみるよ。ありがとうございます、空野さん」
「あっ、お、おっけー! いつでも聞いてね! 全然教えるからね! 私も数学の勉強しちゃおっかなぁー?」
「え? あ、うん。うん。良いと思いますよ」
いつも学年一位だからか。
或いは別の理由からか。
いつも自分の事を馬鹿だ馬鹿だと言っていた明星が勉強を教えると言って来た時には、違和感を通り越して恐怖を感じ始めていた。
「あ、昨日ね? 帰ってからクッキー焼いたんだけど、隼人も食べる? 好きだよね! 特にチョコチップとか!」
「えぇ……? うーん……いや、俺は大丈夫だよ。お腹もそんなに減ってないしね。他の人に食べさせてあげてよ」
「わ、わかったー! お、お腹空いてない事あるよね! わかるぅ!」
しまいには突然クッキーを渡そうとする奇行。
違和感と恐怖を通り越した隼人は気味の悪さを感じて、また一周回ってやっぱり恐怖を感じていた。
無論、そこまで派手に動けば明星の行動はクラスメイトにも筒抜けなので、薄気味悪さを感じている隼人は別として、クラスメイトも気にはなっている様子。
たとえば、クラスメイトと連れションに行った時。
「てかさ? 隼人、空野さんとなんかあった?」
「いやーまあ……あったと言えばあった……? のかもしれないけど、正直わからん」
それとなく聞かれたりもした。
だがしかし、隼人からすればなんのこっちゃわからないので、答えようがない状態。
「珍しいよなー。いつも隼人のこと目の敵にしてる節あんのに」
「だなぁ……。だから多分だけど、新手のイジリでも思い付いたんじゃねとは思ってる。怖いんだよなぁ……」
「うわ、それありそーだなー。あんまり酷かったら男子で助けるから、遠慮なく言えよな」
「マジでやべぇと思ったら助け求めるかも。そん時は頼むわ」
「うぃ~。隼人と空野さんって中学が一緒なんだっけ? てか、何やったらあんなに嫌われる事なんてあんの?」
「知らんわ。こっちが聞きたいって。それ言うなら一応小学校も同じだけど、その頃は嫌われてなかったような気がするんだよなぁ。乃愛の──あー、黒川と仲が良いから何となく話す事はあったからな」
「おーでたでた! ったくよー、羨ましいわーお前、マジで」
「ああ? 何がだよ」
「だって黒川さんみたいな可愛い幼馴染いるとか、人生勝ち組すぎんだろ!」
「へいへい。でも黒川とはそう言う感じじゃないから。──……黒川とはただの幼馴染だよ、マジで」
明星のせいでクラスの女子からの当たりがきつい事もある隼人。しかし、基本的に誰とでも仲良くなれる彼は男子の友達は大量に居る。女子の友達だってチラホラいる。
なので、そんな友達の一人と話すことで、一日でも早く色んな事を忘れようと、元気に振舞う事にした。