軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第12話 塩味の効いた部活

明星から漫画を借りた翌日。

教室では相変わらず、脳を改造されたかのように別人になった空野明星が隼人を構う光景が広がっていた。

とは言え、初日程のインパクトはない様子。

異様に思いながらもそう言う事もあるのだろうと、クラスメイトも納得。

執拗に構われている男子も、急変した目の前の少女にもしかすると悪意が無いのかもしれないと感じ始めて、多少困惑をしながらもその変化を受け入れ初めていた。

「──じゃあ、今日は部活だから。またな」

「うん! 部活頑張ってね! 応援してるよ!」

「……いや、応援されるような部活じゃないから」

放課後の教室。

笑顔の明星に見送られた隼人は逃げるように教室を後にして、部活へ向かう。

(やっぱ、なんか怖いな。キャトルミューティレーションでもされたのかもしれない。頭が開いて小さい宇宙人が出てくるところまでは想定しとくか。そこまでだったら驚かないで対処出来る気がする。化物に変化するのは無しだな。それはそれで空野っぽくはあるけど)

高校に入って以降。

相談以外で殆ど話す事がなかった女子。

それが突然のアレ。

周囲の連中も困惑している。

だが、言うまでもなく一番困惑しているのは隼人である。

ただ部活に行くだけなのに、笑顔で両手を振って見送る女子。そんな女子が隼人には不気味で堪らなかった。

昨日明星に借りた漫画に宇宙人が出てきたので、もしかしたら彼女は宇宙人にさらわれて改造されたのかもしれないな、と。

半分冗談、半分本気でそんな事を考える隼人。

彼が向かった先は月曜日と木曜日の週二回の活動をしている『書道部』の部室。

足を踏み入れた部室は畳が敷かれていた。

その上には既に数名の書道部員が正座をして書の準備をしている最中。

「──遅い。もっと早く来れないのか。相変わらず弛んだ人だ。腑抜けている」

そんな部員の中の一人。

畳の上に凛とした佇まいで正座をする黒髪ポニーテールの美人が、城崎隼人にガンを飛ばしながら話しかけた。

「これは失礼を。だけど、先輩に向かって腑抜けなんて言うのは良くないんじゃないか、 館花(たてはな) さん」

「先輩を自称するのであればそれ相応の態度を心掛けるべきではないですか、城崎先輩」

「はーい、すいませーん」

「なんだ、その気の抜けた返事は。書道は心で書くものだといつも言っているはずだ。そんな心持でまともな字が書けると思っているのか」

「はーい」

「……フン」

私立 御鐘井(みかねい) 学園高等部一年。

館花(たてはな) 翠(みどり) 。

中高一貫の私立である御鐘井学園。

その高等部に今年入学した一年の中で最も美しいと評判の、この学校で一番の美人と名高い後輩の女子。

そんな後輩女子の言葉を隼人は受け流す。

特に気にした様子もなく。

しれーっと聞き流して書の準備を始めた。

そんな彼の態度に御立腹なのか。

鼻から息を吐き出した美人の後輩はもう一度彼を睨んだ。

まだ五月の中旬。

今年高等部に上がったばかりの後輩女子。

そんな子に一体何をやったらこんなに目の敵にされる事があるのか。部活内はヒリついた空気が流ていた。

「いつも女ばかり追い駆けているから、城崎先輩の書には魂が乗らないのではないか」

「魂が乗らなくても、昔より上達してるからいいんだよ。別にいいだろ。うるさいなぁ」

「うるさいとはなんだ。書道は精神を描く行為だと言っているだけだ」

「はいはい。てか、喋ってるの俺達だけだから館花さんこそ集中した方が良いんじゃないか」

「……言われずとも集中する」

書道と言っても活動内容は様々。

臨書と言って先人の残した美しい書を模写する事で、美しい文字を学ぶ事や。

文化祭、或いは外部の展覧会への発表に向けた創作。

大きな紙の上で書や演技の美しさを競い合う『書道パフォーマンス甲子園』と呼ばれる大舞台に向けての練習等々。活動内容は様々。

そして、そんな書道部に所属している隼人と、彼に向かってやたらと横柄な態度を取っている後輩の館花翠は昔からの知り合い。

城崎隼人が黒川乃愛と出会った、数年後。

小学生になった隼人が館花翠のお母さんが開いている書道教室に通うようになったのが、二人の出会いの切欠。

当時幼稚園児だった館花と隼人はすぐに仲良くなって、書道教室に行く度に二人仲良く隣に並んでは一緒に書を 揮毫(きごう) した。

城崎隼人のもう一人の幼馴染。

そう言っても差支えの無い女子。

それが館花翠である。

しかし、仲が良かったのも今は昔のお話。

「なんだ、その字は。腑抜けた書を 揮毫(きごう) するようになったものだな」

「流石は全国書道コンクールで大賞を受賞した御方ですね。厳しい判定をいつもありがとうございます」

「なんだ? 馬鹿にしているのか?」

「滅相もありません。今の自分にはこれが精いっぱいなものでして、もう少し他の部員と同じように為になる助言を頂ければと思っているだけです」

「まずは女に現を抜かすところから卒業する事だな。浮足立った精神では美しい心は表せないだろう」

「貴重な助言をありがとうございます、館花先生」

「やはり馬鹿にしているだろ?」

他の人間にはそうでもない。

だがどう言う訳だか、隼人に対してだけはやたらと厳しくなって久しい翠。

部活動が終了した今も、今日の片付け当番と言う事で隼人と翠の二人で部室の整理整頓をしながら、チクチクとした言葉で彼を口撃中。

察しの良い読者であれば凡その理由も想像が出来ているかもしれないが、翠の態度が険しくなり始めたのは隼人が中学二年になった頃だったり、そうじゃなかったり。

ちなみに、隼人の書は十二分に美しい。

小学一年生の頃から書道教室に通っていただけあって、彼の毛筆はかなり上手な部類。翠のように年齢制限のない全国のコンクールでの受賞経験はなくとも、小学校や中学校の書道コンクールでの入選は当たり前。

今日だって、書道部員の中では翠に次いで三年の部長よりも美しい字を書いていた。

「全くもって情けない。心の迷いが字に表れているようだ。下らん字を書くようになった。母に習っていた頃はもっと良い字を書いていたと言うのに。迷いを捨てろ、迷いを。恋愛に現を抜かす暇があるなら書と向き合え」

それでも、翠の隼人に対する評価は激烈に辛い。

なんで俺にだけこんな厳しいねん、と。

心の中で溜息を吐き出す隼人ではあるが、彼は年下の女子相手に怒るような子供でもなければ、今は怒るような元気もなかったりする。

いつも通りの辛口評価。

普段であれば適当に受け流していた隼人も、諸々の事情で精神的に参っている今。翠の言葉を聞いていると溜息が零れるのを防ぎきれなかった。

「なんだ、溜息など吐きおって。弛んだ人だ」

「……いや、今日に限ってはそうかもなって思ってさ。色々あって、今日は自分でもちょっといまいちな字だと思ってたしさ。やっぱ、そう言うのよく見てるんだな、館花って」

「フン。書道家、館花美穂の娘として、このくらいは当然だ。どうせまた、黒川先輩の事ばかり考えていたのだろう。全くもって卑しい」

「まあ……だな。どうせその内バレるだろうから言うと、アレだ。一昨日、乃愛に告って振られたから、いまいち乗らなかったってのはあるわ。よくないよな、こう言うの」

「え?」

それまで凛々しい声色で喋っていた翠。

しかし、隼人の言葉が意味不明だったのか。

口から女の子らしい声を溢した彼女は、同時に持っていたバケツを落とした。