作品タイトル不明
第11話 世界の常識
明星の家にお邪魔した隼人。
女子の家に招待された彼には緊張感はゼロ。
乃愛の部屋に入り浸っていた彼にとって、女子の家に対する特別感は皆無だった。
「空野の家って久しぶりだけど、部屋って昔のままなの?」
「そう……だね! あ、なんか飲む? お部屋案内するよ?! お茶でもコーヒーでも何でも淹れるよ!」
「ん? さっきコーラ飲んだばっかだから喉乾いてないかな。それに漫画だけ借りたらすぐ帰るって」
「あっ、そっかそっかぁ。だよねだよね! 私も喉乾いてないかも!」
「うん? うん、そっか。とりあえず漫画借りたらすぐ帰るから。さっき言ってたオススメ借りてみていい?」
「もぉおちろん! あっ、じゃあさじゃあさ? なんかゲームとかする?」
「んぁ? ゲームもうあんまりやってないんだろ?」
「ま、まあまあまあ、そうなんだけどね? たまにはいいかなー、みたいなぁ⋯⋯?」
玄関から動こうとしなかった隼人。
そんな彼をとりあえず家に上げる事に成功。
だけど残念ながらそこまで。
会話に脈絡はなく。
不自然そのもの。
不信感は強まるばかり。
(空野、何をさっきからそわそわしてるんだ? 何もしないとは言ってたけど、やっぱなんか企んでるのは間違いないよな、この感じ。妙に優しい感じになった事と言い……。狙いが全然わからん……。漫画借りるのもやめとくか? なんか怖くなって来たな)
今朝から。
厳密には昨日の夕方から。
自分に対して異様に激辛だった女子が急激に甘くなった違和感。
緩みかけていた警戒心を再度高め始めた隼人が早期撤退を考える、一方。
(何とかして引き止めないと……! このままだと漫画貸したら隼人すぐ帰っちゃう気がする。折角遊びに来てくれたのに。もっと一緒に居たい! 折角初めて二人きりになれたのに……。な、なんか、なんかないかな? なんかない! なんかないの、わたしっ?! 押し倒せばいいの!? そうなの?!)
それは駄目だが、それはそれとして。
確かに、隼人が明星の家を訪ねた事は今回が初めてではない。しかし、遊びに来る時はいつも隣に乃愛が居たので、実は二人きりなのは今回が初めて。
そんな訳で、どうにかしてこの二人きりの幸せな時間を長く続けたいと考えている明星は、必死になって引き止める理由を考えていた。
「──そんじゃあ、これだけ借りてっていい?」
「う、うん……。もちろんいいよぉ。あっ、で、でもでも、もっと借りてってもいいんだよ?」
「そんなに持てないって、ははは」
「わっ、わかるぅ……えへへ」
残念ながら理由は思いつかなかった。
と言う事で、今は明星が公園で力説したオススメ漫画が詰まった紙袋を持った隼人が、玄関で靴を履いている最中。
そんな彼の背中を呆然と眺める明星。
彼がすぐに帰ってしまう事が悲しいのか。
避妊具(コンドーム) を大量買いした時の勢いも消失。
目線は下に向いて、すっかりしおれていた。
しかし、明星はまだこの状況がどれだけの最善手だったのか気付いていない。
もちろん、彼女を警戒しながらも面白そうだからと言う理由で漫画を借りてしまった隼人も、それがどう言う事なのかをはっきりと認識していなかった。
認識していなかったが、先にその事実に気が付いたのは隼人の方。
「──あ。てかさ? 漫画どうやって返せばいい? 学校で渡すのはダメだよな?」
つまりはそう言う事。
『借りた』モノは『返す』
これは世界の常識。
隼人に話を聞いて貰えた事が嬉しくてあんまり深く考えず漫画を貸した明星も、勢いに飲まれてノコノコと面白そうな漫画を借りにきた隼人も、今更ながらそんな世界の常識に気が付いた。
「あ──」
実の所二人が今回の選択をした時点で、この関係は絶対に『次に繋がる』ように出来ていたのである。
「あっ! あー……ねっ! ああ、だ、だねぇえ! 学校ではちょっとアレかなぁって、ご、ごめんね? 皆には内緒にしてるんだよね」
「別にいいって。今時そんなに気にする事も無いと思うけど、なんとなく隠しときたい趣味だってあるよな」
「うんうんうん! ありがとぉ!」
「だからいいって。でも、だったらどうする? やっぱり借りるの辞めといた方がいいか?」
「え? いやいやいやいや! 借りていいから! 返すの大変だったら私が隼人の家まで取りに行くから、なんだったら玄関前に置いといてくれていいから! 回収しにいくから!」
「そんな真似出来るか! 親にキレられるわ。流石に返しに来るって。んーっと、それじゃあ空野の都合がいい時にでも連絡くれたら返しに来るとか、そんな感じでいい?」
「いッ! いいよおおオ!!」
「お、おう」
恋愛における基本テクニック。
次に繋がる言動。
SNSで意中の人とやり取りをしている時、また連絡して貰えるように、また返事をして貰えるようなチャットを送ったり。今回のようにモノの貸し借りはもちろん。今日は奢って貰ったら次はこっちが奢る、等々。
次に繋がる行動は基本中の基本戦略。
関係を途切れさせない。
恋愛の基本テクニック。
(や、やった、やった。やったぁ!?)
ただオタクトークをしていた隠れオタク。
だが、そんな明星は図らずも家にあるオススメの漫画やラノベを貸すと言う、強力なカードを引き当てる事に成功していた。
何故このカードが強力なのか。
モノの貸し借り自体が強力な好感度アップ効果を持つが、時代が変わりCDやゲームの貸し借りが消滅した昨今。電子書籍に移り変わりつつある漫画やラノベはまだ辛うじて紙媒体も愛されているように、物理的な貸し借りが有効であるのは、もちろん──。
「それじゃあ、今日の所はこれだけ借りて帰るから。空野が時間ある時にでも連絡くれたら、持って来るって事で」
「うん! わかった! ──あ」
「ん? どうかした?」
「あ、いや、だから……。次来た時に今日持って帰れなかった分の漫画を借りていけばいいんじゃないかなって……思いましてぇ」
「はぁー、なるほどな。じゃあ、空野が貸してくれるならそうしようかな?」
「貸す貸す貸す貸す! 好きなだけ持ってっていいよ! あ、なんだったら、その、それそれ、それも今ちょっと読んで行ったらいいんじゃないかな? 巻数結構あるからさ! それにさっき公園で説明出来なかったんだけど、まだまだオススメの漫画もあってね! 良かったら、ちょっとだけ読んで行くのもいいんじゃないかなって──」
早口で話す明星はともかく。
漫画の貸し借りは次に繋げ易いだけではない。
ストーリー、登場人物、世界設定、等々。
貸し借りを通して、そのまま二人の共通言語として機能する点も、強力なカードの所以となっている。
もちろん、本当は漫画も小説も買ってくれた方が作者的には大変ありがたいのかもしれない。
だがしかし、お小遣いが乏しいキッズに好きな漫画やゲームや小説を全て買えるだけのマネーがあるかと言われると、残念ながらそんな事はない。週刊少年ジャ〇プの回し読みはもちろん、人気漫画の貸し借りは古くからキッズの間では常態化している。
よくわからないからと言う理由でコンドームを何十個も買う空野明星のようなお金持ちの家の子ならともかく、一般的なキッズはそんなにお金を持っていない。
それは勿論、城崎隼人も例外ではない。
「え? マ、マジで? んー……それじゃあ、次来た時にまた色々教えて貰ってもいい?」
面白そうな漫画を貸してくれる。
好きなだけ読んでもいい。
そんな事を言われたら読みたくなってしまうのは自然の流れと言える。
明星の事は警戒している。
しかし、面白い漫画は興味がある。
天秤が傾いたのは漫画の方だった。
「もちろんだよぉ! じゃあじゃあじゃあ、明日とかどう?」
「いやこの量を明日までには読めないんだが?」
「だよねぇ! わかるぅう!」
「え? あ、おう。だろ?」
もう次の約束は決まったのだから焦る必要はないのだが、一日でも早く家に来て欲しい明星が前のめりに話せば隼人が引く。
やらかしてしまっていた過去の負債。
天高く積み上がった負債。
それらを返済しようと全力で頑張る乙女。
ぐるぐるんと空回る痛い女子かもしれない。
隼人にも引かれてるので逆効果なのかもしれない。
とは言え、若干引いた隼人だが──。
「でもまあ……空野がマジでいいって言うなら、また昔みたいに空野の部屋で漫画読むのもいいかもなぁ」
「あ──うん! いつでも来てくれていいよ! 待ってるから!」
「おっけ。考えとくかな」
「考える必要なんてないよ! いつもで来ていいからね! 次いつ来る!?」
「いや考えるっつってんだろ」
「ぅ、うん! うんうん!」
(……今は部屋に居てもどうしても考えちゃうんだよな、乃愛の事。空野が漫画読みに来ていいって言うなら、それもありかもな)
もちろん、隼人の心境は未だ複雑なまま。
明星の家に遊びに来たいわけではない。
ただ乃愛と距離を置きたいだけ。
自分の部屋から逃げたいだけ。
そんなマイナスの気持ちから、明星の部屋に行こうと考えただけ。
しかし、無自覚とは言え隼人の微妙な心の隙間を突いた、タイミングの良い提案のお陰で、明星は見事に正解を引き当てる事に成功。
胡散臭くて薄気味悪い。
恐怖すら覚える突然変異を起こした女子。
目を線にする満面の笑顔を浮かべた美少女。
「いつでも来ていいからね! 待ってる!」
「……まあ……そうな」
空野明星の笑顔を見た失恋直後の男子は色々な感情を乗せた溜息を吐き出しつつも、ほんの少しだけ脱力したような笑顔を浮かべた。