作品タイトル不明
第10話 大事なモノを忘れずに
明星があんまりにも楽しそうに話すものだから、基本的に人付き合いの良い隼人が耳を傾けるのも自然の流れ。
とは言え、ただ聞いているだけ。
色んな設定の作品があるんだな。
くらいの気持ちで聞いていただけ……だったのだが。
「そ、そうだよ、うち来たらいいよ! いっぱいあるから、漫画も小説も! 読みたいのあれば全部貸してあげるから! ね! いこいこ!」
しかし、真剣に聞いてくれている隼人を見て、それを興味津々であると捉えた明星が、ここぞとばかりに距離を詰めた。
「って、ちょ、あ、ま──行くから! わかったわかった、わかったからちょっと待てって!」
突然腕を掴まれて引きずられるようにしてベンチから立ち上がった隼人は、断りの言葉を入れる暇もなく。全然行く気なんて無かったのに、条件反射で明星の家に行く事を了承してしまった。
「ほんとぉ?! そうと決まれば帰ろ帰ろ!」
恋する乙女のパワー。
それは時に不可能を可能にする。
力技ではあるが。
「隼人が家に遊びに来るの久しぶりだから。な、なんか、ちょっと照れるね⋯⋯ふへへっ」
勢いで隼人を家に招待する事になった明星。
胸はドキドキ高鳴るばかり。
頬を上気させて、恥ずかしそうに、照れくさそうに話す美少女。
「え? いや……あー、うん、そっか」
一方で隼人は『いや知らんがな』としか思っていなかった。
(照れるってなんだ。やっぱりなんか企んでるのか? 漫画を貸すのは口実で、別の目的があるって考える方がいいのか?)
(隼人が最後に家に来たのは中一の時。ああ……緊張してきたぁぁぁあ。あの頃はまだそう言うのもあんまりわかってなかったけど、高校生の男女が同じ部屋の中に二人きりって……。要するに、そ、そう言う事だよね。やばぁ……!)
もちろんそう言う事ではない。
ではないが、明星は鼻息を荒げていた。
隼人から恋愛相談を受けるようになって以降。
ラブでロマンスな漫画や小説を大量に読むようになった彼女の頭はややピンク色。
隼人から恋愛相談を受けるストレス社会の中。
相談を受ける度に……。
相談を受けると言う名目で呼び出す度に。
隼人の口から乃愛との惚気話が出る度に。
彼女には鬱憤が溜まっていた。
自業自得な面も多分に含まれるが、鬱憤は鬱憤。
過度なストレス。過度な鬱憤。
それらを解消する為、常日頃から隼人の事を想ってハッピーでセルフでプレジャーなジョブに勤しむ事もしばしば。厳しいストレス社会を生き抜く為に、日々思考をピンク色に染めて難局を乗り切っていた戦う美少女、空野明星。
そんな彼女の頭の中には、今も色々な妄想が悶々と浮かんでいた。
「ふへっ」
だからかもしれない。
隣の女子の様子がおかしい事に隼人も気付いた。
ずっとおかしいと言えばその通りだが、更におかしくなった事に気付いた様子。
「あーっと……さ。やっぱなんか悪いし家は遠慮しとくよ。空野だって俺なんかに家来て欲しくないんだろ?」
何度も深呼吸をしながら鼻息を吐き出す明星。
それを見た隼人は、絶対に何か良からぬ事を企んでいると断定。
自宅訪問をお断りをする事にした。
「なっ、なんで!? なんでなんでなんで!? 来てよ!」
「……いや、な? てか、空野さっきからなんか企んでんだろ? 何する気だ?」
「しっ、しないしないしない! 何もしないよ! 絶対大丈夫だから! 無理矢理とかそういの絶対しないから!」
「無理や、え? ……いや? うーん、と。ホントか? 漫画借りるだけ……だよな? それ以外なにか要求しないだろうな? 金取るとかなら無理なんだけど……」
「そうそうそう! ホントそれだけだから! 何もしないから! 全然怖くないよ! お金なら逆にあげるから! いこいこいこ! ねっ! 家いこ! 怖くないから!」
「金あげるってなんだよ、それはそれでこえぇよ」
隼人のお家訪問が消滅すると思った彼女は、身振り手振りを交えながら慌てて口を開いた。
台詞が男女で逆な気もするけど、現状ではこれが二人の距離なのかもしれない。
結局、必死の説得をされた隼人はとりあえず漫画を借りる為に空野宅に足を運ぶ事となった。
◇
二人で電車に乗って揺られる事しばらく。
自宅の最寄り駅に到着すれば、隼人が向かうのは自宅があるのとは別の道。
そのまま家に向かうかと思われたが、駅から少し歩いた所で何かを思い出した明星。
はっとした表情を浮かべた彼女はドラッグストアに立ち寄る事にした。
「──ちょ、ちょっとだけ待っててくれる?」
「それはいいけど、なんか買い物? 荷物なら持つぞ」
「いや、ホントたいした買い物じゃないから! 持って貰うようなものでもないから。じゃあ、すぐ戻るから! ここで待っててね! 絶対だからね! すぐ戻るからね! ついてこないでいいけど、いなくならないでね!」
「え? あ、おう。わかったよ」
一緒にドラッグストア入ればいいのに、頑なに外で待つようにと言う明星に違和感を覚えつつも、色々あるのだろうと考えた隼人が待つ頃。
(今日は、お父さんもお母さんも帰りがちょっとだけ遅いって言ってたから、もしもの時の為に用意しておかないとだよね)
──そう、 避妊具(コンドーム) を。
気合十分の明星。
歴戦の武将然とした真剣な表情の美少女が向かうのは、大人な男女が足を運ぶエチケットコーナー。
しかしながら、明星にはその手の経験がない。
男のアレについても教科書以上の知識はない。
(え? 何でこんなに種類あるの? 学食のメニューより多くない?)
ゴムが何種類もある。
その程度の事すらたった今知って困惑。
(S? M? L? XL? 薄々? ……薄々? ポリウレ、タン? ラテックス? 0.01って破れないの? ほんとぉ? 嘘だぁ、絶対破れるよぉ、だって0.01って凄く薄いよ? でも薄い方がいいのは何となくわかる。でもでもでも──)
どれを買えばいいのかなんてわかるはずもなく。
目をカっと見開いて一つ一つスキンの確認をする美少女の姿を、周囲の客が見ない振りして通り過ぎていく中。
(よし! うん! 完璧だ!)
完璧な作戦を思いついてレジに移動。
「お会計16,779円になります」
とりあえず店舗に並んでいる十数種類を購入すると言う力技で、知識不足の解決を図る事にした。
恋する乙女のパワーは伊達ではない。
紛う事なくパワー系である。
そうして、何もしないと言っておきながらヤル気満々な美少女は、購入した物をサササと鞄に仕舞ってドラッグストアを後にした。
「お待たせー!」
「うぃーっす。ちょっと時間掛かったけど何買ったんだ?」
「んー……あー。まあ、だ、大事なものぉ……かなぁ?」
もちろん、それはそれで正解。
だがしかし、目を逸らしながら曖昧な回答を口にした明星を見て、隼人も何となく察する。
(なんかあれか、エチケット系かな。あんま突っ込み過ぎるのは失礼か)
まあまあ正解に近い事を考えた隼人もそれ以上の追及を止める事にした。
その後、漫画の話やラノベの話、アニメの話をしているうちに明星の住んでいるマンションに到着。
戸数の少ない低階層のマンション。
だが、一月のお家賃だけで云十万円から百数十万すると言う高級マンションなので、お部屋の中は大変に広々としている。
「どっ、どうぞどうぞ! 上がって下さひ!」
「お邪魔しまーす。おじさんとかおばさんはまだ仕事中? いるなら挨拶しときたいんだけど」
「んー……よくわからないんだけどぉ、今日はちょっと帰りが遅いみたいだからー。しばらく二人きり……かなぁー? 何だか汗かいちゃったしぃ⋯⋯と、とりあえずシャワー浴びちゃおっかなぁー?」
隼人が遊びに来てくれた事が嬉しい明星。
玄関に立つ彼をチラチラと見る彼女は不自然に伸びをして、胸を張ったり腰を動かしたりと自慢の身体をアピールしながら二人きりである事を伝える。
「あ、そうなんだ? じゃあ、長居しないように漫画だけ借りたらすぐ帰るな。ごめんな」
残念ながら、隼人には何も伝わらなかった。