軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第68話 二つの正義の和解、そして乾杯

『アヴァロン帝国暦元年 11月下旬 帝都フェルグラント近郊 小雪』

【帝国第一師団長カリスト・グラディウス視点】

空からは、また白いものが落ちてきていた。

帝都フェルグラントを見下ろす、あの崩れかけた古い監視塔。

俺、カリスト・グラディウスは、凍てつく風に外套をはためかせながら、いつもの「悪友」を待っていた。

眼下には、雪に覆われた二つの陣営が見える。

一つは、我が『アードラー帝国軍』……いや、もうその名は捨てねばなるまい。

そしてもう一つは、南西に陣取る『ユニテス教会・聖槍軍』。

何年もの間、互いに喉元へ剣を突きつけ合いながら、決定的な一撃を放たずにいた奇妙な均衡。

その終わりは、唐突に訪れた。

「……待たせたな、カリスト」

背後の階段から、雪を踏む重い足音が聞こえた。

現れたのは、分厚いマントで身を包んだ、聖槍軍総司令官セラフィオン・マルケド枢機卿だ。

その顔には、以前のような苦悩の色はなく、どこか憑き物が落ちたような、さっぱりとした表情が浮かんでいた。

「遅いぞ、セラフィオン。酒が凍っちまう」

俺は、懐で温めていた安酒の革袋を彼に放り投げた。

セラフィオンはそれを受け取ると、栓を抜き、一気に喉へと流し込む。

「ぷはっ……! 相変わらず、安っぽい味だ。だが、今日は格別にうまく感じるな」

「そうだろうな。……報告は聞いたか?」

「ああ。耳にタコができるほどな」

セラフィオンは、冷たい石壁に背中を預けて座り込んだ。

「帝都での選帝侯会議の結果……ヴァルゼン公が新皇帝となり、『アヴァロン帝国』が成立した。お前の仕えていたアードラー帝国は、名実ともに消滅したわけだ」

「ああ。俺の第一師団には、新皇帝カール陛下より直々の勅命が届いた。『ただちに武装を解き、アヴァロン帝国軍として再編せよ』とな。……俺たちは、もう亡霊を守る必要がなくなったんだ」

俺もまた、セラフィオンの隣に腰を下ろした。

肩の荷が下りるとは、こういうことを言うのだろう。

「でお前の方はどうなんだ? 教会は黙っていないだろう」

俺が尋ねると、セラフィオンは可笑しそうに鼻を鳴らした。

「それがな、カリスト。傑作だぞ。……あのアホのチェーザレ枢機卿が、女と結婚するために教会を脱退し、新しい宗教を作ったそうだ」

「……は?」

「しかも、その『愛の宗教』とやらに、帝都の民衆が雪崩を打って改宗しているらしい。本山の教皇イグナティウスは激怒しているそうだが、肝心の『聖槍軍』への給金を払っていたのはチェーザレだ。……金も指揮系統も失って、今の我々はただの迷子よ」

セラフィオンは、空になった革袋を振ってみせた。

「俺は決めたよ。部下たちを連れて、故郷へ帰る。もう『神の統一』だの『聖戦』だの、付き合いきれん」

「賢明な判断だ」

俺たちは、顔を見合わせて笑った。

乾いた、しかし温かい笑いだった。

数ヶ月前、ここで初めて酒を酌み交わした時、俺たちは互いに「明日は殺し合うかもしれない」と覚悟していた。

それぞれの信じてもいない「正義」のために、部下を死なせ、友を殺さねばならない恐怖に怯えていた。

だが、世界は変わった。

俺たちが剣を抜かずとも、時代の方が勝手に動き、勝手に決着をつけてしまった。

「……なあ、セラフィオン」

俺は、舞い落ちる雪を見上げながら言った。

「お前を殺さなくて良かったよ」

それは、俺の偽らざる本心だった。

セラフィオンは、少しだけ驚いた顔をして、それから深く、力強く頷いた。

「ああ……。俺もだ、カリスト」

俺たちは、最後の名残として、空の革袋を塔の上から雪原へと放り投げた。

翌朝。

フェルグラント近郊の雪原から、二つの巨大な軍営が姿を消した。

一方は帝都へ入城し、新皇帝の旗の下へ。

もう一方は武装を解き、それぞれの故郷へと散っていった。

小競り合いにより、わずかに血は流れたが、帝都の危機は去った。

ただ、古い監視塔に残された酒の匂いだけが、そこに二人の男の友情があったことを、静かに物語っていた。