軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第67話 闇バーの挙式と、金貨一万枚の愛

『アヴァロン帝国暦1年 11月中旬 帝都フェルグラント 路地裏の闇バーにて』

【皇帝の右腕、オルデンブルク公爵グレン視点】

黒衣の少女が放った、「『神』が足りぬのなら、良い神を知っておるぞえ?」という言葉。

そして、自らの胸を叩いた不敵な態度。

普通なら、頭のおかしい子供の戯言だと切り捨てるところだ。

だが、恋に盲目となっているチェーザレ枢機卿の反応は、劇的だった。

「ほっ、本当か!? し、式は……神の祝福による式は、挙げられるのか!?」

チェーザレが、カウンターを乗り越えんばかりの勢いで少女に詰め寄る。

「うむ。なんなら、 妾(わらわ) が祝福してやってもよいぞえ? 愛し合う者たちの誓い、妾は嫌いではない」

「お、おお……! 神よ!」

チェーザレは、少女の手を取ると、まるで本当の神に対するように跪いて感謝した。

そして、俺の方を振り向くと、血走った目で叫んだ。

「グレン公! 待っていてくれ! すぐに戻る!」

「おい、どこへ行く気だ!」

「ルチアだ! 彼女を連れてくる!」

言うが早いか、チェーザレは脱兎のごとく店を飛び出していった。

あの運動不足の聖職者のどこにそんな脚力があったのかと思うほどの速さだった。

残されたのは、俺と、黒衣の少女と、無口なバーテンダーだけ。

「……元気な男じゃのう」

少女は面白そうにクスクスと笑い、俺の飲みかけのカクテルをまた一口飲んだ。

それから一時間も経たぬうちに、チェーザレは本当に戻ってきた。

息を切らし、修道服姿の少女――ルチアの手を引いて。

ルチアは状況が飲み込めず、目を白黒させている。

「はぁ、はぁ……! 連れてきたぞ! さあ、式を! 頼む!」

「うむ。心がけよし」

少女は、カウンターの高い椅子からひらりと降り立つと、二人の前に立った。

ここは路地裏の怪しげな『闇バー』。

祭壇もなければ、聖歌隊もいない。あるのは酒瓶と、薄暗い照明だけ。

だが、少女がスッと手を掲げた瞬間、店内の空気が一変した。

薄暗いはずの店内に、どこからともなく淡い、しかし温かな光が満ち始めたのだ。

少女の幼い顔つきが、見る者をしてひれ伏させるような、圧倒的な神々しさを帯びる。

「――汝ら、愛の名において、魂の結びつきを誓うか」

その声は、少女のものではなかった。

天から響く雷鳴のようであり、大地を揺らす地響きのようでもあり、そして母の囁きのようでもあった。

「ち、誓います!」

「は、はい……誓います……!」

チェーザレとルチアが、震える声で応える。

俺は、ただ呆然と、グラスを片手にその光景を見守っていた。

参列者は、俺ひとり。

こんなふざけた場所での、急ごしらえの結婚式。

だというのに、俺は今まで見たどの大聖堂の儀式よりも、目の前の光景が神聖で、厳かなものに感じられた。

「よかろう。妾の名において、汝らの愛を祝福する。……ゆめゆめ、その手を離すでないぞ」

少女が二人の額に触れると、光が粒子となって弾けた。

式が終わると、店内の光は常のものへと戻っていた。

だが、チェーザレの顔は、憑き物が落ちたように晴れやかだった。彼はルチアを強く抱きしめ、涙を流している。

「ありがとう……ありがとう……! これでもう、迷いはない!」

チェーザレは俺に向き直ると、高らかに宣言した。

「グレン公! 私は決めたぞ! 私はユニテス教会を捨て、改宗する! このお方を神と崇め、新しい教団を作る!」

その熱気に気圧されながらも、俺はふと、現実的な疑問を口にした。

「おい、本気か? お前、ユニテス教会の枢機卿だぞ? 確か、報酬は……年に金貨一万枚は下らなかったはずだ」

一万枚。

俺がグレンフィルトを興した時の借金と同じ額だ。

それを、こんな怪しげな少女の一言で捨てるというのか。

「もったいないとは思わんのか?」

俺のツッコミに、チェーザレはルチアの肩を抱き寄せ、きっぱりと言い放った。

「グレン公、笑わせるな! 愛は、金では買えぬ!」

その言葉に、黒衣の少女がパンと手を叩いて笑った。

「ふふふっ! よく言うた! 気に入ったぞえ!」

少女は、満足げに頷くと、踵を返して店の奥の闇へと歩き出した。

「では、幸せにな。……妾も、良い酒が飲めたわ」

「あ、お待ちください! 貴女様のお名前を!」

チェーザレが叫ぶが、少女は振り返らず、ただ闇の中へと溶けるように消えていった。

「……名乗るほどではない。ただの、古いだけのものよ」

その言葉を最後に、少女の気配は闇へと完全に消えた。

バーの中からは、あの神聖な空気がすうっと引いていき、元の静かな、大人の隠れ家のような空気が戻ってきた。

「……まるで、神話に出てくる、女神の影のような少女だったな」

俺がポツリと漏らすと、チェーザレも深く頷いた。

「ああ、グレン公。あれはきっと、迷える私を憐れんだ、本物の神の恵みやも知れぬ」

チェーザレの目には、狂信とは違う、確固たる信念の光が宿っていた。

「決めたぞ。私はここに、『影の宗教』を作る。『闇の宗教』でもいいな。既存の教会が救えぬ、愛に生きる者たちのための場所だ」

その時、影の薄かったバーテンダーが、音もなく俺たちのテーブルに新しいカクテルを置いた。

赤と黒が混じり合った、美しい色合いの酒だ。

「……どうぞ。祝い酒です」

俺とチェーザレは、顔を見合わせた。

そして、グラスを掲げる。

「新しい門出に」

「愛に」

口に含むと、甘く、ほろ苦く、そしてどこか懐かしい味がした。

それが、妙にうまかった。