軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第56話 グレンとヴァルゼン公、グレンフィルトで豪遊す(ただしダリオの金で)

『ヴァルゼン公家暦11年 7月下旬 グレンフィルト 夜 晴れ』

【公の右腕グレン伯爵視点】

真夏の夜、グレンフィルトの街は狂乱の熱気に包まれていた。

今日、この街はダリオ商会のものになる。しかし、それは敗北の式典ではない。ヴァルゼン公の借金という鎖を断ち切り、グレンがオルデンブルクという新たな家名を手に入れた、勝利の引き渡し式であった。

広場の中央には、銅貨と銀貨、そして金貨が山と積まれ、その上に、四つの丸が描かれたグレンフィルトの軍旗が立てられている。旗の傍らには、ダリオ殿が特別に用意した最高級の酒と、惜しげもなく解体された牛の丸焼きが並ぶ。

式典に参加したのは、俺と妻のエレーナ、そして主君であるヴァルゼン公。そして、俺の軍の柱であるイリアとソフィア。さらに、今日の主役の一人、大商人ダリオ・ボラーニと、彼の側近であるレオだ。そして、単純に祭りの好きな、この街の全住民。

「はっはっは! グレンよ! この酒は美味い! だが、この肉は、あのレグナリア王の肉に比べると、まだ一歩譲るな!」

ヴァルゼン公は、豪快に笑いながら、焼き肉にかぶりついている。彼がこんなにも子供のように無邪気に笑う姿を見るのは、珍しいことだった。肩の荷が下りたのだろう。

「公よ! レグリナア王からの贈り物は、貴重な種牛の子孫ですからな! オルデンブルクで増やしましょう!」

俺も負けじと、大声で笑い返す。

この騒ぎの費用は、すべてダリオ殿の負担だ。式典で公国の重臣たちに頭を下げさせると公が言っていたが、急な開催のため、公国からは公自身と俺たち以外は誰も参加していない。これは、ヴァルゼン公とグレン、つまり俺の個人的な祝賀会という意味合いが強い。

そんな中、傭兵団の二人の隊長は、早くも戦闘態勢に入っていた。

「くぅ~! このワイン、美味い! ダリオの野郎、いいもん持ってやがるぜ!」

イリアは、木のジョッキを片手に、ソフィアを相手に飲み比べの最中だ。彼女はミュラーブルク改めオルデンブルクからの帰路で「生娘じゃなくなったアタイはもっと強くなる」と宣言していたが、どうやら飲む量も増したらしい。

「ふふ、イリア。あなた、少しペースが速いんじゃないかしら? 私は元・帝国近衛よ? 酔いつぶれるなんて、みっともない真似はできませんわ」

ソフィアは、小さな銀の杯で、優雅にワインを傾けながらも、その目は獲物を狙う紅豹のようにギラついている。二人を取り巻く傭兵たちも、「隊長、頑張れ!」と大きな声で応援し、喧噪をさらに増幅させていた。

そして、この狂乱の中心から、一歩離れた場所。

大商人ダリオ殿と、彼の側近レオの二人は、対照的な表情をしていた。

「……ほっほっほ。公の借金はチャラ。グレンフィルトは手に入れた。これで公国最大の商圏は、このダリオ商会のもの。わが人生に一片の悔いなし、ですな!」

ダリオ殿は、帳簿の代わりに分厚い革袋を膝に置き、満足げに笑っている。彼の目には、この狂乱の祭りさえも、「グレンフィルト買収による宣伝費」と計算されているのだろう。

その隣で、レオが天を仰いで深いため息をついた。

「はぁ……。一体、いくら金を浪費すれば気が済むのでしょうか。ダリオ様は『これで商会は安泰』と仰いますが、私には、ただ多額の出費を強いられたとしか思えません。しかも、グレン伯爵には十万枚もの『貸し』があるという……」

レオの嘆きは、誰にも届かない。ダリオ殿が用意した酒を飲んだ住民たちが、俺とヴァルゼン公の名前を叫びながら、陽気に踊り狂っているからだ。

「おい、グレン! あの毒見役の娘はどこだ! リタと申したか? あの娘も呼んでやれ! こんなに美味い肉を食わずにどうする!」

「はっ! 今、妻が呼んでいます!」

俺の隣に立っていたエレーナが、微笑みながら手を振った。

「あなたたち、あまり騒ぎすぎないでくださいね。明日、グレンフィルトを去るのですから。それに、この騒ぎを、オルデンブルクでも再現できると良いのですが」

エレーナは、混乱の中で冷静に、新しい未来に思いを馳せていた。

「ああ、もちろんだ、エレーナ! この熱狂を、新しい街へ持っていくんだ!」

俺は、熱気が立ち込める広場を見渡し、胸が高鳴るのを感じた。

(グレンフィルトはダリオに託す。だが、俺はオルデンブルクを、このグレンフィルトを凌駕する、『都市』にする!)

こうして、グレンフィルトの熱狂的な夜は更けていった。ヴァルゼン公の大きな笑い声、イリアの勝ち鬨、ソフィアの妖艶な視線、そして住民たちの歓声が、この街の最後の夜を、鮮やかに彩っていた。