軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第24話 グレン、初めて本物の茶をたしなむ

『ヴァルゼン公家暦10年 12月中旬 グレンフィルトの館 雪』

【グレン子爵視点】

俺は子爵になった。

ヴァルゼン公にダリオ商会への借金を全て帳消しにしてもらった上、「東のことは好きにしろ」と、東方攻略の全権まで任されてしまった。

そのせいか、俺の館には、これまで付き合いのなかった貴族や、さらなる利権を求める商人たちから、様々な贈り物がひっきりなしに届けられるようになった。

その中でひときわ異彩を放っていたのは、いまだ敵であるはずのドラッヘンブルク、あのゲルハルト伯から贈られてきた一級品の『茶葉』だった。

(まあ、例の『白と赤の旗』の密約がある人なんだが……表向きは敵だよな)

俺が木箱を眺めて首をひねっていると、その噂をどこで聞きつけたのか、大商人ダリオ殿が、わざわざ最高級の茶器一式を携えて祝いに(売りに?)やってきた。

「これはこれは、グレン子爵様。東方攻略の大任、まことにおめでとうございます。かのゲルハルト伯が贈るほどの茶葉を、無粋な杯で飲まれては、茶が泣きましょう」

ダリオ殿は、俺の目の前で、見事な手つきで茶葉を小さな急須のようなものに入れると、静かに湯を注いだ。ふわりと、今までに嗅いだことのない、芳しい香りが立ち上る。

「このように、茶をいれて、湯を注ぎます。名人になると、さらに美味い淹れ方があるとのことですが、あいにく私にはそこまでの知識はございません。お許しを」

「良い良い。そこまで気にはせん。いつもすまないな」

ダリオ殿が満足げに帰った後、俺と妻のエレーナは、淹れられた琥珀色の茶を前に、改めて向き直っていた。

「……とはいえ、贈り主はゲルハルト伯だ」

「そうですわね。毒見が必要でしょう」

俺が頷くと、エレーナは新入りのメイドを呼んだ。

緊張した面持ちで、一人の若い娘が俺たちの前に進み出る。

「す、すみませんっ! 茶、いただきます!」

メイドは、小さな杯を手に取ると、意を決したように目を閉じ、ごくりと喉を鳴らした。

俺とエレーナは、固唾を呑んで彼女の様子を見守る。

「ど、どうだ? 苦しいか? 痺れたりしないか?」

「あなた……」

エレーナが、俺の不躾な問いに呆れた視線を向ける。

だが、メイドは次の瞬間、カッと目を見開き、両手で頬を押さえた。

「――美味しいですぅ!」

どうやら、特に問題はなさそうだ。

「ほう。メイド、お前、名はなんと言う?」

「はいっ、リタと申します!」

「よし、リタ。お前、なかなか見どころがあるな。今日からお前を、俺の正式な毒見役とする。ただし、危険な仕事だ。給金は他の者の三倍は弾むぞ? 今なら断ってもいい」

「とんでもない! こんな美味しいものが毎日頂けるかもしれないなら、喜んでやらせていただきますっ!」

どうやら、なかなか前向きで、食い意地の張った娘らしい。

「よし、それじゃ俺も飲むか!」

俺は、リタが新しく淹れ直した茶を、ぐいっとあおった。

鼻に抜ける芳醇な香り。口の中に広がる、ほのかな苦みと甘み。

「……美味いな。これが本物の茶か」

エレーナも一口飲むと、雪景色を眺めながら、ほっと息をついた。

「本当ですわ。なんだか、こう……甘い物が欲しくなりますわね」

「そうだな。よし、リタ! ちょっと街へ行って、甘いものを買ってこい! 金はこれだ。釣りはやる!」

「ありがとうございますぅ!」

リタは、小雪が舞う中を、元気に館から飛び出していった。

今のグレンフィルトは、俺が言うのもなんだが、かなり発展していた。レオの指導で市場も整備され、探せば甘味の一つくらいは売っているだろう。

ほどなくして、リタが息を弾ませて、焼きたてのアップルパイを買って戻ってきた。

俺とエレーナ、そして毒見役のリタの三人で、窓の外の雪景色を眺めながら、ささやかなお茶会が始まった。

その時だった。

広間の扉が慌ただしく叩かれ、門番が息を切らして駆け込んできた。

「お、おくつろぎのところ、誠に申し訳ございません! ヴァルゼン公からの緊急の使いでございます!」

俺はアップルパイの最後の一口を飲み込むと、差し出された封書を受け取った。

ヴァルゼン公の印が押された、重々しい羊皮紙だ。

俺は封蝋を切り、手紙に目を通す。

そこには、ヴァルゼン公の苛立ちが滲むような力強い筆跡で、信じがたい報せが書かれていた。

――アイゼンブルクの喉元、あの小都市ザンクト・ブリギッタが、ついにユニテス教会、セラフィヌス枢機卿の手によって、完全に占拠・要塞化された、との知らせだった。

「……チッ。思ったより、動きが早いな」

「あなた?」

エレーナが心配そうに俺の顔を覗き込む。

「いや、何でもない。だが、これは急いだほうがいいかもしれないな」

俺は子爵に昇格し、金も貰った。東方攻略を任されたのだ。

やるべきことは、戦力の増強だ。

俺はコートを羽織ると、立ち上がった。

「イリアのところへ行ってくる。彼女には、知り合いの傭兵団がいないか、前々から聞いてもらっていたんだ」

(さて、どんなヤツが出てくることやら……)

俺は、甘い茶の香りが残る館を後にし、小雪が舞う街の中、イリアがいついている酒場へと足早に向かった。