作品タイトル不明
ままならない気持ち(ルーク視点)
バタンという扉の閉まる音が、背中から聞こえる。
とにかくリアの部屋から遠ざかりたかっただけで、どこに行くというあてもない。足は自然に屋敷の玄関に向かったが、防寒着もないまま、外に出るなんて狂気の沙汰だ。
私は玄関のドアに手を当てたまま、外に出るわけにもいかず、行き場のない気持ちを持て余していた。
そんな私の背に、近づく気配がする。
ネヴィルの屋敷の使用人は、私のただならぬ様子に遠巻きにしているだけだから、近づいてきたのはきっとおじいさまかおじさまだろう。
落ち着いた冷静な顔をつくらねばならない。
「ルーク」
「お父様……。なぜ」
声を掛けてくれたのはお父様だった。
お父様がリアを置いてくるなんて思いもしなかったから、とても驚いた。
「なぜもなにも、父が息子を心配して何が悪い」
お父様は口の端をほんの少し上げて、私の背に手を当て、一緒に行こうというようにそっと引き寄せてくる。
「どこかに温かい場所があるはずだ」
お父様は近くで様子をうかがっていた執事に目で合図をした。
「はい。いかがいたしましたか」
「どこか火の残っている場所はないか。ああ、なにか温かい飲み物もだ」
夕食も終わったこの時間、食堂も談話室も火を落としていて、温かいのは各自の寝室である。
つまり、自分たちの部屋に行くのが一番手っ取り早い。
だが、執事は少し考えると、申し訳なさそうにしながら教えてくれた。
「今一番温かいのは、厨房になります。明日の仕込みが終わっていないはずなので」
「厨房……」
あっけにとられたようなお父様の声に、私は少しだけおかしくなった。
オールバンスの執事なら、この状況とお父様の言葉から、「二人でゆっくりと話せる部屋を用意しろ」と言われているとわかるだろう。
だが、ここは朴訥なネヴィルの地だ。聞かれたことには聞かれたように答えるのみ。オールバンスの当主に厨房を案内することの非常識さを知りはしない。
「では、案内してくれ」
「はい。こちらへ」
むしろおじいさまやおじさま、おばさまなら、しょっちゅう厨房にも顔を出しているに違いない。
オールバンスでも、リアは使用人たちの食堂にも顔を出し、一緒にわいわいと食事をしていたりする。
では私は?
そもそもがたいていは学院の寮にいて、リアやお父様と一緒に過ごせるのはお休みの時だけだ。
使用人と一緒の食事どころか、屋敷の中を把握する時間すらない。
リア。
自覚のない、私のかわいい妹。
どれだけ大切に守っているつもりでも、私の手をすり抜けて、危険の中に飛び込んで行ってしまう。
だからお父様も護衛を増やしたのだし、その護衛は優秀でなければならない。
それこそ、キングダムの外に出ても役に立つくらいには。
リアが護衛に虚族を見せろと言い出した時は驚いたが、いい機会だと思った。
キングダムの外に連れていく機会などめったにない。
訓練のために連れてくるならば、あれもさせよう、これもさせようと計画を立てていた。それをリアに聞かせたら、きっと自分の言い出したことがきちんと実行されて喜んでくれるはずだと思っていたのに。
「虚族を見せるためだけに護衛を連れてくるなど、オールバンスといえど、そんな贅沢なことができるものか。リアはそこがわかっていないんだ」
歩きながらぶつぶつとつぶやく私に、お父様は何も言わない。
「計画が厳しすぎるとか、限界まで訓練するなとか言うけど、では、私たちはなんのために護衛に高いお金を出しているのですか。観光のためですか」
広いとはいえ、オールバンスよりは狭い屋敷だから、厨房にはすぐ着いた。
「なんだい? おや、クレア様の旦那様とお子さんだね。お腹でもすいたのかい」
次の日のパンの仕込みをしていたのか、手に粉の付いた中年の女性が、気安く話しかけてきた。
「ルード、なにか温かい飲み物を出してやってくれ」
執事はそう話しかけると、一礼して去っていった。
オールバンスなら、他に何か用がないか尋ねたうえで、後ろに控えているに違いない。
ネヴィルは何もかもが違っている。
「あいよ。見回りの者が帰ってくるころだし、ちょうどよかった」
何がちょうどよかったというのか、ルードは私たちがいても気にすることなく、シュンシュンと音を立てている大きな鍋の蓋を開けると、茶葉らしきものを直接放り込んだ。
「なっ!」
清潔であるが古くて傷だらけの大きなテーブルの前に案内されていた私は、驚いて立ち上がりそうになった。
鍋に蓋もせず、ぐるぐるとかきまわして少し置くと、ルードは鍋の茶をヤカンに移した。
しかも茶こしではなく、使っているのはざるだろうか。
やかんに蓋をし、ざると鍋をさっと洗う。
それから大きなカップにやかんのお茶を入れてくれた。
付け合わせはお菓子ではなく、野菜の酢漬け。
こわごわとお茶を口にすると、それはお湯と間違えそうなほど薄く、やけどしそうに熱かった。
「ああー、寒かった! 冬の見回りは大変だぜ!」
冷気と共に、どやどやと入ってきたのはネヴィルの屋敷の警護の者たちだ。
「ルード! 俺たちにも熱い茶を頼むぜ!」
「はいよ!」
ルートは大ぶりのカップをどんどんと並べると、ヤカンから熱い茶を注いでいく。
「熱い茶はありがてえな、って、うわあ!」
どんと席に着いた護衛たちは、私とお父様を見て飛び上がりそうなほど驚いていた。
「オールバンスの旦那と坊ちゃんじゃねえですか。あー、びっくりした。おい、ハンスもいるじゃねえか。こっちに座んなよ」
驚いただけで席を移動するでもなく、私たちのテーブルは見回りを終えた護衛たちでにぎやかになった。ひっそりと私たちの後ろに付き添っていたハンスも、お父様の許可を得て席に着く。誰もが四侯を尊重する王都では考えられないことだ。
「ぼっちゃん、大きくなりましたねえ。こないだ来た時は夏だったか」
「それはもっと小さな時だろ。今年の夏前に立ち寄ったじゃえねえか、ほら、ファーランドからの帰り道にさ」
私には見覚えがないのだが、どうやらネヴィルに来た時のことをちゃんと覚えていてくれたらしい。
「それは立ち寄っただけだろ。俺の言ってるのは、一番最初に、リスバーンのぼっちゃんと来た時だよ。ほら、虚族を見に行った時に、俺もいたんですよ」
どうやら、リアがいなかった時の最初の訪問の時のようだ。
私はきちんと礼を言った。
「その節は世話になった」
「いえいえ。いやあ、あの時は感動しましたねえ。年端も行かぬ少年たちがこう、虚族をバッタバッタとなぎ倒してさ」
護衛は身振り手振りを入れて当時を懐かしんでいる。