作品タイトル不明
信じよう
翌日から私の外遊びにはお父様も加わり、楽しい日々が始まった。
私が作ったマールライトは、すぐに小さなポシェット型へと加工され、おじいさまやおじさま、おばさまだけでなく、外遊びを見守る護衛へと順番に配られた。ポケットに押し込むより、ポシェットの形にして首から下げたほうが応用が利くらしい。
変質は、魔力量の多いお父様や兄さまもできるはずなのだが、ユベールから魔道具師の訓練を受けている私とは違い、変質が安定せず、戦力にはならなかった。
だが、五分程度でできる変質だ。遊びの合間に作ることなどわけもない。
配られたポシェットは実用品ではあるが、役に立つから配ったというより、温かさの効果、持続時間など、ネヴィルのお屋敷をあげての検証が始まったようなものだった。
だが、楽しい日々を過ごすだけでなく、ネヴィルの領地に来た本来の目的も果たさねばならない。
護衛に虚族を体験させる訓練である。
私の護衛のハンスは、私がキングダムの外に出ることが多いせいで、自然と虚族を体験せざるをえなかったが、そのほかの護衛は違う。
お父様に付き添ってイースターの国境付近で過ごした護衛は虚族の体験はしているが、ウェスターやファーランドと比べると虚族の数は少なかっただろう。虚族を体験していない者が多いし、そもそも雇ったばかりの者もいる。
「連れてきた護衛すべてにどう経験させるのが効率的だろうか」
そんな話し合いが、私に与えられた寝室で、夕食後に行われているところだ。
お父様と兄さまだけでなく、護衛としてハンスとハロルド、それにおじいさままでいて、とても狭苦しい。もちろん、ナタリーも控えている。
正直なところ、そういう話は大人と兄さまでやってほしいと思う。それでも私は文句も言わず、ベッドの上でマールライトの変質をしながら話を聞いている。
なんと働き者だろうと思わず自画自賛してしまう。
そんななか、まず兄さまが口を開いた。
「私とギルが以前やったように、結界箱を使って安全地帯を作り、結界の中から虚族を倒す経験をするというのがいいと思います。結界箱はたくさん持ってきたし、一度にたくさんの人数が訓練できます」
確かにそれなら一日か二日で済むなと思っていたら、違った。
「お父様が戻るまであと五日として、お父様に付いて戻る護衛は四日間訓練ができますね。それから私とリアと一緒に残る護衛は、少なくとも一〇日ほどは訓練できるのではないですか?」
どうやら強行軍のようだ。
だが私は首を傾げた。
虚族の出る時間は夜だ。
しかも季節は真冬だ。
それはちょっと厳しいのではないかと、私が口を出そうとしたら、代わりにハンスが口を開いたのでほっとした。
「通常の結界箱では安全すぎます。この短期間で虚族に慣れる訓練をするとするなら、リア様の一人用結界箱が最適だと思います。目の前に安全に虚族が来る経験など、めったにできる物じゃありませんからね」
「いやいやいや」
結局私が口を挟むことになったではないか。
「むちゃでしょ」
部屋の隅に控えていた新人護衛のハロルドを見ても、きょとんとしてなんの危機感も持っていないようだから、この訓練計画の無謀さをわかっていないに違いない。
「にいさまがくんれんしたときのことをおもいだして。ごえいに、きょぞくになれているハンターがついたでしょ。それも二くみも」
私は記憶力がいいので、兄さまから聞いた話もちゃんと覚えているのだ。
「一組は役に立つどころか足を引っ張りましたけどね」
「ハンターでさえ、はんだんをまちがうってことでしょ」
私は冷静に指摘した。
「きょぞくはこわいものよ。このなかで、きょぞくをかったことがあるのはにいさまとハンスだけ。もちろん、ネヴィルのひとのなかにはいるだろうけど」
不満そうな兄さまを視線で黙らせると、お父様が続けなさいというように手をひらひらとさせる。
「ひとつのけっかいばこには三、四にんくらい。そのなかに、うちのごえいと、きょぞくについてくわしいひとをよういすると、けっかいばこは五つ。さらに、それをそとからみまもるごえいがひつよう」
考えながら話すので、私の手はマールライトを持ったままだ。
「よるのさむさのなか、いってかえってくるだけもたいへん。まいにちはむり。いちにちおきに、二かいか三かいがげんど。そして」
私はハンスのほうを厳しい目で見た。
「ちいさいけっかいばこは、なし。ハンス、あのきょりを、きょぞくがはじめてのひとに、ほんとうにたえられるとおもう?」
ハンスは思いもかけないことを言われたかのように、目をしばたたかせた。
「ハンスがたえられたのは、へんきょうのせいかつになれていたから。キングダムそだちのひとはぜったいにたえられない。さいしょは、はなれたところからみるべき」
「すみません。たしかにそうでした」
ハンスがはっとして、私の言いたいことをやっと理解してくれた。
「にいさまも、ハンスも、けいかくがきびしすぎるの。もくてきは、きょぞくをちかくからみること。げんかいまで、くんれんするためではないとおもう」
確かに、護衛を一〇人近く引き連れてやって来て、ハンターも雇うとなると、費用もかかるし、何回もできることではない。できることを詰め込みたい気持ちも理解できる。
「ごえいをそだてるためにきているのでしょ。ひとのこころをだめにしたり、からだをこわしたりするためではありません」
私が、兄さまにこんなにはっきりと反対意見を言ったことがあっただろうか。
いつも私の言いたいことを悟って、やりたいようにやらせてくれたのが兄さまだ。
逆に、私だって兄さまの意見にはたいてい、従ってきたつもりだ。
だが、必要なことだと思った私は、兄さまの目をしっかりと見つめる。
兄さまが護衛を育てたいのは、私をしっかりと守らせるためだろう。
私に魔道具職人が失礼なことを言った時、感情を荒らげたのも、私を馬鹿にされて腹が立ったから。
つまり、私が大事だからこそ、他人に厳しくなってしまっている。
とてもありがたいことだが、同時にとてもよくないことだと思うのだ。
「ごえいには、ごえいのせいかつがあるでしょ。くんれんしてオールバンスでかつやくしてくれるのがいちばんだけど、そのしごとは、おかねをかせいで、じぶんとかぞくとしあわせにくらすためのもの。それはおくさんやむすめや、もしかしたら、いもうとのため。オールバンスにいのちをささげるためではないとおもう」
無理な仕事で体を壊したり、虚族におびえすぎて心を病んだりするようなことがあってはならないのだ。
兄さまは椅子からガタリと音を立てて立ち上がった。
「リアは! いろいろなことに巻き込まれて、何回死にそうな目にあったと思っているのですか! オールバンスではあるけれど、幼子だからと侮られたからこそ、リアを軽く扱う輩がいるんです! 護衛など、どれだけ鍛えても足りないというのに!」
兄さまが感情的になるのは珍しいし、私に向かって怒鳴ったのは初めてかもしれない。
私は怖くなって、背中を丸めてマールライトをぎゅっと握りしめた。
「リアに怒っているわけではないんです。すみません、少し席を外します」
兄さまはプイと顔を背けると、荒々しいしぐさで部屋から出て行ってしまった。
その後をハロルドが付いていこうとして、ハンスに止められている。
そして珍しく、私を置いてハンスが付いて行ってしまった。
ハンスも怒ってしまったのだろうか。
「にいさま……」
「リア、心配するな。泣くほどのことではないからね」
お父様は私にそう言ったものの、立ち上がって、やはり兄さまを追って部屋を出てしまった。
代わりにおじいさまが隣に座って私を膝に乗せてくれる。お父様よりがっしりしていて固いお膝である。
泣いてなんかいないけれど、ちょっとだけ唇が震えて、目に何かがにじんだかもしれない。
きっとネヴィルの地が寒いせいで震えてしまったのだろう。
おじいさまが引き寄せてくれたおかげで、背中が温かい。
こんな時なのに、部屋に残されたハロルドがとても気まずそうな顔をしているのが見えて、ほんの少し笑いそうな気持ちになる。
「リア、ありがとうな」
唐突に落とされた一言に、私は驚いておじいさまを見上げた。
「おじいさま?」
「本当は祖父である私か、父であるディーンがルークに言わなければいけないことだった。代わりに言わせてしまってすまなかったな」
誰が言うべきかなど考えたこともなかった。
「ルークが優秀なことはわかっていたが、それでも控えめでおとなしい子だと思っていたよ。やっと自己主張するようになってよかったと思うのと同時に、少し、そう、苛烈で人に厳しいところも垣間見えていてな。私も気にはなっていたんだ」
「おじいさまも?」
「ああ」
おじいさまの声が、背中から体を伝って響いてくるように感じられる。それはまるであったかラグ竜のように心を落ち着かせてくれる。
「いつもじゃないの。にいさまは、リアのことになると、いきなりきびしくなるの」
「ルークの気持ちはわかるよ。リアの周りには事件が多すぎるからな」
私のせいではないのだが、なぜか狙われることが多いのだ。
「守ろうとすれば、厳しくもなる」
「でも、リアたちよんこうがいるのは、たみのため」
私にはお父様も兄さまもいるから、キングダムを守る結界箱の魔石に、魔力を入れる義務はない。
それでも、四侯が豊かな暮らしを許されているのは、キングダムの民を守るためだということはちゃんとわかっている。
それがどんなに息苦しく、体のいい奴隷なようなものだとわかっていても、お父様も兄さまも、ギルもマークもフェリシアも、決してそこから逃げたりしないということも。
「まもるべきたみを、くるしめてはならない」
それがたとえ自分の護衛だとしてもだ。
「リアやルークの護衛なら、その質を望むのは当然ではある。しかも、虚族を経験させようとしたのはリアの提案だと聞いているぞ?」
私が少し元気になったのがわかったのか、おじいさまがからかう口調になる。
「そう。でも、きょぞくをあまくみてはいけないの」
「そうか、リアは第三王子の最期を見たんだったな」
私は静かに頷いた。
「リアがちゃんと、くんれんのもくてきを、にいさまにはなさなければならなかった。いまからでもちゃんとはなしてくる」
膝から滑り降りようとしたら、おじいさまに止められた。
「今は少し放っておこう。ルークにはディーンが付いていったし、冷静になる時間も必要だろう」
「でも」
「大丈夫だ。ルークは本当に賢い子だ。そして優しい子だ。リアが一番、知っているだろう?」
「うん」
冷たかった家で、誰よりも最初に手を差し伸べてくれた家族だ。
「うん」
明日には仲直りができると、信じよう。