作品タイトル不明
さっそうと
「リア、わたしだ!」
バーンとドアを開けて登場したのは声でわかっていた通りニコであった。
「にこ!」
わかっていても嬉しい。私は椅子からぴょんと降りると、ニコの元に走り寄った。
「げんきそうだな。リアがしおれているとはまったくおもわなかったが」
「しちゅれいでしゅよ。にこ、げんきでよかった」
ニコは責任感が強いから、今度のことでまた一人悩んでいるのではないかと心配をしていたのだが、つやつやと元気そうに見える。
「うむ。しろにしかいてはならぬということだったので、それならばと、ふだんいったことのないようなところをまいにちみてまわった」
「それはたのちい」
「まえにマークがつれていってくれたから、そのきおくをもとに、いっていないところをこう、うめるようにしてだな」
ニコが目を細くして、空中にある地図を眺めるようなしぐさをした。記憶力がいいので、一度行ったところは覚えているのだろう。
「ええと、たとえば、おんしちゅのとなりはどうなっているか、とか?」
「そうだ。けいごのものにつきあってもらいながら、ひととおりな」
ニコは真面目な顔をして私のほうを見た。
「おうぞくがしろをすみからすみまでしらぬようでは、こんどなにかあったときにたいおうできぬからな」
「あい」
私も重々しく頷いた。あの時、ニコが結界の間までの道をちゃんと覚えていてくれたから、数日の余裕ができた。
「しかし、そんなにうろうろされてはこまるといわれてしまってな」
私は警護の人たちのほうに目をやった。彼らは慌てたように胸の前で手を振っている。彼らが面倒だと苦情を言ったわけではないようだ、
「いま、ちちうえもおじうえもイースターにいっているだろう。へいかがおられるので、とくにもんだいはないのだがな。しょうしょうさびしいが、わたしにはははうえがいるし」
私にすまないなという顔をしてみせる気遣いのできる四歳児のニコであるが、母親がいなくても兄さまとお父様がいるので私は大丈夫である。しかし、ニコが本当に言いたいのはそのことではないのだろう。
「殿下の代弁をするのははばかられますが、僭越ながら私から説明します」
普段あまり頼りにならない護衛が説明を始めた。
「私どもは殿下をお守りするためにどこにでも付いていきますし、それでかまわないのですが、普段殿下を見慣れぬ城の者どもが緊張してしまって仕事にならないと苦情が入りまして」
「にこをみなれるの、とてもたいせちゅなのに」
自分の国の王子殿下が見られるのならむしろ喜んでもいいと思うのだが。
「わたしとしても、しろのものがしごとにならぬのではなあ。うろうろするわけにもいかず、こまっていたのだがな」
四歳児に気遣われるキングダムの城の人たちはそれでいいのか。
「どうせなら、もんだいじはまとめてオールバンスのやしきのものにみてもらえと、そういうことになったようだぞ」
「でで、殿下、どこでそれを……」
護衛があたふたしていて面白いが、問題児はまとめてと言うところに少し引っ掛かる私である。
「うむ。しろのものがうわさをしていたのを、たまたまきいたのだ」
「口の軽い奴らめ! 問題児だなどと、こないだの危機にどなたに守られたと思っているのだ!」
護衛が怒りをあらわにしているが、それはそうだろう。だが、イースターの事件で被害を被ったのは城のほんの一部だけだ。キングダム全体が虚族の被害にあうところだったことなど、実感のないものにとっては重要な意味を持たなくて当然かもしれない。
少なくともニコの護衛はニコの大切さをちゃんとわかっているようだから評価できる。王子というだけでなく、その中身がどれだけ素晴らしいかということをだ。頼りない護衛達だと思っていたが、ちょっと見直してもいいかもしれない。
「よい。わたしはもんだいじだとおもわれてもべつにかまわぬ」
そう笑ったニコの顔は、言葉の重さとは裏腹に年相応の幼さで、私はほっと胸をなでおろした。
「まったく王族には困ったものだ」
やれやれと廊下から現れたのはお父様である。ニコを預かるというのに、当主がいなければ話にならないということなのだろう。城に行ってすぐ戻ってくる羽目になったお父様には同情するが、平日の昼にお父様が家にいることはとても嬉しい。
「殿下がうろうろと城を動き回るから、謹慎は無意味だということで、解かざるをえなかったのですよ。だからまあ、謹慎が早く終わったのは殿下ご自身がうまく動かれたからということになります」
お父様が珍しくしゃがみこみ、ニコの目を見ながら説明している。うろうろしてよかったのだと褒めているように聞こえるが、そこはお父様である。
「殿下は、別に言われたことを生真面目に聞く必要はないのですよ。しかし、オールバンスにとばっちりが来るとは思わなかったから、驚きはしましたが」
正直すぎると言わざるをえない。
「すまぬ。こうにはめいわくをかける」
「いえ、殿下はともかく、リアは嬉しいでしょうから」
やはり正直すぎると言わざるをえない。
「いきなりでしたが、今日のうちに警備体制を整え直しますので、殿下はお好きなように過ごしてください」
「ありがたい」
お父様は護衛のほうを厳しい目で見た。
「うちは基本リアの警護を中心に成り立っている。殿下も含めて体勢を整え直すにしても、責任はそなたらにある。とっさの事態に動揺しないよう、心せよ」
「はっ」
あくまで私中心だという姿勢を崩さないお父様である。
「あの……」
こんな中でも発言しようとするユベール、案外しっかりした人間なのかもしれない。部屋中の注目を集めてしまい、おろおろしているが、口から出てきた言葉はたいしたものだった。
「リア様はお勉強中なのですが……」
警護の者がぎょっとし、殿下に失礼だろうと言い出しそうだったが、その前にニコが素直に返事をした。
「そうであったか。すまないな。ではわたしもいまからいっしょにべんきょうしよう。さあ、リア」
ニコは私が座っていたところを覚えていて、自分で余分な椅子を引っ張ってくるとさっさと席についてしまい、隣に座るように私を誘う始末である。出遅れた私は少し悔しく思いながら、さっきまで座っていた椅子によじ登った。
幼児二人のキラキラした視線だけでなく、オールバンスの当主、城から来た護衛の視線まで集めてしまったユベールは挙動不審であるが、それでも授業を進めようと手元を見て、おずおずと顔を上げた。
「リア様、どうしましょう」
そういえば石板を変質させようとしていたのだった。これは困った。