軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

無茶はしない

しかし、次の日からすぐにユベールに相手をしてもらうというわけにもいかなかった。一つにはユベールの体調がまだ万全ではなかったから。二つ目は、家庭教師をするというだけでは、オールバンスのお屋敷に置く理由として不足だからだ。私が本当に、家庭教師をしてもらうとしても、せいぜい一日二時間か三時間だろう。それだってほとんど遊びのようなものだ。

私の意見が採用ということになっても、実際動き始めるまでは時間がかかる。だが、これからの楽しみがあると思えば待てるものだ。

しかし、ユベールはその前に、私の兄、つまりオールバンスの次期当主である兄さまのお眼鏡にかなう必要もあった。週末に向けて帰ってきた兄さまの面接も受けることになったのは二日間ゆっくり静養した後である。若いからかくたびれたところはだいぶなくなり、しゃっきりした様子だった。若者と言ってもマークよりは年上の24歳だという。

この世界の貴族なら、男性でも24歳は結婚している者も多い。

「ゆべーる、けっこんは?」

「その、忙しくてまだ」

お城の結界箱を保守するだけの仕事なのになぜそんなに忙しかったのかわからないが、とりあえず独り身で一人暮らしであるらしい。家族にはオールバンスの家でしばらくお世話になると連絡済みである。

「リア、今は私が質問をする時間ですよ。なぜ面接官みたいな顔をして質問しているのですか」

兄さまにあきれられたが、そう、帰ってきてさっそくユベールの面接をしている兄さまの隣に、助手のような顔で座っているのが私である。

「りあもまだ、ゆべーるのことちらないから」

ここ二日間は休めるようにかまわないでいてあげたのだ。その間一緒に何をして遊んでもらうか、いや、どんなことを教えてもらえるか一生懸命考えていた。

私はまだ三歳、いやもうすぐ三歳だし、いそいで勉強するつもりはない。そもそもそれはお城に行けるようになったら、いつものようにオッズ先生が教えてくれるから、勉強のための家庭教師など必要ないのだ。

雰囲気を和らげるために雑談から始めた私は、兄さまの隣でにやりとした。

「り、リーリア様、えっと、なにか」

そのかわいらしい微笑みを目にしたユベールが目を泳がせながらも私に尋ねてきた。

「まどうぐ、どうやってちゅくる?」

「魔道具、ですか。リーリア様は魔道具に興味がおありですか」

「あい」

兄さまが、突然何を言い出したのかという顔で私のほうを見ているが、私の結論はこれである。せっかく魔道具の技師がいるのだから、魔道具について教わりたい。

「仕組みを説明することはできますが、まずお小さい方は魔力や魔石を扱うことはできません。いえ」

ユベールは、私たちが結界を作ったことを思い出したのか、一瞬声を詰まらせたが、気弱なりに強い意志を込めて私を見つめた。

「たとえできたとしても、扱うべきではありません。小さい頃から使い続けた場合の危険性はわかっていないのですから」

私は感心した。魔道具に興味があるということは、魔石や魔力にも興味があるということだ。私が何をやりたいか想像して、いけませんとはっきり言えるのは好ましいと思う。きっと兄さまもいけないと言うに違いないと、私は残念な気持ちで隣に座っている兄さまを見上げたが、兄さまは静かな目でユベールを見ていた。

「そうですね。末席と言えどオールバンス。当主の命と引き換えに貴族としての地位を得ているようなものですから、その自覚があるというのは素晴らしいことです」

「に、にいしゃま」

次期当主はまだ小粒でもピリリと辛いのである。そしてユベールはおそらく冷や汗をかいているに違いない。

兄さまは手をすっと前に出すと、何も言わずにふわんと結界を張った。あいかわらず雑味のない美しい結界だが、ユベールは驚いて固まってしまった。

「こ、これはあの時の、結界……」

「ふむ、あの時、リアとニコラス殿下がしていたことを魔石の技師が一目で見抜いたと報告書にはありましたが、本当のようですね」

魔力のあるものなら何かが起きていると肌で感じるとは思うが、それが結界だとまで見抜けるものはまずいないだろう。それはユベールが結界箱を作れる職人だからでもある。

「ユベール、今キングダムには結界箱を作れる職人が何人いますか」

「自分の工房と城の技師しか知りませんが、合わせて五人かと。城に常駐している者が三人、オールバンスの工房に二人です」

「オールバンス以外に結界箱を作れる工房があったはずですが、さて、どうなっているか。お父様に後で聞いてみましょう」

兄さまも、仕方がないとはいえ私たちを助けるどころか足を引っ張ったユベールにあまりよい印象は持っていない様子である。家庭教師などもってのほかですなどと言われたらどうしようとハラハラする。

「いずれ落ち着いたら、オールバンスの工房に戻る予定と考えていいですね」

「はい。できればそうさせてもらえたらと思います」

事件の記憶が少し薄れたころ、ひっそりと戻れたらいいと私も思う。そして案外あっさりと兄さまは面接を終えた。

「では、リアの家庭教師を許可します」

「あ、ありがとうございます?」

別にユベールが望んだことではないので、私の家庭教師がありがたいのかどうかわからないのだろう。しかし、兄さまはさらに驚くべき発言をした。

「リアには魔石を触らせても、魔道具を触らせてもかまいません」

「しかし!」

抵抗したのはユベールのほうである。そして私も驚いたが、兄さまは真面目な顔で私を見下ろした。少し悲しそうな目をしている。

「リアはもう、一歳のあのころとは違って自分の限界を知っていますね」

「あい」

限界ギリギリまで頑張るということを、何度経験してきたことか。兄さまが悲しい目をしているのは、その私の経験がいたましいからなのだろう。

「リアに任せれば、無茶はしません。いえ、無茶はしますが、限界はわきまえています」

「まかしぇて」

私は座ったままふんと胸を張った。

「怪我をしたり命にかかわったりするようなことだけ気を付ければいいです。勉強に関してはいずれまた城へ行く日がやってきますから、あなたが教える必要はありません。リアが学びたいことを、あなたの出来る範囲で、教えてあげてください」

「しかし、本当に危ないのですよ。魔道具店にいると、魔石に魔力を入れようとして倒れたという貧しい家の子どもたちを何人も見かけるんです」

「大丈夫ですよ。私たちの誰よりも精緻な魔力コントロールができるのがリアですから」

私は魔道具についてユベールに教えてもらえるかどうかより、兄さまの言葉に感動していた。過保護なくらいだった兄さまが、私の好きにするといいと言ってくれた。つまり、ついに信頼を勝ち得たということなのだ。

「りあ、むちゃちない」

私は厳かに誓った。兄さまの信頼には答えねばなるまい。

「いい子です」

「へへ」

兄さまにキュッと抱きしめられながら自然に笑みがこぼれる。ただし、私が自分で無茶だと思う基準がかなり高いということを、ユベールはまだ知らない。