軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

採用

ユベールが案内された先は私が来たことのないところだった。

「リア様をこんなところに連れてきたと知ったらご当主に叱られるか。いえ、そもそもご当主がこの場所に来たことはないですし」

ジュードが一人ぶつぶつとつぶやいているが、この広いお屋敷で、忙しいお父様が顔を出す場所は限られている。その分、ジュードたち執事やメイドたちが屋敷全体を管理してうまく回しているのだ。そんなお父様も来ない場所に行けると思うとわくわくする。

一階の階段に隠れるようにある通路を奥へと進んでいくと、細長いテーブルがいくつも並んでいる食堂のような場所に出た。反対側のドアからは、ガチャガチャという調理をする音と料理人たちの大きな声が聞こえている。

「りあ、ちってる。あっちは、きっちん」

「そうですねえ。リア様も手伝いに来たことがありますからね。でも、ここは使用人しか使わない食堂なんですよ」

「ちりゃなかった」

私は感心して部屋を見渡した。交代で食事をするのだろう。隅の方では先ほど案内されていた御者や屋敷の使用人が食事をしており、私に気がついて席を立って挨拶してくれた。

「だいじょうぶ。ちゅじゅけて」

私は食事を続けるように合図し、鼻をふんふんさせた。

「たまねぎときゃべちゅとべーこんのすーぷ。こんがりやいたおおきなういんなー。しぇふのおいちいぱんに、ばたーと、うんと」

ジャムだと思うのだが、特定できない匂いがする。

「ブリッジベリーのジャムでございますよ。これは庶民の食べ物ですから、リア様にはお出ししたことはなかったかと」

「りあもたべりゅ」

「お願いしてみましょう」

ナタリーが約束してくれたので、私はユベールの向かいの椅子に座って待つことにした。うん、椅子が低い。

「ぐはっ、生首」

「ハンス、笑ってないで、クッションか何かを持ってきてください。ほんとにこの護衛は」

役に立たないという言葉を飲み込んでナタリーが厳しい声で指示を出した。私が来たせいで手間をかけてしまって申し訳ないが、おかげでユベールの顔を見ながら食べることができそうだ。料理は既にできているらしく、私の言った通りのメニューがすぐに並べられた。

「ゆべーりゅ。たべて」

「でも、レディの前に食べるなどと」

主の家族と同じ席に着くのも緊張したと思うが、女性より先に食べるのも失礼に当たるということなのだろう。すばらしい。

「りあ、あちゅいのたべらりぇない。しゃきにたべて」

「リア様がいいと言っていますから、遠慮せずに食べてください」

声がけするナタリーをぽうっとした顔で見つめていたユベールは、はっと気がついて、食事に手を付け始めた。一口スープを飲んで涙ぐむと、失礼にならないギリギリのスピードで食事をかきこんでいる。振る舞い方から見て、貴族か、庶民でもよい家柄の気がする。拘束していてもちゃんと食事を与えてあげればいいのに。

私はスープとウインナーが冷める間、小さく切ってもらったパンに、ブリッジベリーの透き通った黄色のジャムをつけているところだ。黄色のジャムなんて確かに生まれてからこのかた見たことがない。

「あむ。む。しゅこちしゅっぱい。かわったにおい。とまとみたい」

「正解ですよ、リア様。ブリッジベリーは小さくて黄色いトマトみたいな実なんです。生で食べるには少しすっぱくて癖のある香りがするんですが、ジャムにするとおいしいんですよ」

「あい、なたりー。とてもおいちい」

「そろそろウインナーも冷めましたよ」

私はユベールそっちのけでナタリーと新しい味を楽しんでいたが、ユベールの視線を感じてハッとした。気がついたらユベールのお皿が空っぽになっている。

「おかわりは?」

「おかわり……いえ」

断っているが、目が私の大きいウインナーを見ているのに気がつかない私ではない。

「なたりー」

「はい。ウインナーとスープ、パンもですか?」

「え、いえ」

「えんりょちなくていい」

ユベールはちょっとうつむき、恥ずかしそうに頷いた。

「全部お願いします」

「あい」

勝手にお代わりを許可してしまったが、足りなくなったら厨房の料理人が何とかしてくれるだろう。

「じゃあご当主のお迎えにいってきます」

「よろちくね」

御者も私に声をかけて外に出ていった。次々と交代でやってくる使用人も、私がいることに驚きつつ陽気に挨拶をしてくれる。オールバンスは使用人とも壁のない家へと変わりつつあった。

私がウインナーをもぐもぐと食べ終わる頃には、話を聞くも何もユベールはこっくりこっくりと舟を漕ぎ始めていた。

「ちかたないでしゅね。じゅーど」

「はい、リア様」

「ゆべーる、やしゅませて。あちたもいるんでしょ?」

「わかりません。でも、どこかに出ていくにしても、リア様とお話する時間は取ってもらいますから」

ジュードも私の気持ちは理解してくれている。わからないことはわからないとはっきり言ってくれるのだ。今はそれでいい。なにより、新しい場所に来れたことで、私の退屈の虫はどこかに行ってしまったのだから。

「ごはん、おいちかった。またきたい」

「ご当主がいらっしゃらない時なら、大丈夫だと思いますよ」

「おとうしゃまもちゅれてくる」

「それはちょっと、みんなが緊張してしまうでしょうし」

自分がこう言ったことは内緒ですよと、ジュードが口に人差し指を当ててみせた。私も人差し指をぴっと立ててみせた。このくらいはできるのである。

結局お父様は、私がお昼寝して起きた後でようやっと帰って来た。さっそく私を抱き上げながらぶつぶつ言っている。

「リア、疲れたよ」

「あい。おちゅかれでしゅ」

せっかく今日はお父様と過ごせると思った私もがっかりだが、それでもお昼には楽しいことがあったからいい。

「おとうしゃま、ゆべーるも、ちゅかれてやしゅんでる」

「ユベール?」

誰だそれはという顔をするのはやめてもらいたい。

「ましぇきの、ぎし」

「ああ、あの技師か。あれでもオールバンスの末席だし、そもそもうちの技師なんだ。とりあえず連れてきたが、どうするかな」

そんななんの考えもなく連れてきたとは思わなかった。いや待て、今何か大切な情報があったような気がする。

「おーるばんす? うちの?」

「ああ。うちは代々子どもが少ない家系で、親戚は少ないのだが、いることはいる。あれは魔力量は多くないが魔力の扱いが優秀で魔道具の技師になったが、結界箱を作れるからと引き抜かれてな。国のためかと監理局にしぶしぶ貸し出していたが、この扱いだ。返してもらって来た」

返してもらってきたというなら、名前くらい覚えていてもらいたい。

「やしぇて、ちゅかれてた」

「リアが面倒を見てくれたのか。ありがとうな」

「あい」

お父様が頭をなでてくれた。

「どうしゅる?」

「そうだなあ、どうするかな。今すぐにうちの魔道具部門に戻すのもな」

それならばいい考えがある。私はふんと息を吐いた。

「ゆべーる、りあがほちい」

「はあ? リアがほしい?」

お父様がポカンとしているのがおかしいがそれは置いておいて。

「りあ、いま、おちろにいけないでしょ。ゆべーる、しぇんしぇいにしゅる」

「先生。家庭教師か。なるほど」

お父様は私の言いたいことを理解したらしい。

「末席ながらオールバンス。気弱だが頭はいい。ルークは学院だし、リアは謹慎中。よし、採用!」

こうして私は家庭教師をゲットしたのだった。