作品タイトル不明
ユベールの作業部屋
オールバンスのお屋敷預かりとなっているユベールだが、午前中は私の相手、午後は魔道具の仕事ということになった。貴重な魔道具師を遊ばせておくほどもったいないことはない。
だが急ごしらえとはいえ、たった一日で小さな魔道具店みたいな部屋ができあがったのには驚いた。
温室のそばの普段使っていない客室からベッドなどの大きい家具が運び出され、お父様の指示のもと、少し大きな作業台の他、壁際には棚が設置され、そこにはもじゃもじゃの苔や、赤、青の小さな石板、磁石のような黒い粉、そして小さな箱、工具などがきちんと並んでいる。
「あかいいち、あおいいち。りあ、みたことある」
「ええ? リーリア様がですか?」
自分の働く場所だからと目をキラキラさせて立ち会っていたユベールが驚いて私のほうを振り返った。もちろん、私も部屋の隅っこで模様替えを見学している。屋敷でこんな面白いことが起こっているのに、参加しない手はない。
「あい。うぇしゅたーにいたとき。りあ、まどうぐのおみせにいまちた」
「うぇしゅたー?」
ユベールが戸惑っているが、部屋の誰も教えてあげるほど親切ではなかった。ハンスがものすごく仕方なさそうな顔で教えてあげている。
「ウェスターだ。リア様はもっと小さい頃、ウェスターのトレントフォースの町で暮らしていたんだよ」
私がちょろちょろしないよう、今日は監視役としてハンスがついているのだ。大きな家具を移動していると危ないからだそうだ。ちょろちょろなんてしないのに。
「そういえばリア様は……」
さらわれたオールバンスの子がいたということは、同じオールバンスの一族といえどこの程度の興味なのだ。
「それにトレントフォースと言えばウェスターではローダライトの有名な産地。なるほど」
少なくともトレントフォースを知っているだけでも立派である。たいていの人にとって辺境はどこに行っても辺境にしか過ぎないのだから。
「こけもじゃも、くろいこなもみたことありゅ。こけもじゃは、あかるくなりゅ。こなは、あちゅくなりゅ」
私は一つ一つ指さした。
「驚いたな。その通りです。大人だってそんな仕組みは知らないのに」
ウェスターの魔道具店の人もバートも気軽に仕組みを教えてくれたし、よく観察してわかったこともある。
「でも、きんぐだむのまどうぐ、ちがうって。もっとちいしゃい。もっとちゅよい」
「それもその通りです。特別な技術だからこそ、私たちも辺境に出るのは禁止されているのですよ」
「ちってる」
だが、私はたとえキングダムの魔道具師が辺境に出たとしても、それほど大きな影響はないと思っている。なぜなら、辺境にはユベールほどの魔力を持った魔道具師などほぼいないからだ。トレントフォースの魔道具店の店長のブレンデルでさえ、セバスと比べてどうかという程度の魔力しかなかったし、そもそも魔力を持っている人はハンターになることが多い。
オールバンスとして、つまり四侯として国を支えるほどの魔力量を持つものと比べたら、キングダムのたいていの人は魔力は小さいと考えてしまいがちだ。だが、ユベールを見る限り、辺境でこれほどの魔力量を持つ人は見たことがない。
そしてこの魔力量が、キングダムの魔道具師を特別にしている意味ではないかと私は考えていた。
「リア様、またなにか余計なことを考えているな」
「ちてない。しちゅれいな」
知らず知らずのうちに完璧な腕組みをしていたようで、それをほめるならともかく、いたずらを考えていたようにとられるのは心外である。
そのうちにお父様が何かのかごを持ってきた。
「これがお前が店で使っていた原器のセットだ」
「まだ取ってありましたか! ありがたいです」
ユベールはうやうやしくかごを受け取り作業台に置くと、その上に大事そうにそっと手を置いた。
げんきとはなんだろう。具体的なイメージがわかなくて私は首を傾げた。
「それはそもそもユベールが買い取ったものだろう。いつか戻ってくるか独立するかと思って預かっていただけだと言っていたぞ」
「お師匠……」
お父様の言葉にユベールが涙を浮かべている。自分の物とはいえ店に保管してあったということはよほど大事なものなのだろう。私は箱の中身を知りたくてうずうずした。
「リア様、まだ片づけは終わってねえ。ちょろちょろしたらいけませんぜ」
「あい」
思わず作業台に見に行きそうになった私はおとなしく座り直した。それにしても、どうせなら続き部屋に住まわせて居間を魔道具の作業場にすればいいのに、滞在している部屋からずいぶん遠い場所に作業場を作ったものだ。
「おへや、とおいのどうちて?」
とりあえずみんなの邪魔をしないようハンスに聞いてみよう。
「ああ、ユベールのことですか。そうだな」
ハンスは私を見てふっと笑った。
「魔道具師にとって作業場は、つまりリア様にとってのニコ殿下みたいなもんだな」
「わかりにくいですよ、ハンス」
私の代わりにナタリーが突っ込んでくれた。ありがたい。
「つまり、楽しくていつも一緒にいたいってことさ。自分の部屋の近くに置いたりしたら、寝る間も惜しんで魔道具を作っていることだろうよ」
確かにニコが隣の部屋にいたら、夜もこっそりおしゃべりをして叱られそうだ。
「おとうしゃま、ゆべーるのこと、ちんぱいなの?」
私はお父様の思いやりに感動した。しかしお父様はお父様だった。
「心配? 心配などしていない。疲れさせると結局は効率が落ちる。自己管理のできない者はこちらで管理するしかない。それだけのことだ」
そう言うお父様も仕事のしすぎですよねと半分喉から出かかったが、キングダムの民のために頑張っている人にそんなことを言うのは失礼だと思い我慢する私、えらい。
ここが今日完成したら、明日から私の授業も始まる。楽しみである。