作品タイトル不明
今度はウェスターで
夏の終わり、ウェスターからの客人たちは、王都の視察を終えた。その帰り道、アリスターやバートたちだけでなく、ヒュー王子もわざわざオールバンスの屋敷に訪れてくれた。
「ひゅー、またきてね」
「王子の立場でそうそう来られるものか。まだ四侯のリーリアのほうが動きやすいだろう。だから」
ヒューは私の前にかがみこむと、口の端をちょっと上げた。あきれたことに、これで微笑んだつもりなのだ。
「またウェスターに来るといい。来年には、週末に領都に結界を張ってみようという試みが実行に移される予定だからな。立役者のお前がこないでどうする」
「いきましゅ!」
ウェスターの王子様から招かれたのだ。これはきっと社交辞令ではなく、本当に行っていいということなのだろう。ヒューは立ち上がると、兄さまとギルにも真面目な顔を向けた。お父様とは最初に挨拶を済ませている。
「四侯の跡継ぎの立場ではなかなか動きにくいとは思うが、あなた方が持ってきてくれた魔石で計画は動き出したとも言える。領都に結界が張られるさまを、その目で見にきてくれると嬉しい。もちろん、こちらから公式に招待する」
「いろいろあったせいで、四侯も王族も、多少は動きが自由になりました。お招きがあれば、堂々とキングダムを出られます」
ギルが笑みを浮かべながら答えた。イースターは今は一時的にキングダムの占領下にある。既に、王族や四侯が行かずに統治を代理で済ませるという状況ではない。お父様を悩ませた監理局も、厳しいことを言えないどころか、護衛の派遣でてんやわんやの状況になっているらしい。
「リアが行くなら、私も行かねばなりませんね。それに」
私を優しく見下ろす兄さまの目は、セバスにも会いに行かなければと言っていた。もちろんである。
「当然、俺たちにも会いに来るんだろ?」
ヒューが帰るということは、残念ながらバートたちも帰ってしまうということなのだ。
「あい!」
元気に返事をした私に、今度はアリスターがしゃがみこんだ。
「なあ、リア。俺、リアが本当に幸せなのか心配でさ」
「りあ、ちあわしぇよ」
「あの時もそう言ってたなあ。さらわれてきたばかりで、どう見ても不幸だったっていうのにさ」
アリスターが懐かしそうに目を細めた。
「でも、ここでは皆に大切にされてて、本当に毎日楽しそうで、安心したよ」
「あい」
「そしてさ、ぷっ」
そこでなぜ噴き出すのだ。
「本当に、お姫さんだったんだなあって思った」
「しちゅれいな!」
どう見ても高貴な雰囲気が内側から湧き出ているではないか。私は腕を組んでふんと鼻を鳴らした。
「まあ、普通お姫さんは腕も組まないし、鼻息も荒くないって覚えておいたほうがいいぞ」
「たちかに」
私は腕組みをほどくと、右足をちょっと前に出して腰に手をあててみた。
「こんなかんじ?」
「ブッフォ」
皆必死で何かを我慢しているというのに、うちの護衛は情けない。
「む、無理すんな」
「そうですよ。リアはそんなに早く大きくならなくていいのです。何をしなくてもこんなに愛らしいのですから」
私はポーズをとったまま、すいっと兄さまに抱き上げられた。たくましいアリスターに比べてなんとなく弱々しかった兄さまも、すっかりたくましくなり、最近は何やら背も伸びているようである。
アリスターはちょっと寂しそうに、でも優しく微笑んだ。
「信じて待ってた甲斐があったな」
「あい」
トレントフォースにいた時、お父様を信じていたからだまされずに済んだ。愛を疑ったことなどなかったのだ。
「よし、俺も頑張るぞ!」
アリスターはすっと立ち上がると、ぐっとこぶしを握った。
「おうえんちてる」
「ああ。またすぐに会えるな」
「あい!」
「キーエ!」
そうしてウェスター一行は軽やかにラグ竜に乗って走り去っていった。
「あの機動力がウェスターの若い世代の特色だな」
後ろで静かにしていたお父様がポツリと口にした。
「最初は結界箱を領都に使いたいなどというから、自ら自由をなくしたいとはなんと間抜けな王族かと思っていたが」
「ディーン、口が過ぎる」
そしてスタンおじさまにたしなめられている。お父様は肩をすくめた。
「その考えは今でも変わらない。が、それだけでもないようだと、今は思っているよ」
どうやらヒューとアリスターたちを間近で見て、少し考えを変えたようだ。
「うちの殿下方も甘いということでは同じだと思っていたが」
「ディーン! 何度言ったらわかる」
またスタンおじ様にたしなめられている。懲りない人、それがお父様である。
「まさかランバート殿下が自らイースターに行くとは思わなかった。世継ぎの王子が自らキングダムの不文律を破り辺境に出るとはな」
「それは俺もそう思うよ。てっきりアルバート殿下を行かせるものだと思っていたが」
そうなのだ。「王族と成人した四侯はキングダムを出てはならない」という、頑なに守られていた不文律を王族自ら破ることになった。私も最初その話を聞いた時は、あのちょっととぼけた殿下が自ら動いたことに驚いたものだ。
だが、イースター側の暴挙から始まったこととはいえ、代理の者で済ませるほど他国の統治は甘くない。
イースターの現王は引退、第一第二王子は監視付きで地方の領主に格下げ。王族の血筋がわずかに入る優秀な傍系に王位を継がせ、統治が安定するまでランバート殿下が共に政務をとるのだという。
「そして連れて行くのがハロルドとはな」
活動的なオールバンスでもなく、リスバーンでもなく、王都からすら一歩も出たことのないモールゼイを連れて行くという。
だが、内向きの政務を担ってきたモールゼイの力が必要なのだそうだ。それに、モールゼイには、成人したマークがいて、マークがいれば、結界への魔力の補充には問題がないという理由もある。
「いろいろ落ち着くまでは我らは動けまいが、これでなし崩しに四侯もキングダムの外に出られるようになったのは幸運だった。結果的には、イースターの第三王子が凝り固まったこの国のしきたりを葬ることになったのは皮肉なことだな」
「だからと言って二度とあんな事件は起きてほしくはないがな」
それでも、お父様たちの顔は明るい。とにかく物事が前へと動き始めたのだから。私はにこにことお父様とスタンおじさまを眺めて、ふと何か忘れていることがあるような気がした。そうだ、あれだ。
「おとうしゃま、おたんじょうびは?」
「誕生日? 誰のだ?」
「おとうしゃまの」
「私か? そうだな、夏の初めだが、今年は何もせずに過ごしてしまったな」
私はショックを受けた。お父様の誕生日にはお芋をつぶしてあげるという約束だったではないか。
「今年はって、お父様はいつも自分の誕生日は適当ではないですか」
「そうだったか。もうどうでもよくはないか」
どうでもよくはない。
「おいも! りあが!」
叫んだ私を怪訝そうに見るお父様の瞳がはっと見開いた。
「そうだ! リアにお芋を食べさせてもらう約束が!」
「そうでしゅ!」
「今からやろう。そうだ、数ヶ月遅れたからなんだというのだ。さあ、誕生会だ」
お父様に急にやる気がみなぎった。
「それなら俺たちも呼んでくれよ」
「む、仕方がないな」
こうしてすべてが終わった夏の終わり、お父様の誕生会が開かれることになった。