作品タイトル不明
心は自由で(ディーン視点)
「ばか! よわむち! べー!」
涙と泥でシマシマの、とても侯爵令嬢とは思えない顔でとんでもない言葉を叫ぶと、リアはニコ殿下を連れて走って行ってしまった。急いでいる分また転びはしないかとハラハラする。そして途中で立ち止まると、二人で何やら話した後、今度は枝を拾って振り回している。
侯爵令嬢らしくはないが、とてもリアらしい。何も言わずうつむいていた去年の冬のリアを思い出して、少し胸が痛んだ。泣いて叫ぶ今のリアのほうがずっといい。
「ハハハ」
突然聞こえた笑い声に驚いて振り向くと、そこにはお腹を抱えて笑っているアリスターと困ったように微笑むギルがいた。
「俺に会うのを楽しみにしていたんじゃなかったのかよ。まったく、人のことばかり気にかけて、いつでも自分のことは後回しなんだ、リアはさ」
そうだ、あの恐ろしい事件の後もリアは、まるで何も起きていなかったかのように振る舞い、屋敷の者を心配させないようにしていたと思う。リアのことだから、本当に何とも思っていなかった可能性もあるが。
「なんでもないような顔をして、自分に全く手をかけさせないんだ。そんないい子なんているわけがない。絶対何か我慢してるんだよ。こっちが気が付いてやらなけりゃならなかったんだ」
「ニコ……」
アリスターの言葉に反応したのはランバート殿下だった。アリスターはおそらく皮肉を言ったのでもなんでもなく、リアのウェスターでの様子をありのままに教えてくれただけなのだ。
だが、先ほどからリアの言葉一つ一つにまるで殴られたかのようにたじろいでいたのもまたランバート殿下だった。いつもは苛立つほどにのらりくらりとした男なのだが、今回自分が拘束され、その間ニコラス殿下を人質に取られ動けなかったことがよほど衝撃だったのだろう。その気持ちは幼い娘のいる私にもよくわかる。
だが、ニコラス殿下はリアと同じで、頭がよすぎた。自分が迷惑をかけたと思い込み、皆を心配させまいとして動けなくなった。そのニコ殿下を何重にも王家が囲い込んでいるというわけだ。それは息が詰まるだろう。
「だが、また同じようなことがあったらどうする。イースターは抑えたが、実行犯は結局取り逃がしてどこにいるかもわからない」
その疑問に私は答えることはできない。なぜならリアが戻ってきた後、いくら警護を増やしても、不安は消えることはなかったからだ。ただ、自分が不安に押しつぶされて、リアに我慢をさせ、のびのびと暮らさせることができないのでは意味がないのだ。
もっとも私とて、王家にハンスを貸し出したまま、リアの護衛が不十分なのは誠に不本意なのだが。
長いようにも思える時間、今までの我慢をすべて発散させるかのように全身を使って動き回った二人は、やがて息をきらせながら戻って来た。
その満面の笑顔は、ランバート殿下とその周りの護衛を見ると次第に消えていき、歩みも小さくなった。
「ちちうえ、その」
思わずといったようにニコ殿下が目を伏せた。リアはまっすぐにランバート殿下のほうを見つめている。
「前のように、自由にさせたほうがいいとわかってはいるのだ。だが、また同じことがあったらどうする。護衛は増やし、何があっても門を突破できないようにはした。だが、次にまた別の方法を考えられたら……」
そんなことをリアに言っても仕方がないと思うのだが。
リアはそんなランバート殿下に向かってふんと腕を組んだ。一歩も引かない様子だ。
「あいちゅ、もう、こない」
「来ないって、まだ捕まってはいないのに」
「くる、りゆうがない」
リアは、サイラスから聞いたという事情を話してくれた。それは城にも報告が行っているし、ニコラス殿下からも直接聞いていることだろう。あいつは確かに幼児に手をかけることもためらわない悪人だが、イースターの王家から離れた今、わざわざ自分たちを襲う理由はないとリアは判断したようだ。
「だが」
「もち、またきたら、しょのときは、ちかたない!」
リアは大きい声で宣言した。
「仕方ない」
ランバート殿下は呆然とつぶやいた。
「りあも、にこも、またがんばる。どうちようもないことは、どうちようもない!」
「どうしようもないことは、どうしようもない」
ランバート殿下の隣で、私も複雑な心を持て余していた。大人に、王子殿下に説教をするリア。笑い出したいような、少し切ないような、そしてなによりリアを抱きしめたいような気持ちだ。
「なんてかわいらしいんでしょうか、リアは」
小さい声が隣のルークから漏れたが、その通りだ。
「そして、自由なんだよな、リア」
「あい、ありしゅた」
リアはアリスターにしっかりと頷いた。
「俺はリアに言われたこと、忘れてない。四侯であること、力があることは仕方がない。でも、好きにしていい。自由だって」
「あい。こころは、じゆう」
アリスターはニコ殿下の前にかがみこんだ。
「王子はさ、四侯より力があって、四侯よりやるべきことが多くて、大変だよな」
「おうぞくはたみをまもるためにいる。そのためのちからだ」
「偉いな、ニコ殿下」
アリスターはニコ殿下の頭をくしゃくしゃっとかき回した。
「その力は、閉じこもっていい子にしていたら身につくのか」
「わからない。だが、いいこにしていないとまたみんなにめいわくをかける」
ニコ殿下はまたうつむいた。
「違うぞ。ニコ殿下はさ、リアと一緒に魔力の訓練しているだろ。あれは何のためだ?」
「まりょくをあつかうちからをつけるためだ」
「だろ。いいか、力は自分で努力しないと身に付かない。そして、その力は心が自由じゃないと身に付かない。自分を閉じこめていてはだめだ」
「じゆうにはしりまわっていいのか」
「いい」
アリスターは言い切った。それを見てリアも大きく頷いた。
「りあもにこも、じゆうにはちっていい。おとなのこと、きにちなくていい。おとなはおとなで、がんばれ!」
「そんなにそっくりかえったら、うしろにたおれてしまうぞ」
「たおれたら、にこがおこちて。しょれでいい」
「それでいいのか」
「あい」
この賢い子どもたちのやり取りがどのくらいランバート殿下の胸に響いたのかはわからない。しかし、少なくとも少し憂いの晴れた顔をしていたように思う。
私は軽く咳払いをして一歩前に出た。
「ニコラス殿下も、ランバート殿下も、一応我が国の王子殿下なので。リアもアリスターも、もう少し口を慎むように」
「あい!」
「はい!」
「うむ」
これでいいだろう。
「くく、はははっ!」
さっきまで憂いに満ちていたはずのランバート殿下がいきなり笑い出したので、私も周りの者も皆驚いた。
「オールバンス、今まで、一番王族に失礼だったあなたが、くくっ、子どもたちに礼儀を説くとは、はははっ」
「そこですか。別に失礼など働いておりませんよ。興味がなかっただけのことです」
「ははっ、ははは」
まあ、元気になったのならリアが転んだかいがあるというものだろう。
「さて、リアがお待ちかねのアリスターもいるぞ」
「あっ! ありしゅた。いた!」
「今話してただろう。全くリアは」
アリスターはぶつぶつと文句を言うとリアを抱き上げて高く掲げた。
「おや、ニコラス殿下はどうしました?」
さっそく丁寧な口調になっていて偉いものだ。
「うむ。つぎはわたしのばんなのでならんでいる」
「そうか。ではほーら!」
アリスターに高く抱えられて、そのままギルに手渡されて、ニコラス殿下の顔に笑顔が戻った。少しずつ日常が戻ってくるといい。