作品タイトル不明
ヒューと私の仲
ニコが心配でアリスターのことをすっかり忘れていた私だが、いったん顔を合わせれば、あっという間にウェスターで遊んでもらっていた頃に戻ったようだった。決してニコと遊ぶのに夢中で忘れていたわけではない。
とはいっても、こうして本当に遊ぶのが目的で遊んだことは、ウェスターではあまりなかったかもしれない。
皆はハンター以外にも昼にもちゃんと仕事があったし、それはアリスターも同じで、常に自立を目指して前を向いていた。だから、こうやって私やニコと心ゆくまで遊べるということは、ウェスターで充実した暮らしができていることだと思うのだ。私は一人頷いた。
「またなにか勝手に納得しているな?」
「ありしゅたがげんきで、うれちい」
「そっか。ありがとな」
ニコニコと私の頭をなでるアリスターの向こうから、アルバート殿下と、アルバート殿下によく似た背格好の誰かが並んで歩いてきた。ちょっとひねくれた顔つきの懐かしい人だ。
「おじうえ!」
「ひゅー!」
ニコが駆け出したので、私も走り出す。ちょっと出遅れたし、なんなら差がついてしまったが、それは運動神経ではなくて、きっと相手に対する愛情の多さによるものだと思う。
ヒューは少しだけ表情を和らげると、走ってくる私を膝をついて受け止めた。
「なんということか! リアがもうよちよちしていないだなどと、想像もつかなかった!」
ヒューはぎこちなく私を抱きしめ、耳元には感動した声が聞こえているが、一応言っておかなければなるまい。
「りあ、もともとよちよちちてない」
「ああ、そうだな。すたすたと歩いていたんだったよな。それにしても大きく……なっていないな?」
抱えた私からそっと体を離したヒューの言葉がこれだ。
「おーおーきーくなーりーまーちーた。ひゅーもしちゅれいなままでしゅ」
「ああ言えばこう言う。確かにリーリアだ」
ヒューは私の頭に手を伸ばそうとしてためらった。
「そういえば私はリアとはこのような関係ではなかった気がする」
「いま、だっこちたでしょ」
今更である。
「それもそうか。ウェスターの者は誰も見ていないしな」
やっと頭をなでたが、アリスターが見ていると思う。それに見ていたらなんだというのだ。しがらみにとらわれた大人は面倒なものだ。私はやれやれと肩をすくめた。
「ヒュー、ニコやおとうしゃまとは?」
「もう挨拶は済ませてある。ニコラス殿下はしっかりしたお子だな」
「そうでしゅ」
「なぜリーリアが胸を張るのだ」
なぜ私が胸を張るかって?
「ともだちだから」
「うむ。わたしもリアのことはほこりにおもっているぞ」
「あい!」
なにせ今回の騒動で頑張った二人なのだから。しかも私は礼儀正しい子だ。改めてヒューに向かって丁寧に礼をした。
「ひゅー、おとうしゃまにちゅいててくれて、ありがと」
「うむ。だがリーリアのためというわけではない。ウェスターの王族として当然の義務を果たしたまでだ。なんだアリスター。何をニヤニヤしている」
いつものヒューだなと思って眺めていたら、ヒューはアリスターのほうを見て少し挙動不審である。
「自分が世話をしたリーリアの身内だからって気合入れてたじゃん」
「気合など入れてはいない。私はウェスターの王族として、世の治安を乱す輩とは到底相容れることはできぬから参戦したのであって」
「はいはい。都合が悪くなると途端に王族モードだよな、ヒューはさ」
「ぐっ」
アリスターに言い負かされているヒューを見るのは新鮮である。というか、ヒューに親しい態度を取るアリスターが新鮮である。ウェスターでどのように暮らしているのか、いつか見に行かないといけない。セバスともそう約束したのだから。
セバスで思い出した。レミントン。レミントンと言えば。
「くりしゅは?」
フェリシアが忙しいから連れてこられないかもしれない。でも、クリスだってお城に来て皆と過ごしたいはずだ。私が呼ばれたのだから、クリスも呼ばれてもいいと思うのだが。
しかし帰って来たのは何とも気まずい沈黙であった。
「私どもウェスターの者が席を外したほうがいいのならそうしますが」
「いや、ヒューバート殿、その必要はありません」
ランおじさまが、遠慮するヒューを止めた。私はじっとランおじさまを見つめた。もしクリスに何かあったら、お父様がまず私に話しているはずだ。だから、きっとたいしたことはないのだと思いたい。
ランおじさまは、しゃがみこんで私の目を見つめた。
「リア、よく聞いておくれ」
「あい」
おじさまは大きく息を吐くと、話し始めた。
「レミントンがキングダムを出てイースターに行ったのは知っているね」
「あい。くりしゅとふぇりちあ、のこった」
「そうだ。四侯がそんなことをしたことはない。そして四侯を裁くこともできない。だからレミントンは、キングダムに二度と入れないことで始末をつけた。だが、そこにイースターの暴挙だ」
まったくひどい目に遭ったものだ。
「もはや四侯だからレミントンは裁けないとは言えない状況になった。わかるだろうか」
責任がないどころか、おそらく城の内部の詳細を知らせたのはレミントンだろう。というか、アンジェリーク・レミントンその人しかいない。
「煉獄島を復活させるかという話もあった」
「殿下。煉獄島の話は」
お父様が口を挟んだ。ウェスターに聞かせていいのかということだろう。煉獄島そのものに行き、虚族を見た私に気を使っても仕方がない。
「よい。虚族が生活の一部になっている国に対して、取り繕っても仕方のないことだ」
夜外に出れば虚族に出会い、命を失う。辺境はそういうところである。
「レミントンそのものをなくしてしまうという案も出た。しかし、王家にしても四侯にしても、このまま安定して魔力の大きいものを輩出するとは限らない。その中で一侯を無くしてしまうのは何とも惜しい。だから」
だから?
「まだ話し合いの結果が出ていないんだよ。そのためフェリシアとクリスの処遇も定まっていない。リスバーン預かりで、今のところほぼ幽閉状態にある」
「しょんな」
それこそ子どもには聞かせないでほしい情報だった。クリスは状況が落ち着くまで来られないというだけでよかったではないか。
「悲しい顔をするな。そなたにはちゃんと話しておいたほうがいいと思った。それに、フェリシアとクリスについては悪い結果にはならないだろう」
ランおじさまは、フェリシアとクリスについてはと言った。幼児はその先は考えるべきではない。私は両手を体の横でギュッと握って、何も気づかなかったふりをした。
「ギルも俺たちも屋敷では相手してるから、寂しい思いはしていないぞ」
「あい。ありがと、ありしゅた」
それぞれの家族でお昼へと向かう中、アリスターがそっと教えてくれた。リスバーンはそういうお家だ。私は感謝して前を向いた。きっとすぐに会える日が来る。