軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

べー

ウェスターから正式に派遣された援軍のうち、特に四侯であるお父様の護衛に付いたということで、バートたちも本来なら城に招かれ、祝賀のパーティに参加するとかそういう行事があるのだそうだ。だが、戦争は一応の終結を見たとはいえ、またイースターの混乱もおさまってはいないうちに、そういう華やかな行事はまだ早いと判断されたらしい。

「パーティに出るとかごめんだよ。それなら自由に王都を歩かせてもらったほうがいい」

バートが内緒だぞという顔で教えてくれた。

「だから城には一緒にいけねえが、帰ってきてから時々会えるからそれでいいだろ」

「あい。おちろには、ありしゅたもくりゅから、へいき」

「だなあ。城にはヒュー殿下もいるようだから、会えるんじゃねえか?」

「ひゅー! わしゅれてた」

アリスターたちは親戚だからリスバーンのもとにいるが、ヒュー殿下は王族だから、城で正式にもてなされているのだ。

「忘れてちゃダメだろ。あれでもリアのこと心配してたんだからさ」

「あい」

ヒューの態度はわかりにくいが、確かに気にかけてくれていたと思う。だからもしかしたら、お城でヒューにも会えるかもしれない私は、城に行く竜車の中でやっぱり浮かれていた。

「ふふーん、ふんふん」

「キーエ」

竜も楽しそうだ。しかも今日は兄さまも一緒にいる。

「にこ、げんきかな」

「そうだなあ。おそらくだが、ウェスターから帰って来たばかりの頃のリアのようではないのかと思うのだよ」

「りあとおなじ」

あの頃はただ皆に心配をかけまいと、一生懸命にいい子にしていたのだった。

「にこ、わがまま、がまんちてる」

「リア。やっぱりそうだったのだな」

しまった、誘導尋問だったか。そう思ってお父様の顔を見るとそんな訳もなく、ただ私への愛しさが浮かんでいるだけだった。

「なにがわがままかも、わかりゃないの」

大事にされて守られているのに、どうしたらいいかただひたすら途方に暮れた日々だったと思う。でもニコの側にはお父様であるランおじさまもお母様も、アル殿下だっているだろうに。

「殿下方もいそがしいからな」

お父様も忙しいが、戦争で王族が忙しくないわけがないのだ。浮かれていられない気持ちになった私は竜車が王子宮に向かうのをじりじりと待った。

そして竜車が止まった途端、ドアを開けて飛び降りた。正確にはそれを察知した兄さまに素早く抱え降ろされた。

「にこ!」

「リア。ひさしいな」

いつもはふんぞり返っているニコが、笑顔を受かべているとはいえ、庭に静かにたたずんでいる。いつもより護衛の数も多く、後ろにランおじさままでいる。いつもいたずらな笑みを浮かべているランおじさまの顔には心配そうな表情が浮かんでいた。

これは確かにおかしい。ニコもいつもならこちらに走ってきてもおかしくないはずなのに静かに待っているなんて。だがそっちが来ないなら、私が行くまで。

私は猛然と走り始めた。

「あっ」

そして見事に転んだ。ずざざっと音がするほどに。兄さまがすぐ駆け付けて来た気配がしたが、私が助け起こされるのを嫌がることを知っているのですぐ後ろで止まってたたずんでいる。でも、ニコは来ない。いつだって心配して手を差し伸べてくれる子なのに。

「にこっ!」

来ない。私は転がったままグイッと顔を起こした。もしかしたら草の切れ端がついていたかもしれないが、かまうものか。ニコは私のことが心配でその場で手を伸ばしているが、動いていいものかどうか迷ってためらっていた。いつもなら迷うことなく助けに来てくれたではないか。

「にこっ! はちれ!」

私の声にニコの周りの人たちが思わず息を飲むと同時に、ニコが弾かれたように走り始めた。私もなんとか起き上がって座り込んだ。

私にぶつかるように滑り込んできたニコは、すぐさまハンカチを取り出すと私の頬に付いた泥をぬぐった。

「リアはまだはしれないのだから、むりをしてはいけない」

「はちれましゅ。にこがこないから、わりゅい」

「すまなかった」

「にこがこないから、ころんだ」

そんな訳はないのだが、まじめなニコの顔を見ていたら、なんだか涙が出てきた。

「にこが、わあー!」

「リア」

急に泣き出した私の体に、ニコが恐る恐る手を回した。

「にこ、わりゅくない」

「さっきわるいといったではないか」

「にこ、わりゅくない! がんばった! おりこうだった!」

「リア」

ニコの回した手がぎゅっと強くなった。悪くないも、頑張ったも、今のことではない。二人で乗り越えた、あの事件のことだ。

「わたしがもうすこししんちょうにこうどうしていたら。わたしがもうすこしつよかったら。あんなことにはならなかったかもしれぬ」

「ちがう! にこ、わりゅくない!」

やっぱり自分が悪かったかもしれないと思っていたのだ。自分がもっとちゃんと動けば、周りに迷惑をかけなかったかもしれないと悩んでいたに違いない。

「りあとにこが、がんばったから、みんなたしゅかった。りあもにこも、えりゃい!」

「だが」

私はニコの頬を両手でぎゅっと挟んだ。

「にこ、わりゅくない。しゅぐにたしゅけなかった、みんながだめ」

「だめなどといってはならぬ」

こんな時でも真面目だ。私は立ち上がるとニコの手を引いて立ち上がらせた。私は前面が泥だらけだが、かまうものか。そのまま皆から離れて、庭のほうに走り始めた。護衛が付いてこようとする。

「こないで!」

私の声に、ランおじさまが護衛を止めた。

「ばか! よわむち! べー!」

幼児に思いつく限りの悪口を叫ぶと、ニコを連れていつも木登りをするほうへと走って逃げた。誰も付いてこない。

「リアはぞんがいくちがわるいな」

「たまには、いいものでしゅ」

「そうか」

隣を見ると、ニコがいくらかさわやかな顔をしている。

「にこ、わりゅくない」

「わるくないか」

「あい。こども、しゅきにちていい」

「おうじでもか」

「あい。もちろんでしゅ。りあもしゅきにしゅる」

私は自分の立場を思い出しながら口にした。

「こうしゃく、れいじょうでも」

「そうか、こうしゃくれいじょうがべーといってもいいのか」

「ちょっとだめかも」

「ははっ」

やっとニコが笑った。

「ははうえをなかせないように、ちちうえをしんぱいさせないようにしていたら、ここが」

ニコはおなかをさすさすした。

「ちがう。もっとうえ」

「ここか」

「そう。こころのあるところ」

「ここが、くるしくなる」

心配をかけまいと息苦しい生活になっていたのだ。よくわかる。だが、そんな生活が子どもにいいわけがない。

「なかしぇていい。ちんぱいしゃしぇていい。それ、おとなのちごと」

「しんぱいすることがか」

「あい。おとな、じぶんでなんとかしゅる」

私は手入れされていてなかなか危険物の落ちていない庭で、それでもいい感じの草の枯れ枝を二つ見つけた。

「これで、やちゅあたりしゅりゅ」

「やつあたり?」

「ふりまわして、たたく。えいっ! えいっ!」

「『え』をやっつけたみたいにか」

ニコと会ったころの思い出だ。懐かしい。

「そうでしゅ。さいらしゅ、やちゅける。えい!」

「えい! やあっ!」

「こわかった! はやく、たしゅけてほちかった! えい!」

「こわかったな! とうっ!」

最後には剣まで向けられたのだから。それに、

「かたいぱん、おいちくなかった!」

「とうっ!」

「べっどのちた、くるちかった!」

「えいっ!」

本当に大変だったのだ。もっとも既にニコは棒を振り回すことに夢中であるが。

「よしリア、あっちのきまでかけっこだ!」

「よち!」

「ああ、ずるいぞ、さきにいくとは!」

足が遅いのだから先に行かないと負けてしまうではないか。

その日の午前中は、アリスターが来ていたことにも気づかず、私たちは疲れて声が枯れるまで遊び倒したのだった。