軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

お母様たくさん

フェリシアの声に熱がこもった。

「私のしたいことは一つです。イースターの民も、キングダムの民のことも大切ですが、それでも私の大切なことはたった一つ。クリスが幸せでいられること。それだけです」

四侯の当主である以上、フェリシアは、自分自身についてはまず義務感が先に立ち、幸せなど考えられないのだろうと思う。

「クリスはお母様もお父様も大好きです。そんなクリスを母親から引き離すほうが非道ではないかとも考えました。それに、私たちがいなくなったらイースターでのお母様の立場がどうなるかと」

お父様とスタンおじさまが、私たちの頭越しに一瞬目を合わせたのが見えた。難しい立場になるのは確かだろう。

「それでも、ガラスのような瞳のクリスを見たくなかった。私のわがままです。そしてキングダムに戻ってくるとなったら、リアのことしか思い浮かばなくて」

私はフェリシアに一層ギュッとくっついた。

「ふぇりちあ、おかえりなしゃい」

「リア、私どうしたらよかったのかしら……」

「しょれでいい。だいじょうぶ」

しばし部屋には何とも言えない沈黙が落ちた。王族も四侯の大人も、そしてレミントンの親戚筋でさえ、フェリシアは頼ろうとは思わず、なんとか思いついたのが二歳児の私だったというのは確かに情けないことではある。

話し終えてほっとしたのか、フェリシアの瞼が今にも落ちそうだ。そこに、お父様がごほんと咳払いした。

「うちに来たからには、フェリシアもクリスも、オールバンスが責任を持って面倒を見る。フェリシア、先のことは案ずるな」

「ディーンおじさま、ありがとうございます」

「うむ。話はまたゆっくりすることにして、今はとにかく休もうか」

「はい」

フェリシアもメイドに連れられて、休む支度に入るようだ。私たちは場所を移動することにした。

応接間に落ち着くと、私もざっと話のあらましを聞かせてもらった。

フェリシアはお父様に密かに逃がしてもらうと、まっすぐに国境を目指したという。ちょうど国境際で様子をうかがっていたグレイセスに保護され、とにかく最低限の休みで、王都を目指した。グレイセスも何かが起こりそうで、しばらく国境際に待機していたというから素晴らしい。

ハンスがさすが俺の後継だなという顔をしているが、たぶんグレイセスが優秀なんだと思う。

「グレイセスの行軍は本当にぎりぎりだぞ。フェリシアはよく耐えられたな」

お父様が少し眉根を寄せてグレイセスのほうを見た。

「さすがに女性に閣下ほどの無理はさせません」

「やはりあの時は私を試したか」

「は、いえ。その……」

グレイセスが微妙に目をそらしている。二人に昔何かがあったのだろうか。

「とにかく、レミントンはこの間、自分が行きたくてイースターに行ったのだと主張していたな。だとしたら、フェリシアも自分の意志でキングダムにいる。何の問題もない」

モールゼイのおじさまがそう言い切った。モールゼイのおじさまは、融通は利かない分、四侯としての考え方がシンプルで、ある意味はっきりした指針となってよいと思う。お父様はそれに頷くと、顎に手を当て、これからのことを数えだした。

「住むところはうちでいいとして」

「それはどうかしら」

「だめでしゅ」

お父様に同時に口を挟んだジュリアおばさまと私は、思わず顔を見合わせた。そして二人で力強く頷いた。あまりお話したことはないけれど、ギルのお母様だもの、いい人に決まっている。

「ジュリアはともかく、リアはどうして駄目なんだ。父様を独り占めしたいのはわかるが、クリスのことを考えたら、リアこそうちにいてほしいと言うと思ったのに」

お父様はこれである。私はやれやれと肩をすくめた。

「おとうしゃま、りあ、くりしゅもふぇりちあもだいしゅき」

「そうだろう」

「でも、おとうしゃま、ちがう。おとうしゃま、りあとにいしゃまがだいしゅき」

「もちろんだとも」

お父様はそれがどう問題なのかという顔をした。

「ばかね、ディーン。本当にわかっていないんだから」

「ジュリア、君は何を言い出す」

お父様が驚いてジュリアおばさまを見た。

「リアはね、お母様とお父様のいないクリスが、あなたに、お父様に大事にされているリアを見たらつらいだろうと言っているのよ」

「そうなのか、リア」

「あい。そうでしゅ」

さすがジュリアおばさまだ。わかっている。

「ディーンがクリスをリアと同じように大事にできるなら、ここに預けてもいいの。でも無理でしょ」

「……考えられない」

正直なところ、お父様にはレベルの高い課題である。

「その点、うちなら、ギルだけだし、ギルは今は寮暮らしだし。もう甘えるような年でもないから、私もスタンもちゃんとクリスをかわいがれるわ。フェリシアにも、女親の代わりになる人が必要だと思うの」

「そ、そういうものか」

お父様があたふたしているが、うちで引き取ると言っただけでもお父様は十分進歩していると思う。私はそれを誇らしいと思うのだ。

「ディーン、俺もジュリアの言う通りにしたほうがいいと思う。クリスとフェリシアはうちが家族として面倒を見よう。やがてレミントンとして独立させるかどうかは、もっと時間がたってから皆で考えればいい」

「りあのとこ、いっぱい、とまりにきて?」

本当はクリスと一緒にいたいけれど、このほうがいい。

「ああ、リア。連れてくるよ。ギルが拗ねるから、ギルも一緒でいいかい?」

「もちろんでしゅ!」

「またきたのですか」と言いながら兄さまが喜ぶ。私だって嬉しい。もちろん、マークが来てもいい。私は静かにしているマークにもっともらしく頷いた。

「私も仲間に入れてくれて嬉しいよ」

情けなさそうだけど、嬉しそうでもある。

次の日、フェリシアとクリスが落ち着いた頃、ジュリアおばさまとスタンおじさまがやってきて、お父様と私も交えてみんなでお話をした。クリスには、イースターには当分戻らないこと、父や母と離れ離れであることもきちんと話した。

クリスは、離れ離れになったことをちゃんとわかっていたようで、素直に頷いた。

「クリス、あなたはリアと一緒がいいと思うけれど、オールバンスはディーンしかいなくて、女の子のお世話は行き届かないと思うの。うちなら、私がずっと一緒にいられるから、クリスとフェリシアにはうちに、リスバーンに来てほしいと思っているの」

ジュリアおばさまが、まじめな顔でしっかりと話しかけた。

「クリスのお母様はイースターにいるけれど、キングダムでのお母様は私と思ってくれていいのよ」

とも。クリスはフェリシアを見て、フェリシアがそうしましょうとにっこりしたのを見て、頷いた。でも、お母様にならなくてもいいのと首を横に振った。

「ジュリアおばさま。わたしには、はなれていても、お母さまがいるからもういいの。キングダムにもお母さまがいたら、お母さまがふたりになっちゃう」

「ふたりいてもいいでしゅよ。にいしゃまにもふたりいましゅ」

クレアお母さまと、ダイアナおばさまと。二倍でいいのではないか。

「リアにはひとりもいないのよ。わたしだけふたりもお母さまがいるのは、ぜいたくだもの」

「くりしゅ……」

そんなふうに思っていたとは思わなくて、私はちょっと当惑した。私には珍しいことだ。

さて、私はお母様がいなくてかわいそうなのか。周りの人が驚いて、何も言えないでいる間に、私は腕を組んでふむと考えた。もちろん、腕はしっかり組めている。

寂しいことは寂しかったが、生き抜くことで精一杯で、あまりお母様については深く考えてこなかった気がする。そうだ。私は組んでいた腕を外して、ポンと胸を叩いた。

「りあのくれあおかあしゃま、ここにいましゅ。だからおかあしゃま、ひとりいりゅ」

リア、と小さいお父様の声がした。お母様は心にいるということにしよう。

「しょれから、じゅりあおばしゃまも、りあのおかあしゃまにしゅる。これでふたりめ」

「そんなかってにお母さまをふやしていいの?」

「いいのよ。リア、クリス、いらっしゃい」

私はクリスの手を引っ張って迷わずジュリアおばさまのところに行った。好きな人に抱っこしてもらうのに迷う必要はない。たとえ、本当はお母さまではなくても。ジュリアおばさまは、私たちをギュッと抱きしめてくれた。

「おかあしゃま、なんにんできるかな」

「とりあえず二人でいいんじゃないかしら」

ジュリアおばさまが微妙な声で返事をしたので、部屋には笑いが満ちた。

この先きっと、クリスはお母様が恋しくなるだろう。それでも、そんな時、少しでも周りが支えられるといいと思った。