作品タイトル不明
何かがおかしい
うちに滞在して疲れを取ったフェリシアとクリスは、少し明るい顔になって、数日後にリスバーン家に移動していった。
「別にうちに来たってよかったんだよね。息子の私が言うことでもないかと思って黙ってたんだけどさ。父も母もけっこう子ども好きだし」
その次の週、城での私たちの勉強会に交じっているマークが、ぶつぶつ文句を言っている。自分でも言っているが、あの時そう言えばよかったと思うのだが。
それを聞いて、実際フェリシアとクリスと屋敷にいるギルが、少し困ったような顔をしてこう言った。
「マークのところはどうだろう。俺のところは、祖父の関係で小さい子の面倒を見ることがよくあったから、屋敷の者はみんな子どもには慣れてますからね」
「確かにうちは、子どもと言えば私しかいなかったけどね。妹だよ、妹。ちょっとくらい兄という気分を味わってみたいじゃないか」
私もニコもあきれた目でマークを見てしまった。結局はフェリシアやクリスのためと言っておきながら、自分が兄さまと呼ばれたいだけなのだ。だって、現在、
「ギル兄さま」
「なんだい、クリス」
これだからだ。クリスは、フェリシアの他にもかまってくれる人ができて、とても嬉しそうである。もちろん、寂しい時もたくさんあるはずだが、少なくとも城に来るときはそんな様子はない。
私にも兄さまがいるし、兄さまは要は私がいればそれでいいというお父様と同じ属性の人なので、別にクリスがどこにいようが誰を兄さまと呼ぼうが気にしない。ニコには兄様はいないけれど、アルバート殿下がいるし、遠慮するということもないので皆にかわいがってもらっていて不満はない。そうなると、マークだけがなんだかつまらないという、そういうわけなのだ。
「確かにマークなら妹二人でしょうけど、俺の場合は違いますからね」
ギルが少し声を潜めているが、聞こえている。
「まあ、ギル。姉では不満だとでもいうの?」
「不満ではないよ。でもフェリシアはたった一つ上なだけだろ。たいして年上でもないじゃないか」
「一つでも年上は年上よ」
ふふんと心持ち胸をそらしているフェリシアは、やっぱりクリスのお姉様だなあと思う。
フェリシアもクリスもいわばリスバーンの居候というわけだが、ギルとのやり取りを見ていると、委縮している様子は感じられないので、のびのびと暮らしているのではないかと思う。さすがジュリアおばさまとスタンおじさまだ。
「妹とはいいものでしょう」
フェリシアたちが離れた瞬間に、兄さまがギルにそう言っている。ちょっと先輩面なのが笑える。妹自慢を妹が聞いても微妙な気持ちになるだけである。私はクリスたちを追いかけてその場を去ることにした。
「……いいものだな。クリスはリアと違って、ちょっとわがままで生意気なところがあるんだが、そのクリスが兄さま兄さまと言って寄ってくるのがまたなんとも」
その後も何か盛り上がっていたが、私は離れていたので聞こえなかった。うん。
レミントンの事件があっていっそう、私たち四侯の子どもたちの仲は深まったように思うが、大人たちはまた事情が違う。
仲が悪くなったということではない。しかし、レミントンが抜けたことによる穴を、まだ16歳のフェリシアが担うことはできない。魔石に魔力は入れられるだろうが、正式には18歳からということになるので、今フェリシアは勉強する以外の何もできていない状況だ。
ちなみに、レミントンの分の魔石は、フェリシアが訓練で魔力を充填するとき以外は、王族の誰かが交代でやっているとのことだ。現国王の他に、ランバート殿下もアルバート殿下もいる。おそらく、あと二侯が抜けても実質困りはしないのではというくらい、今の王家は魔力持ちが充実しているのだ。
もっとも、レミントンの魔石以外の仕事は、四侯が手分けして行っている。
イースターもイースターにいるレミントンも、今回の件について沈黙を保ってはいるが、国交はぎくしゃくしたままである。
つまり、お父様たちは、マークも駆り出されるくらいとても忙しいのである。
モールゼイは内政だから、王都の仕事だけしていればいいということではなくなってしまった。
「おとうしゃま、またうぇしゅたーにいくの?」
四侯は辺境には出られないので、実際には、ウェスターの王族と国境近くの町で話し合いとなる。
「そうなんだ。ちょっと今回は本当に気にかかることがあってな。事情によっては、ヒューバート殿下やリスバーンのハンターたちが王都に来ることになるかもしれない」
「ひゅーとありしゅたが?」
「もちろん、すぐにではないが。それにしても、辺境の王族がひょいひょい来るようになるとは、時代というのは変化するものだな」
「ひゅーはきてもいい」
イースターの王子は来なくてよろしい。
「リアもなかなか厳しいな。今回は同時に、スタンもファーランド方面に行く。こうなってくると、フェリシアとクリスがリスバーンに預けられることになったのは本当によかった。少なくともあそこにはジュリアがいるからな。それに屋敷に人も多い」
「あい」
「リアが賢明だったな。さすが私のかわいいリアだ」
かわいいことと賢明なことと、お父様のリアであることは全く関係がないと思う。しかし、お父様が嬉しそうに私を抱っこするものだから、まあどうでもいいような気もした。
「今回はモールゼイも王都から竜車で一日ほどの町に視察に出かける予定だ。ハロルドはほとんど王都から出たことがないから心配だが、さすがにマークは代理として行かせるにはまだ頼りないからな」
ほとんど他人に興味がないお父様が、ハロルドおじさまのことを心配だと言った。それに、スタンおじさまがいない時のフェリシアとクリスのことも気にかけている。
私が生まれて二年少し、お父様は確かに変わったと思う。
「おとうしゃま、いいこ」
「おお、リアがなでてくれるのか。父様は大人だが、不思議なことに、いい子と言われても嫌な気はしないな」
こうしてお父様は旅立ち、私はお父様のいない城通いが始まった。
「おじうえもリスバーンといっしょに、きたのちにたびだってしまった。おうとのじょうきょうがおちつかぬゆえ、こたびははやくかえるといっていたが、つまらぬな」
「きょうはまーくもくりしゅもいましぇん」
久しぶりに、二人きりなのである。二人でぶつぶつ言いながら図書室でオッズ先生を待っていたら、珍しくライナスがやって来た。
「珍しくオッズは遅刻です。来ないという連絡はないので、いずれ来るとは思うのですが」
「ほんとか!」
ニコの声にほんの少し喜びが混じってしまったのは仕方ないだろう。お休みだと嬉しく思われてしまうのは、先生の宿命である。
「リーリア様、どういたしますか。閣下もいらっしゃらないことですし、オッズがいつ来るのかわからないのであれば、今日はもうお帰りになってもよいとは思いますが」
「だめだ」
ニコがすかさず止めた。
「きょうはにことしじゅかにあしょびましゅ」
「それがよい」
ライナスは顎に手を当てて私とニコを代わる代わる見た。
「まあ、たまにはそういう日があってもいいでしょう」
「よし! そとにいくぞ!」
「おー!」
私たちはライナスのそばをさっとすり抜けて外に飛び出した。
「ちっとも静かではないではありませんか」
ライナスのあきれた声を背に聞きながら。
だが、私たちは階段を降り、外に出る前に立ち止まった。なんだかいつもと違う感じがした。
「なんだ。そとがさわがしいぞ」
「まどから。まどからみてみましゅ」
「よし」
私たちは、そのまま外に続く大きな窓のところからそっと外を覗いてみた。
「らぐりゅうがいっぱい」
まるでウェスターで見た牧場のようにたくさん竜がいた。
「まて、リア。りゅうだけではない」
正確には、竜に乗った兵士がたくさんいた。何かがおかしい。私とニコは、どうしていいかわからず、窓から外をのぞいたまま、その場に立ち尽くしていたのだった。