作品タイトル不明
どの国の民のため
おいしいねと言いながら食事を済ませたころには、クリスはやはり疲れていたのか寝てしまった。
寝るのは私の役割かと思っていたが、たまには譲ってもいいだろう。
テーブルを片付け、お茶が用意された頃、ノックの音がして、スタンおじさまとジュリアおばさま、そしてモールゼイの二人がやってきた。これでこの部屋には四侯の血筋すべてがそろったことになる。
「にいしゃまとぎるは?」
「あの二人まで呼んでしまうと騒ぎが大きくなる。二人は後回しだ」
気になった私にお父様が答えてくれた。
「フェリシア!」
ジュリアおばさまは、さっそくフェリシアの隣に座って、安心させるようにフェリシアを引き寄せた。ちなみに、クリスが寝てしまったので、フェリシアの反対側には私がくっついている。
フェリシアは、ジュリアおばさまに抱き寄せられると、一瞬体を固くしたが、隣で私もギュッと体を寄せるとやっと力を抜いた。
こんな風に体を固くする人を私は知っていた。兄さまである。人と体を触れ合ったり、抱き合ったりするのに慣れていないと体がこわばってしまうのだ。
私が幼い頃、私たちが本当の意味での家族ではなかった頃のことが思い出される。愛情など示さないのが当たり前、そういう家もあるのだ。
一応、四侯同士でお付き合いはあるので、ジュリアおばさまはフェリシアにとってはまだましな大人なのである。
「それでは、フェリシア、疲れているのはわかるが、そろそろ事情を聞かせてもらってもいいだろうか」
「はい」
お父様の声に、フェリシアは静かに頷いた。
「キングダムを出ると聞かされたのは、国境近くの町に家族で遊びに行った時でした。何かが計画されているとは思ってはいましたが、まさかお母さまがそんなことを考えているとは思わず、私はもちろん大反対しました」
「やはりアンジェか……」
お父様の言葉は、部屋の全員の思いを代弁していたと思う。ジュリアおばさまが、念のためにという感じで確認した。
「その、イースターから脅されていたとかそういうことではなく?」
フェリシアは力なく首を横に振った。
「それはもう、楽しみでたまらないといった様子でした。キングダムの民のことをどう考えるのだとお話しましたが、そんなことはお母さまもとっくに考え抜いて計画し、決断していたのだと思います。私が何を言っても揺らぐことはありませんでした」
フェリシアは16歳である。何を言っても、まだ親元で行動するしかない年頃だ。誰もフェリシアを責める人などいなかった。
「私は、それなら自分はキングダムに残ると言いました。お母様が辺境の民のことも考えたいというのならば、私は四侯の跡継ぎとしてキングダムの民のことを考えたいと言ったのです。お母様が誰のために生きるか自分で決めたいなら、私だってそうしていいはずです」
「なんて重い選択をこの子に背負わせるのかしら、アンジェは」
ジュリアおばさまの手は、支えるようにフェリシアの腰に回ったままだった。
「でもお母さまは、そうしたければそうすればいい、ただしクリスは一緒に連れて行くからと。クリスは、イースターに引っ越しすればお母様は忙しくなくなるから、一緒に遊べるわよと言われて大喜びでした。当たり前のことです。子どもは母親について行くもの。でも私はクリスだけをお母様のもとに残す気にはなれず、結局イースターについて行くことになってしまいました」
「くりしゅ、おかあしゃまといっしょ、よかった」
私はフェリシアの決断を褒めてあげたいと思った。でも、フェリシアは、首を横に振って両手を膝の上で握りしめた。
「城で私やクリスとお昼を一緒に食べるのでさえ面倒と思う人です。時間があるからと言って、私たちのために時間を割いてなどくれるわけがなかったのです」
そうかもしれないとは思っていた。もし、私が赤ちゃんの頃、たまたま兄さまとお父様と絆を結び直すことがなかったら、お父様だって似たようなものだったと思うから。
「同年代との交流と称して、私とクリスのもとには常に客がやってきていました。クリスも前よりだいぶ人慣れしたとはいえ、遊ぶはずの友だちの顔ぶれがしょっちゅう変わるのでは混乱してしまいます。ましてや5、6歳の貴族など、大なり小なりわがままな子ばかり。私も自分の客の相手でクリスのことまで気が回せず、クリスは次第に疲れて表情がなくなっていったのです……。もちろんお母様との時間などこれっぽっちも増えませんでした」
部屋の誰も何も言うことができなかった。
「そしてクリスの6歳の誕生日。せっかくだから盛大にやりましょうとお母様が言い出して、客を招いてのパーティが行われました。『なんて静かで上品な子だ』と褒められて、お母様は鼻高々だった。やっぱりイースターにクリスを連れてきたのは正解だったわ、なんて。ねえ、リア」
「あい」
「おかしいでしょ。生き生きしてやんちゃで元気なクリスが、ガラスのような瞳をして、静かに座って挨拶を受けているだけなのよ」
「おかちいでしゅ。くりしゅ、げんき」
「そうよね。今思えば、魔力の調整ができていなかったのだということがわかるけれど。もう駄目だと思ったの。このままでは、私たちは」
突然環境が変わってどうしていいかわからないクリスと、忙しすぎてどうしようもないフェリシア。
「しかし、子どもだけで逃げ出すのは無理がある」
「お父様です」
お父様。レミントンの家の話ではほとんどで出てこない人だ。
「ブロードがやっと動いたか。何をやっているのかと思っていたが」
スタンおじさまがボソッとつぶやいた。ブロードというのがフェリシアとクリスのお父様の名前なのだろう。
「お父様は基本、お母様のすることに反対はしません。今回もお母様のしたいようにさせていました。けれど、誕生会の時のクリスを見て、これは駄目だと思ったそうです」
「愛情を注ぐのは何も母親でなくてはならないことはない。ブロードがそうしてもかまわなかったはずだ」
お父様はおそらく自分がそうしているから、クリスのお父様もそうするべきだと思ったのだろう。フェリシアは初めて少し笑った。どうしようもないという、あきらめのこもった笑いだった。
「お父様は、お母様のお相手をするのに精一杯なのですよ」
「アンジェ……」
「お父様は言いました。お母様も、小さい頃から自由などなく、せめて恋人であり夫である自分がしてやれることは、お母様を好きにさせてやることだけだったと」
あの自由なアンジェおばさまにも苦悩があったとは信じられないが。まあ、お気楽なマークでさえ、苦悩することもあるようだから、何かはあったのだろう。
「けれど、アンジェが自由にしたいのであれば、子どもである私やクリスも自由に行動していいはずだと。その行動を制限して縛っているアンジェは、自分が幼い時にされたくなかったことをお前たちにしてしまっているのだよと、悲しそうにそう言うと、お父様は私に聞いたのです。フェリシアはどうしたい、と」
聞くのが遅すぎると、私は思った。