作品タイトル不明
まず大事なこと
客室は本来、私の部屋のある棟とは階段を挟んで向こう側にあるのだが、おそらく警備の関係で、ギルなど親しい人が泊まりに来るこちらの棟の客室に連れてこられたようだった。
部屋の前にしっかり護衛が立っているので、私たちを先導していたジュードは、その護衛に声をかけた。
「リア様です」
護衛はいぶかしげにジュードを見ると、次にハンスとナタリーを見て、それから目を下にやってやっと私に気づいた。一目で全体を見られなければ、護衛として役に立たないのではないか。
「ちっかくでしゅ」
「失格だとよ」
「そ、そんな、リア様」
がっくりと来ているが、そんなことをして遊んでいる暇はない。護衛もすぐにしゃんとし、中に声をかけ、返事をもらいという手順をきちんと踏んで、私たちを部屋の中に入れてくれた。
「ごうかくでしゅ」
「ぎりぎり合格だ」
「ありがとうございます!」
間にたいして意味のないハンスの翻訳を挟みながら、客室に入っていく。さっと目を走らせると、ソファに疲れた顔のフェリシアが座り、隣にぼんやりしたクリスを座らせてその背中にギュッと手を回して引き寄せている。
まるでこの世界に味方などいないような顔をして。
部屋の隅には町の人のような格好のグレイセスが立ち、お父様と話をしており、部屋はそれなりに人が多くがやがやとざわついていた。
「ふぇりちあ。くりしゅ」
私が静かに声をかけると、フェリシアがはっと気がついて、立ち上がろうとした。が、クリスに手を回していたことに気づいて、またそっと腰を下ろした。
「リア!」
「リア?」
フェリシアの声に、ぼんやりしていたクリスの目の焦点が合っていく。
「あい。ふぇりちあ。くりしゅ。おかえりなしゃい」
フェリシアの目に見る見るうちに涙が盛り上がっていく。そんなか弱い人ではないのに。
私はフェリシアが乗り越えてきただろう困難を思い、切なくなった。しかし、とりあえずジュードに確認する。
「おちゃとごはんは」
「今用意させております」
「おふろは」
「それはまだでございました。ただいま」
「ねまきとべっどは」
「ご用意済みでございます」
「ごはん、おふろちて、しゅぐやしゅめるように」
「承知いたしました」
「しょれから、からのましぇきをしゅぐに」
ジュードは最後は黙って頭を下げると、すぐに指示を出し始めた。私は最後にグレイセスと話しているお父様に声をかけた。珍しく、私が入ってきても気が付きもしないお父様に。
「おとうしゃま」
「お、おお、リア。来てくれたか」
本当に気づいていなかったらしく、私を見てやっと表情が緩んだ。
「おとうしゃま、じゅりあおばしゃま、きてもらって」
「ジュリアだと? 今スタンには連絡を取ろうと思っていたが」
「じゅりあおばしゃま」
「わかった」
大人の女の人がいたほうがいいでしょう。私の提案にいぶかしげな顔を向けたお父様だが、すぐにそう動いてくれた。
ここまでを済ませると、私はソファのフェリシアとクリスのところまで走った。
「そんなに急いだら転んでしまうわ」
こんな時でも人の心配をするフェリシアにたどり着くと、その膝にギュっとしがみついた。フェリシアは右手でクリスを抱きしめ、左手で膝にしがみついている私の背中をゆっくりとなでた。
「りあ、私、逃げてきちゃったの」
「あい」
「悪い子かしら」
「いいこでしゅ」
その時、後ろからそっとジュードが声をかけた。
「リア様、魔石をお持ちしました」
私はがばっとフェリシアの膝から顔を起こした。
「あい! ありがと」
私は魔石を受け取ると、そのままぼんやりしているクリスに手渡して、外側から握らせた。
「くりしゅ」
「リア?」
「そうでしゅ。くりしゅ、いやなきもち、このましぇきにいれりゅ」
「ませき」
「いちゅも、おちろでやってた。ゆらゆらちて、うちゅしゅ」
クリスの手にわずかに力が入ると、魔石に魔力が移り始めるのがわかった。
「ふぇりちあ、くりしゅ、いちゅから、ちてない?」
「わからないの。ずっと忙しくて、一緒にいてやれなくて」
クリスが自分から魔石を要求して、魔力を入れるということはないだろう。クリスがぼんやりしていたのは、疲れているからもあるだろうが、魔力の量が増えて癇癪を起こす段階を通り過ぎてしまったからだ。
「じゅーど、もうひとちゅ」
「しかし」
「もうひとちゅでしゅ」
「……はい」
用意はしてあったのだろう。ジュードはもう一つ魔石を手渡してくれた。
私はクリスの手を開いて、色の濃くなった魔石を取ると、からの魔石を握らせた。
「リア?」
「くりしゅ、もうひとちゅ」
「でも」
クリスもだいぶ頭がすっきりしてきたようだ。
「りあ、しぇんしぇい。だいじょうぶ」
「まあ、リアったら。えらそうね」
普段のクリスが戻って来た。フェリシアの力が少し抜けたのがわかる。
「くりしゅ、できりゅ?」
「もちろんよ」
クリスはふふんという顔をすると、自分から魔石を手のひらに乗せ直して、魔石に魔力を移し始めた。合わせて二つ、魔石をいっぱいにする頃には、クリスの魔力はすっかりいつもの量に戻っていた。
「クリス!」
安心したようにギュッと抱きしめるフェリシアにクリスは反射的に抱き着くと、それでも私を見て、それから見知らぬ部屋にいることにやっと気づいたようだ。
私もフェリシアもいるせいか、怯えたりはしていないが、不審そうな表情になり、それから何かを思い出すかのように眉を寄せた。出会ったころのクリスならここで怒り出していただろう。
でも、クリスは怒らなかった。
「リア、ここはどこ?」
「りあのおうちでしゅ」
「リアのおうち。じゃあ、キングダムにもどってきたのね」
「あい」
そして自分で答えにたどり着いた。
「クリス、黙って連れ出してごめんなさい」
「姉さま。なかないで」
フェリシアはクリスを抱きしめて泣いている。私はフェリシアの膝をとんとんと叩いた。その時、ドアが開かれていい匂いが漂ってきた。
「リア様、軽食とお飲み物をお持ちしました」
「あい。ありがと。まじゅごはん。だいじ」
私はジュードと料理を運んできてくれたメイドに頷いた。
「ふぇりちあ。くりしゅ。たべりゅ」
「おいしそうね!」
クリスはちゃんとお腹がすいているようだ。一口サイズにあつらえられたサンドイッチや小さいお菓子がこれでもかと並べられ、温かいスープやお茶も用意されている。
食欲のなさそうだったフェリシアも、一口スープを飲んだら元気が出てきたようで、クリスが食べるのを手伝いながら、自分もちゃんと軽食を口に運んでいた。
食べられるようならまず大丈夫。事情を聞くより大事なことだ。私はまずはほっとした。
「ぐれいしぇしゅ、ごはんは?」
グレイセスは驚いたように私を見て、答える前にジュードを見た。
「部下の方たちには既に軽食をお出しし、休憩いただいていますよ」
「ありがとう。ですが」
「グレイセス。かまいません。たくさん用意してくださったもの。私たちだけでは食べきれないわ」
遠慮したグレイセスをフェリシアが食卓に誘った。
さて、落ち着いたところで事情を聞こうではないか。その前に。
「りあもたべりゅ」
「そう来ると思ったぜ」
お腹の準備も済ませないとね。