作品タイトル不明
今こそ出番
それからすぐにイースターの第三王子は国に戻ったので、私が顔を合わせる機会はなかった。
「リアに特別な関心を持っているようには見えたが、だからといってそのために誘拐までするようには見えなかった」
それが大人たちの共通した意見だ。私だって、私のことが好きだから、気になるから誘拐されたのだなどとはかけらも思っていない。あえて言うなら、ウェスターで私をさらうのに失敗したから、そのことで私は逆に一目置かれたのだろうと思っている。
結局は、私の親しい人たちが一層警戒を深めたというだけの結果に終わったように思う。
だが、その王子の背後にあるイースターの思惑については、大人にもっとちゃんと考えてほしい。そう思うのだが、それは幼児の仕事ではないような気がしたし、結局は私にできることは何もなかった。
日常を楽しく過ごし、家族を大切にする。そうして毎日を過ごしていく。それでいいのだ。
そうして私は前と変わらず昼はニコと一緒に、朝と夜はお父様と一緒に、お休みの日は兄さまと過ごしている。
しかし、ニコにとっては元気な遊び相手がいなくなったのは大問題らしい。私がお昼寝している間が暇なのだ。だからつい余計なこともしたくなる。
「にさいになったというのに、リアがひるねをするりょうはかわらぬなあ」
「しゅこしへったとおもいましゅ」
私はきちんと反論した。確かに、お昼ご飯の後、いつの間にか寝ているのは変わらない。しかし、起きてから遊ぶ量は増えているような気がする。
「リアがいっていることはもっともだ。だが、これをみよ」
ニコはなぜか得意そうな顔をして、何かが書かれた、少し大きめの紙を出してきた。なぜかオッズ先生も得意そうな顔でそれを見ている。
その紙には、横に日付、縦に時間の軸があるグラフが書いてあった。
私はちょっとうんざりした顔をしていたと思う。
「はじめはきたのりょうちからかえってきたときだな。あまりにもたいくつだったので、オッズせんせいが、とけいのよみかたをべんきょうしてはどうかというのだ」
「そうでしゅか」
たしかに、時計を読むのは賢い三歳児でも大変なことだ。おや、今は四歳だった。
「そこから、リアがねはじめるじかんと、おきたじかんをはかって、リアがかえったあとに、どのくらいねたかをけいさんする。それをこのようにきにゅうしていくと、ほら」
「ほらってなんでしゅか」
「ふえたりへったりはしているが、さいしょからさいごまでだいたいかわらぬ」
「しょれで?」
私が不機嫌なことに気が付かず自慢げに話すニコは、いっそう胸を張った。
「つまり、リアのねるじかんがへったのではなく、オールバンスがくるのがおそくなったから、リアのあそぶじかんがふえたということだな。次にこっちのかみがオールバンスのむかえにきたじかんだ」
ニコは頭がいいし、数字を根拠にものを考えられるのはとてもいいことだと思う。オッズ先生が誇らしそうなのもわかる。だが、
「れでぃのねるじかんをはかるとか、ないでしゅ」
「れでぃ?」
「ブッフォ」
最後のはハンスだろう。まったく。
ニコはレディはどこにいるのかと一瞬きょろきょろして、はっと何かに気づいた顔をした。
「レディか! そう、そうだな、リアはレディ。うーん、ほんにんがそういうのならそうなのだろう」
「ともだちのねるじかんを、はかってはいけましぇん」
「そうだな。すまなかった」
ニコは素直に謝った。
「では、つぎはなにをはかるか。これはなかなかおもしろいのだぞ」
「そうでしゅね」
クリスがいなくなっても、いつの間にか他のことに置き換わっていく。日常は続く。寂しそうな私に、ニコはさりげなくこう言った。
「リアにルークがいるように、クリスにはフェリシアがいる。まじめなフェリシアが、きっとクリスにべんきょうさせているにちがいない」
「あい。きっとちかられてりゅ」
そしてすねているクリスが目に浮かぶ。
「さ、リア、おきているじかんをむだにせぬよう、むかえが来るまであそぶぞ!」
「あい!」
それが子どものお仕事だ。
季節は移り変わり、夏の前に雨の多い季節が来た。
「それにちても、こんなにふったかなあ?」
去年はウェスターで過ごしていたから気が付かなかったのだろうか。私は屋敷に戻り、窓からまだ明るい空に雨が降り続いているのを眺めた。
「いいえ、今年はいつもより雨が多いですよ。こんなにしとしと降り続くと、少し気がめいりますよねえ」
ナタリーが全くいつもと変わらない顔でそう説明してくれた。まったくめいっているようではないが、ナタリーも気がめいっているのだろうか。
「こんどはおしょとでどろんこちようっと」
「どろんこ、ですか」
駄目だろうか。私はナタリーの方をちらりとうかがった。
「でしたら、汚れてもいい布で遊び着を作るべきでしょうか。さっそくリア様衣装班に連絡をとらねば」
そんな班ができているとは知らなかった。私は聞かなかったことにして、窓の外をまた眺めた。
「あれ?」
門のほうから、門番の誰何をはねのけてラグ竜に囲まれた竜車が走ってくる。お父様は家にいる、ということは、何か城であったのだろうか。
「なたりー、みて」
「なんでしょう。まあ。あれはグレイセスではないですか。護衛隊の服は着ていませんが」
「そういえば、にてりゅ」
でも、それならいわゆる敵ではない。私はちょっと安心した。
「げんかん、いってみりゅ」
「リア様、駄目です。何かあれば必ず連絡がきます。たとえ護衛隊と言えど、あのような慌てた様子、何かトラブルに違いありません」
普段家にいるときは、ハンスは夕方からは護衛のお役は御免なので、休んでいる。その休んでいるはずのハンスが、トントンとドアを叩き、すっと部屋に入ってくると、すかさず鍵を内側から閉めた。
「ハンス、何かありましたか」
「わからねえ。とりあえず玄関のほうでバタバタしてる。事情を知るより、リア様の側にいるほうがいいと判断した」
「わかりました。さあ、リア様。何があっても移動できるよう、この上着を着て静かにしていましょうね」
「あい」
私は素直に上着を着てソファに座ると、ナタリーとハンスと一緒に静かに連絡を待った。
とんとん。
「ジュードです。リア様、お手伝い願えますか」
移動の合図ではない。何か私の手を借りたい事態のようだ。私はハンスに頷いた。
ハンスはドアをそっと開けた。
「何があった」
「フェリシア様です。クリス様を連れて、イースターから逃げてきたと」
「それでリア様か」
「リア様を見たら落ち着かれるかと」
私はすっくと立ちあがった。
「いきましゅ」
今こそ、出番である。