軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

リアにできるなら

「また煉獄島に行くだと! しかも夜にとは! 何を考えている!」

怒鳴っているのはハンスだ。このようなことになるのであったら、ニコに虚族の話などするのではなかった。

「私自身はウェスターとの境界で虚族を見たことはある。しかし、今回ニコが行くのは北の領地まで。安全な地で、虚族の姿を見せられるならそれにこしたことはなかろう」

ハンスの乱暴な物言いにも平然と答えているのはアルバート殿下だ。ニコが私から聞いた話を元に、私でも大丈夫だったのならニコも大丈夫だろうという、浅い考えからそのような考えに至ったのだろう。

「何をもって安全といわれるのか。おそらく、結界箱を使おうとしているのだろうが、結界箱は万全ではありません。範囲が限られるし、一度冷静さを欠いて結界から出てしまったら、すぐに虚族のえじきになる。王族をそのような危険な目にあわせるわけにはいきません」

私は感心してハンスを見た。自分自身はキングダムから出たことはない、つまり結界箱だって使ったこともないのに、その危うさを分かっている。辺境にいたら、さぞかし腕のいいハンターになったことだろう。

「ちいしゃいこ、きょぞく、こわい」

私もハンスに加勢した。決して気持ちのいいものではないし、なんなら夜夢に見て泣き叫ぶほどには怖いものだと思う。いくらニコがしっかりしていると言っても、今の年頃で見せるべきだとは思えない。

「お前にできて、ニコにできぬはずがない」

「しょれ、ちがいましゅ」

私は必死に説明しようとした。もし赤ちゃんが虚族を見ても、きょとんとするだけですむ。けれども、人というものが何かわかってきた年頃に、幽霊のような虚族を見たら、その年頃のほうがショックが大きいだろう。

「違わぬ。オールバンスの幼子が日常に見ていたと言うなら、ニコもそれを見ておくべきだ」

ハンスと私はコールター伯の方を見た。コールター伯は微かに首を横に振った。既に反対し、しかし止められなかったということなのだろう。こうなったら本人だ。

「にこ」

「リア、わたしもみてみたいのだ。わたしはリアのようにキングダムのそとにでることはできぬみ。きょぞくがキングダムのなりたちなら、それをみることはたいせつだとおもうのだ」

四侯は成人していなければキングダムの外には出られる。しかし、王族は無理だ。

「しかし、既に刑は執行されなくなって久しいはず。生き物などそうそういない島に、虚族がはっきりした姿で存在などしないでしょう」

「おしゃかな。しょれに」

そうだ。水面に跳ねる魚。迷い込んだ動物。そして、おそらく自ら死を選ぶ者には、痛みのない死は福音ですらあるだろう。

兄さまは私にそれ以上言わせないよう、私をサッと抱き上げると私の顔をにいさまの首筋に埋めた。

「どうあってもニコ殿下を連れていくというのなら、私もギルも行きます」

「りあも、もごっ」

私はにいさまにぎゅっと潰された。

「私もギルも、虚族を狩ったこともありますし、ローダライトの剣を持ってきていますから」

あたりは一瞬静まり返り、おじいさまが天を仰いだのが見えた。

「オールバンスは、それにリスバーンは跡取りに何をさせているのか……」

思わずと言ったように呟くアルバート殿下に、今度ばかりはハンスも同意しそうな気配だったが、

「つまり、どうあってもやるということなんですね」

と確認すると、念を押すように護衛隊の方を見た。グレイセスが静かに、諦めたように頷いている。護衛隊は既に説得済みのようだ。

「仕方ねえ。だが、リーリア様は行かせるつもりはないし、そのための護衛も残すことになる。ルーク様とギルバート様の安全を確保出来るだけの体制を整えてもらわないと」

王族の安全のことなどまるきり考えていないハンスはある意味、オールバンスにとっては護衛の鑑である。

「にいしゃま」

「だめです」

「にいしゃま」

「いけません」

にいさまは私が行きたいと言うことを見越して、返事が最初からつれなかった。

「にいしゃま、けっか、もが」

それ以上口にださないよう、私はさっとにいさまに顔を押し付けられると共に、部屋から連れ出された。

「リア、危なかった。どうしたというのです。いつもはもっと慎重でしょうに」

ひそひそと廊下で話す私たちの後をハンスが着いてきている。

「にいしゃま、はんすのいうとおり」

「ハンスの?」

兄さまはハンスの方を見、ハンスはなんのことか分からないというように眉を上げた。

「けっかいばこ」

「結界箱、ですか」

「あい」

首を傾げる兄さまに、私は頷いた。

「びっくりちたら、にげりゅ。ひと、しゅぐに、けっかい、はじゅれる」

「確かに、結界箱は大抵は3メートルしか範囲はない。広いようでいて、動揺したらすぐに範囲からはずれてしまう」

兄さまは何かを思い出したかのように両手を握りしめた。

「それに、結界箱自体を動かされたらおしまいだ」

その通りなのだ。だからこそ、結界をすぐ張れる私が行く意味がある。

「リア、もしそうだとしても、私がいます」

「りあのほうがとくい」

「それはそうですが」

「りあ、ずっとにこのしょばにいる」

兄さまは諦めたように私の肩に手を置いた。

「ルーク様」

それを悟ったかのようにハンスがとがめるように兄様の名前を呼んだ。

「仕方ありません。リアはいっそのこと、みなの目の届くところにいた方が安全かもしれませんね」

「確かに、その方がさらわれる危険は少なくなりますが、しかし」

「私もギルも、個人でも結界箱は携えていきます。心配なのはむしろ、島に置き去りにされるなど、船を使った企みですが……」

「コールター伯については大丈夫でしょう。周囲に出した偵察隊からも特段怪しいやつがいるとの報告は受けていませんしね」

私はぽかんとしてハンスと兄様を見た。どうやら、私はまださらわれる危険を警戒されていたようだ。

「そんな顔をしなくても、大丈夫ですよ」

兄さまは私のほっぺを両手で包んだ。

「それでは、アルバート殿下のお手並み拝見と行きますか。リアにできるからといって、ニコ殿下にもできるだろうという見通しの甘さを知ることにならねばいいですが」

にこりとする兄さまが怖いような気がしたのは、きっと錯覚だと思う。

こうして私たちは、夕方に再び煉獄島に向かうことになったのだった。