軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

年老いたものたち

予定を変えて、夜になる前に煉獄島へ向かう。昨日と違って、漕ぎ手は静かだ。黙って漕いではいるが、時折ニコと私を見、そうして保護者を見、明らかに目にはっきりと不満を出している。

一応相手は王族なのだから、そうもあからさまに「なぜ幼い子を連れて行くのか」という目をするべきではないと思うのだが。アルバート殿下がそれに気づかなければいいと思うのだった。

煉獄島は、いつか海沿いで行った島のように、ごつごつした岩がむき出しになり、平らなところが少ない。それでも地面に隙間などはなく、昼から虚族が出てくるようなことはなさそうなのには安心した。

「きょぞくはひるにはでないのか」

「明るいうちは出ないと言われていますな」

ニコの質問にコールター伯が丁寧に答えている。結界箱を三つ、結界の円の縁が重なるように設置し、最小限の人数で夜を待つ。それでもまだ島には余裕がある。湖から見るよりはよほど広い島だった。

少し離れたところで船が待機するが、結界があったとしても乗り降りは危険なため、このまま朝までこの島で過ごすことになる。寝不足になれば、次の日の予定にも響く。結局は、アルバート殿下のお見合いが遅れることになるが、それはファーランドとの関係上大丈夫なのだろうかと、私は余計な心配をしてしまった。

私とニコは、動かないようにという配慮だろうが、結界の真ん中あたりで、移動中にも使われていた携帯用の椅子に座らされている。しかし、正直なところ、地面に直接座っているほうが楽である。ニコは背筋を伸ばしてきちんと椅子に座っているが、さすがもうすぐ4歳の三歳児は一味違う。

感心したところで、私は自分に素直になった。

「にいしゃま」

「なんですか、リア」

兄さまが優しい声で返事をした。

「いしゅ、あきた。じめん、しゅわりたい」

「飽きたって、リア」

だって足がぶらぶらするんだもん。幸い、ナタリーなど、女性は私以外館に置いてきたので、地面に座ってはいけませんという人はいない。私はまんまと地面を確保し、伸び伸びと座った。敷物は敷いてもらったが。

「わたしもじめんがいい」

そうだろうそうだろう。ニコの椅子も片付けられ、私たちは地面に座ることになった。

「もうしゅぐでしゅ」

私はニコに注意を促した。あたりはそろそろ日が落ちようとしていた。

「こんなことなら、今煉獄島にどのような虚族がいるのか調べておくべきだったな」

かすかな後悔の声が聞こえる。本当は今日、島の様子を調べ、明日きちんとした態勢でニコたちを連れて来たかっただろうコールター伯の言葉だ。しかし後悔しても仕方がない。

「む」

ニコがお腹を押さえた。来た。虚族の気配が体に響く。さすが魔力量の多い王族だ。もっとも普通は胸を押さえると思うのだが。

私は兄さまと目を見合わせ、そしてギルのほうを見た。兄さまが、そしてギルが遅れて頷いた。

ヴン、と胸を震わす気配が、一つ、二つ、三つと増えていく。どうやら、生物の少ないこの島でも、やはり虚族に命を吸われたものはいるらしい。結界箱を置いたこの拠点には、虚族を見逃さないよう弱い明かりしか置いていない。日が落ちてあたりが暗くなっていく中、少しずつ虚族の気配が増えていく。

結界の中にいる者は全員、それを食い入るように見ていた。

「なんということだ」

この言葉を言ったのがニコでもアルバート殿下でも私は驚かなかっただろう。しかし、それはコールター伯爵だった。ニコの質問に答えるため、結界の真ん中、ニコの隣に控えていたコールター伯は、何かに引っ張られるように一歩二歩と前に進んでいく。

しかし数歩進んだところで、護衛の人に止められた。

「す、すまない。しかし」

止められてもコールター伯の目は、前方から動かなかった。その目の先を追ってみると、そこには。

「メリッサ。なぜ」

数体の人型の虚族がいた。ただ、すべて年老いた者ばかりだ。

「メリッサとは」

ニコの冷静な声が響く。ニコの目も虚族をしっかりとらえている。

「昔館に勤めていた者です。年老いて働けなくなったからと故郷に帰ったはずなのに、なぜ」

コールター伯は護衛のほうに目をやると、

「とっさのことで体が動いてしまったが、もう大丈夫だ。もう少し近くで見たい」

「しかし危険です」

「大丈夫だ。あれは虚族。手を伸ばしたりはせぬよ」

護衛はしぶしぶコールター伯の前からどいた。虚族までほんの数メートル。コールター伯は結界にはじかれる虚族のそばまでゆっくりと歩み寄った。

「にこ」

私は立ち上がったニコに声をかけた。行ってはいけませんという意味を込めて。ニコは立ち上がろうとしている私を見て、安心させるように頷いた。安心するわけないでしょ。

「コールターどのよりまえにはでぬ。ギル、たのむ」

「承知しました」

ギルはギルで承知してるし。ギルが伸ばされたニコの手をしっかりと握る。

私は手をついて急いで起き上がると、兄さまに手を伸ばした。兄さまは少しためらったけれど、私の手をしっかりと握ると、ニコと並んでコールター伯爵の斜め後ろに移動した。

もちろん、ハンスが油断なくついてくる。

虚族は辺境で何度も見たが、そういえば危険なものという認識しかなかったので、その者自体をきちんと観察した気はしなかったような気がする。

「メリッサ。館を去った時より年老いて」

コールター伯の言う通りの、老いさらばえた姿だった。しかし、着ているものは豪華だった。色までははっきりとはわからないけれど、たっぷりとしたレースを使った上品なワンピース、首元に大ぶりのネックレス。髪もきちんと整えられている。

コールター伯は、虚族から目を離し、目をつぶって天を仰いだ。私にもわかる。死に化粧だ。おそらく、覚悟の上で島に来たということなのだろう。だとすると、数体いる老人はすべてそう言うことで、数体いるということは、これが決してまれなことではないということを示している。

領主として、その事実を知らなかったことに衝撃を受けているのだろう。

「ひとのすがたをしているのに、あしがじめんについておらぬ」

突然のニコの声にみんなはっとして虚族の足元を見た。確かに、ほんの少し浮いている。

「なぜゆらゆらとしているのだ。よくみるとむこうがすけてみえるではないか」

虚族とはそういうもの。しかし改めてそう見てみると、人との違いははっきりとわかる。そうなってくると、もう虚族は人には見えなかった。

「めもあわぬ。こちらにちかづきたがっているはずなのに、そのめはなにもみておらぬのだな」

兄さまとつないだ手がぎゅっと握られた。見上げると兄さまは口を引き結んで虚族をしっかりと見ている。

「倒すことばかり考えて、虚族そのものをゆっくり観察したことは、確かにありませんでしたね」

「そうだな。少しでも数を減らすことを、少しでも効率的に倒すことを、そのことばかりを考えていたな」

兄さまのつぶやきに、ギルが答える。私の無言の疑問に気づいた兄さまが答えてくれた。

「離れている間のことを、お互いあまり話したことはありませんでしたね。今度ゆっくりと話しましょうね」

その間も虚族はゆらゆらと揺れては結界にはじかれ、夜はその闇を濃くしていくのだった。