軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

禁止します

「殿下がいいのならいいでしょう。よいですか、リーリア様、殿下の温情をありがたく受け止め、感謝するのですよ」

うるさいので、私は聞かなかったことにした。ところで私は何をすればよいのだろうか。まだ何か言っているライナスを置いて、私はニコの机に近寄った。最初見た時から気になっていたものがあるのだ。

「これ、なあに?」

鉛筆のようなものだ。真っ黒のクレヨンのようなものに、手が汚れないように紙が巻いてある。大人の使うペンとも違うし、子どもの手にあわせてあるのか、少し短い。

「えんぴつだ」

「えんぴちゅ」

「こうして、かみにこうすると」

「わあ、ぺんとおなじ」

薄いけれども、線が引けるのだ。

「そして、こう」

ニコが横に置いてあった布の塊で紙をこすると、線は消えてしまった。

「きえた!」

「なんかいもかける、す、すぐれものだときいた」

「しゅごい! かちて?」

私はちょっとおねだりしてみた。

「うむ」

ニコは鷹揚に頷くと鉛筆を貸してくれた。私は鉛筆を握るようにちゃんと握って、線を引いてみた。すーっと。

「わあ、かけた!」

「うむ。よいせんだ」

ニコはもっともらしく頷いた。

「ブッフォ」

護衛失格の人が後ろにいた。私は褒められたので調子に乗って紙に絵を描いてみた。大きな口、小さな手、大きな足と尻尾。私はニコを見上げた。これなあに?

「これは……、らぐりゅうか」

「せいかいでしゅ! にこ、しゅごい」

よくあれでわかったななどと後ろから小さい声がしたような気がしたが気にしない。

「りあもなかなかやる」

「あい」

しかし残念だが、いつまでも人の鉛筆を借りているわけにはいかない。私はしぶしぶとそれを返した。

「挨拶は終わりましたかな。それでは殿下は今日の分の勉強を終わらせてしまいましょう。ただでさえ遅れているのだから」

そこに教師の声が入ってきた。ニコはつまらなそうな顔をして椅子に座り直した。それなら私は何をしたらいいの? 私はくるっと大人のほうを振り向いた。

ライナス、ハンスを入れて護衛4人、ナタリーを入れてメイド二人、合計7人。これだけいたら、ちゃんと私が何をすべきか考えているはずだ。私は期待を込めて見つめた。

ニコが後ろであいうえおの勉強を始めているというのに、私には誰にも何も言わない。みんな私の視線に気まずそうだ。

お父様は言っていた。護衛を増やすとかメイドを増やすとか、そんなことに忙しくて一週間待たされたって。それはつまり、これだけの護衛やらなんやらを増やすことに一生懸命で、肝心の遊び相手について何をすべきかまったく考えていなかったということだ。

私はため息をついて腕を組んだ。

「ブッフォ」

どうやら組めていないわけだが。誰も考えてくれていないなら、自分で考えるしかない。となれば決まっている。

「かみとえんぴちゅ。そしてちゅくえといしゅをくだしゃい」

「子ども用の机と椅子を! それから予備の鉛筆と紙を!」

すぐにライナスが指示を出し、バタバタ始まった。こんな中で勉強できるのだろうか。ニコは面白そうにこちらを見、

「殿下、書き取りがまだでございます」

と怒られ、小さいため息をついている。できるわけがない。

「ライナス様、紙と鉛筆は用意できましたが、用意してあったはずの机と椅子がどこにも見当たらず」

ぐだぐだである。お父様に遅いとか言っている間に、自分がちゃんと準備しようよ。私はあきれて天を仰いだ。

「じゃあ、かみとえんぴちゅくだしゃい」

「しかし書く場所が……大人用の机にするか……」

「いいからしゅぐくだしゃい」

私は紙と鉛筆を受け取ると、ニコの隣に移動した。そしてうつぶせに寝転んだ。

「な、リーリア様、床に、淑女、いえ、幼児ですが、女子ともあろうものが、いえ、まだ女子ではないか?」

ライナスが慌てている。しかし、私は肘をついて体を起こすと、鉛筆で絵を描き始めた。足は膝でまげてぶらぶらしている。どうせ思う通りに手は動かないのだ。好きなように書こう。

「おはな、ひとーちゅ、ふたーちゅ、みーっちゅ、こっちはー、とかげー」

なかなかよいのではないか。しかし紙がいっぱいになってしまった。私は消すための布を手にした。

「ぬのでー、けちてー、らぐりゅうをー、かきまちゅー、あ」

はみ出して床に書いてしまった。あらー。困っていたら、誰かの影が見えた。

「大丈夫ですよ、リーリア様。この布で急いでふき取ってしまいましょう」

「なたりー」

「リーリア様は、お絵かきがお好きだったんですね」

「あい。でも、おうちにかみ、ないでしゅ」

ナタリーは床を布で拭きながら、こう話してくれた。

「紙と鉛筆は、少し高めだけれど庶民でも買えるものですからね。ご当主様に言えばすぐに用意してもらえますよ」

「ほんと?」

「ルーク様が使ったものがあると思いますよ。きいてみましょうね」

「あい!」

これで少しは退屈が紛れるだろう。それでは今度ははみ出さないように慎重に描こう。

「じゃあ、にこ。まあるいおかおに、きいろのめ。ぷくぷくほっぺにへのじのおくち。しょして」

ぺしっ。

「え?」

聞きなれない音に顔を上げると、ニコが左手を右手で押さえてうつむいている。

「殿下、集中ですぞ。集中がないから、あいうえおも覚えられないのです。殿下は王族なのですから、普通の幼児に気を取られてはなりません」

そうしかりつける教師の手元には、小さい木の枝があった。

「さあ、もう一度あいうえおを順に書きましょう」

ニコの口がいっそうへの字に曲がる。鉛筆を持とうとしないニコに教師が小さな枝を振り下ろそうとする。

ぺしっ。

「いたい」

ニコの手に重ねた私の手に、うっすらと赤い線がついた。これは痛い。

「いけましぇん」

私は教師に静かに言い聞かせた。後ろでハンスがこちらに向かおうとして、別の護衛に止められている。ナタリーはさっきから私の後ろに控えている。私はニコの手に手を重ねたまま、教師を見つめた。

「いたい、ちても、おぼえましぇん。たたく、にゃい」

「しかし、もう何か月も繰り返しているのに、殿下は覚えようとはなさらなくて。算術はあっという間に覚える頭のいい方なのに」

そんなことを私に言われても困る。算数が好きで、読み書きにはまだ興味がないというそれだけのことではないか。

「えだ、くだしゃい」

私は教師に片手を伸ばした。教師はしぶしぶ渡してくれた。私はそれをラグ竜のポケットに差し込んだ。当然はみ出ているけれども。

「えだ、きんちしましゅ」

「きんち?」

「ちゅかっては、いけましぇん」

「禁止、ですか」

何の権利があってと教師の口が動いたような気がしたが、権利などはない。幼児のかわいいお願いである。

私は重ねていた手をそっと外して、ニコの手を取った。少し赤くなっているが、怪我にはなっていない。

「いたいの、とんでけ!」

そう唱えると赤くなっているところにふっと息を吹きかけた。そのままニコをのぞきこんだ。

「もう、いたくにゃい?」

「もともといたくなどない」

そう言ったニコは結構意地っ張りであった。