軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

王子さま

急いでやってきた文官らしき人は、

「申し訳ありません、少々急ぎの問題が発生しまして、すぐに仕事に入ってほしいとのことです」

お父様にそう言った。

「うむ。急ぎの仕事が入ったようだ」

お父様はそうつぶやくと、私を抱いたまますたすたと城の扉に向かった。仕方がない。

「おとうしゃま」

「なんだリア」

その優しい声に、周りの人がほうっとため息をつく。人気者か、まったく。

「りあ、おうじといりゅ。おとうしゃま、おちごと、ちゃんと、しゅる」

「しかしリア」

「だいじょぶ。はんす、なたりー、ちゅれていく」

お父様と城側で何の認識のずれがあるかはわからないけれど、とにかく、遊び相手として来たのだから、その仕事をするべきだろう。

お父様は私を見て、そして最初に私を連れて行こうとした文官を見て、最後にハンスとナタリーを見た。

「リアを頼めるか」

「はい」

「そのためについてきたんですから」

二人はしっかりと頷いた。お父様はしぶしぶ私を降ろして私の前にしゃがみこんだ。

「いいか、あの文官は確かライナスと言って、王子の世話係というか、まあ、王家の執事のような仕事をしている。若いくせに頭の固い、融通のきかないやつだから、言うことは聞かなくてもいい」

「おとうしゃま……」

私はちょっとあきれた。そしてとても気が楽になった。お父様は小さい声で続けた。

「もちろん、王子の言うことも聞かなくてよい。王子のために連れて来たのではない。リアが楽しいかもしれないと思って連れて来たのだ。誰に遠慮することもなく、楽しんで過ごしてくれ」

「あい」

私はくすくすしながら頷いた。親バカもここまで来るとすがすがしい気がする。お父様は立ち上がると、ライナスという人に向かってこう言った。

「それではリアは貴公に預ける」

そうして迎えに来た文官と城に入ってしまった。いったん決めると早いんだから。私はやれやれと肩をすくめると、ナタリーとハンスのほうに向かい、ハンスに手を伸ばした。この城の大きさからしてすぐ近くに王子がいるとは思えない。さっき、ライナスという人は時間が押していると言っていたはずだ。こんな時よちよちと歩いている場合ではない。

ハンスは初めて手を伸ばした私に少し戸惑ったようだが、グイッと抱き上げてくれた。

「やれやれ、オールバンスの身勝手さは変わらぬ」

ライナスという人はお父様を呆気に取られて見送ると、右手でこめかみを抑えてそうつぶやいた。うーん、小物臭が漂うセリフだ。それから私のほうに振り向いた。

「リーリア様。私はライナスと申します。もう殿下の勉強が始まっている時間ですので、直接勉強部屋に向かいます。本来なら歩くべきところですが時間がありませんのでそのままで」

「あい」

「侍女も護衛もいらぬと申したのですが」

「はんす、なたりー、ちゅれていく」

「仕方ありませぬな」

そうしてライナスに連れられてぞろぞろと広くて長い廊下を歩いた。入り口から左回りに進んでいくと、城の左奥が居住区のようで、衛兵付きの大きな扉の向こうは、大きなホールがあり、二階に伸びる階段があった。

それはオールバンスのお屋敷を少し小さくしたような作りだった。つまり、お城にお屋敷がくっついているようなものと私の目には映った。ちなみに、ここに来るまでにハンスの足で十分近く歩いているのではないだろうか。私は窓の外を眺めた。おそらく城の庭園から来た方が早かったのではないか。

「りゅうちゃできたらいい」

「リーリア様、俺もそう思います」

ハンスが力強く頷いてくれた。まあ、最初の一回だから正面から入る必要があったかもしれないが、明日からは必要ないだろう。まして入り口からここまで歩かせられるかと思うとぞっとする。

「さあ、殿下は二階で勉強していらっしゃいます。参りましょう」

ライナスに私は頷き、ハンスにも頷いた。

「おりりゅ」

「いいのですか」

「あい」

ハンスに降ろしてもらうと、ライナスの後をついて階段を上った。もちろん、後ろからぞろぞろと護衛とメイドも付いてくる。

階段の先には両側に広い廊下があり、ドアがたくさん並んでいる。その左側の奥の方のドアの前にライナスは進み、ドアをノックした。

「どうぞ」

少し高めだが男性の声がし、私たちは順番に部屋に入った。部屋は図書室だった。

天井の高いその部屋はおそらく二、三階を吹き抜けにしたもので、窓から柔らかい光が差し、壁一面にたくさんの本が置かれていた。

「わあ」

これはいつか字が読めるようになったらぜひ入り浸りたいものだ。私はそのまま壁の本のほうに歩こうとした。

「リーリア様」

あ、そう言えば用事があったんだった。うっかり忘れていたが、ライナスの声に部屋の中央へと振り向いた。

そこには小さな教室があった。いや、教室というほどではない。ただ、つまり日本で言うとあいうえお表の貼ってある黒板がおかれ、その前に神経質そうな男性が一人立っている。そしてその前にはたった一人きりの生徒が、鉛筆のようなものを持って小さい机を前に小さい椅子に座っていた。とても不満そうな顔をして。

私はその子どもを見て思わずひゅっと息をのんだ。黄色い目。私をさらった、あのイースターの第三王子と同じ。反射的に恐れと怒りがこみ上げたけれど、私はその自分の心を抑えつけた。だって、その目も私と同じ驚きに見開かれていたのだから。

「おーるばんす」

そうつぶやいたその子も、小さいながらも、王家と四侯の目の色が珍しく数も少ないことをわかっているのだろう。おそらくお父様と同じ目の色に驚いたのだ。

目の色の違和感にさえ目をつぶれば、あとは私と同じ、いや、私よりちょっと大きいだけの普通の幼児だ。しかし、見かけはともかくとして、

「まりょく、おおきい」

私は思わずつぶやいた。こんなに小さいのに、おそらくお兄様と同じほどの魔力量があるだろう。自分の魔力は見ることはないのでわからないが、おそらく私よりもかなり多いのではないか。四侯を上回る、これが王家の力なのかと、納得するだけの大きさだった。

しかし今はそのことは関係ない。私はその子に向き合うと、

「りーりあ・おーるばんすでしゅ」

とちゃんと挨拶した。男の子はまた驚きに目を見開くと、椅子から立ち上がり、私のほうに一歩進んだ。

「だいいちおうじランバートがちょうし、ニコラス・マンフレッド・キングダムである」

これはまた偉そうな名前である。噛まずに言えたことに素直に感心した私だった。しかし長すぎる。ということは、略すと、

「にこ」

である。そう呼んだ私に、ニコはちょっと戸惑ったようだ。

「ニコ?」

「あい。りーりあは、りあでしゅ」

「リア?」

「あい、にこ」

これで自己紹介は終わった。ニコは三歳だと聞いていたが、私より頭一つ分ほど大きく、少し見上げねばならなかった。

「リーリア様、仮にも殿下はキングダムの直系です。いきなりニコなどと、愛称で呼ぶのはいかがなものかと」

ここでライナスから物言いが入った。私はあきれてライナスのほうを見た。キングダムの直系とか、愛称で呼ぶなとか、一歳児にわかるわけないだろうに。わかるけれども。私が一言なにか言ってやろうとしたら、ニコが口を開いた。

「よい。かまわぬ。ニコとよぶがいい」

「しかし」

「かまわぬといっている」

話に聞いていた、乱暴なお子様とはちょっと違うような気がする。私は少しワクワクしてくるのを感じた。