軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

【50:帰営】

退却を続けたレフノールたちは、午後遅くになって、カミルと合流した。伝令の任を無事果たし、その上で援軍を連れてきている。ノールブルムに駐留していた騎兵の小隊を、引っ張ってきたのだった。

「ローレンツ中尉、ご苦労だった。少尉と先任は無事だったか?」

「はい、隊長殿、輜重隊は無事でした。もうしばらく進めばノールブルムであります」

「そうか、ならば良かった」

「少尉から聞きました。その――」

ローレンツ中尉が言い淀む。

「ああ、まさか 殿(しんがり) を任されるとは思わなかったが。連中を振り切りはしたはずだ。貴官らも俺たちの後に続いて撤収してくれ。援軍の指揮官は?」

「大尉殿!」

聞き覚えのある声が割り込んだ。フェルデンという名の中尉――砦の駐留部隊の副長だった。

「貴官が来てくれたか。その節は世話になった。エルメルス大尉にも礼を言わねばな」

「いいえ、しかしこれは――大尉殿が 殿(しんがり) 、ということは……」

「ああ、俺たちが最後だ。後ろに味方はいない」

レフノールの返答に、フェルデン中尉が首を振る。信じがたい、あるいは信じたくない、と言っているようだった。

「とにもかくにも、まずは砦まで戻りましょう。うちの隊長も、大尉殿の安否を気にしておりました」

「大尉にも貴官にも済まないことをした」

「いいえ、大尉殿の責任では」

「まあ、大尉にも貴官にも借りを返していないままだからな」

グレンエレディアの18年。約束した借りを、レフノールはまだ返せていない。それが軽口であると気付いて、フェルデン中尉がにやりと笑った。

「――たしかに、仰るとおりですね。では一刻も早くお戻りいただいて、無事なお顔を見せていただかねば。道中は小官たちが後ろに付きますので、ご安心を」

では頼む、と答えると、フェルデン中尉がさっと手を挙げて騎兵たちに合図を送った。隊形を変えた騎兵が隊列の後尾につく。レフノールは安堵と失望を相半ばさせた思いでその様子を見て、そっと息をついた。今朝この騎兵が自分の手許にあれば、と考えたのだった。

※ ※ ※ ※ ※

ノールブルムへの帰着は、日没後になった。

騎兵たちは角灯に灯りを入れ、わずかに先行する輜重隊についている。1日行程を上回る距離を移動する強行軍になったが、砦の外での露営を行うことを考えればやむを得ない措置ではあった。兵たちもそのことを理解しているのか、あるいは妖魔どもの追撃を恐れているのか、その両方なのだろう。部隊からの落伍者は最低限で、輜重隊が持つ2輌の馬車でどうにか収容可能な人数に収まっている。

砦に入り、点呼を行い、負傷者をしかるべき場所に送り出したあとでレフノールが命じたのは、解散でなく小休止だった。

「俺はちょっと報告をしてくる。アゼライン中尉、悪いが同席してくれ」

近衛の中尉にそう声をかける。中佐のところへ、帰隊の報告を入れねばならない。そしてできるならば、本来の任務ではないはずの殿を務めた兵たちを労ってもらわねばならない。

中尉は頷いて、お供します、と応じた。

営庭を歩き、司令部の廊下を歩くうちに、得体の知れないどす黒い感情がレフノールの腹の底から湧き上がってくる。それは憎悪のようであり、苛立ちのようであり、失望感のようでも、無力感や罪悪感のようでもあった。

――果たして俺は、これをうまいこと報告の形にまとめ直すことができるのだろうか?

考えるうちに、ふたりは中佐の部屋の前までたどり着いている。

「アルバロフ大尉です。帰隊のご報告に上がりました」

ノックすると、中から副官――サルヴィーノ中尉の声が、少々お待ちを、と応じた。

すぐに扉が開き、サルヴィーノ中尉が顔を見せる。

「閣下は――既にお休みになられました」

「――は?」

およそ信じがたい一言に、レフノールの思考が止まる。

「今なんと?」

アゼライン中尉も同様らしい。顔を歪ませて聞き返している。

「既にお休みに。報告は書面の形で提出するよう、と」

何かを懇願するような表情で、サルヴィーノ中尉が繰り返す。

「輜重は命令のとおりに戦った。可能な支援を最後まで行って、落伍者を拾いながら退却してきた。それをあの――」

その先を言いそうになり、レフノールは唇を嚙むようにして押し黙った。

クソ野郎。屑野郎。腰抜け。

どれも言うべきではない、言ってはならない言葉だった。何が口から出てくるかを察したのだろう、アゼライン中尉がレフノールの肩を掴んでいる。レフノールは大きく息を吸い込み、吐き出した。

「――中佐殿は、もうお休みだと。了解した。報告書は今夜のうちに提出する」

「帰営後すぐにご報告に見えられたことは、閣下にもお伝えいたします」

サルヴィーノ中尉がそう言って頭を下げる。その中尉をそれ以上責める気にはなれなかった。

※ ※ ※ ※ ※

「何と言うか――想像以上でした」

来た道を戻りながら、アゼライン中尉がそうこぼす。レフノールもまったく同じ感想だった。

「確かにな。せめて部下たちに声のひとつも掛けてやってほしかったが」

本当に休んでいるのならばある意味で大物だが、そうでない可能性もある。恥じて他人の前に顔を出せないのならばまだ救いがある、と言えなくもない。レフノールにとってはどちらであれ、指揮官としての責任を放棄している、としか言いようがないところではあった。

「貴官にもいろいろと手助けをしてもらった。そのことは必ず報告しよう」

「お互い様というやつです、大尉殿。大尉殿と大尉殿の部隊がいなければ、我々も全滅していたことでしょうから。小官も、どのような援護をいただいたかは報告することになるでしょう」

妖魔を相手取った戦いとしては、近年稀に見る大敗北。その責任を誰がどう取ることになるのか、レフノールにはわからない。だが、ただ巻き込まれて責任を負わされる形になることを受け入れるつもりはなかった。その意味でアゼライン中尉の言葉は頼もしい。

「ありがとう、中尉。論功行賞において貴官の功績が正しく評価されることを祈っている」

第2軍団の基準に照らせば勲章ものの軍功ではあったし、無論そのことは報告書にも書くつもりでいる。だが、他所の軍団の論功や勲章の授与に関して、レフノールは推薦も、そして意見を述べることもできない。

言わんとするところを察したアゼライン中尉が小さく笑った。

「それはまずもって大尉殿、あなたご自身に向けられるべきものかと」

だといいな、と返しながら、レフノールは思い返した。

――何事もなく戦を終えられるように準備して、そのとおりにことが済めばいい。

いつだったか、自分がグライスナー少佐に語った言葉で、現状はまったくそうなっていなかった。

臨時の派遣将校という形で着任してから今に至るまで、関わった作戦は2回。いずれも平穏無事とは言い難い有様だ。それでも生き残っているのだから運は良い方であるのかもしれない。

――同じ幸運ならば、何事もないという方に幸運であってほしいのに。

大それた願いではないはずだったが、それは今回も叶えられていなかった。