軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

【49:永訣】

半刻行程後方の二次線――昨夜の露営地までの間に、部隊は幾人かの落伍者を拾っている。

負傷した者、疲労で行軍についていけなくなった兵の面倒を、退却する部隊では見切れないこともままある。負傷者の速度でしか行軍できないとなれば、敵の追撃を振り切れない。ある程度の余裕があれば戦友たちが肩を貸すなりして手助けもできるが、それは共倒れを招きかねない行為でもある。

結果として、隊列から落伍する者はどうしても発生する。

レフノールはそのような兵士を見かけるたびに、馬車に収容させ、必要ならば手当もさせていた。

二次線まで退却した部隊は、そこで先行させていた兵たちと合流した。露営地の手前には、簡易なものながら障害物が置かれ、街道は馬車で塞いである。馬車そのものはすぐに動かせる状態だった。

「ご苦労だった。退却する。貴官らもその準備をしてくれ、小休止を終えたらすぐに退却開始だ」

防御線の構築を指揮した若い下士官に、レフノールは淡々とした口調でそれだけを言い、肩をぽんと叩く。姿勢を正して敬礼した下士官が振り向いて兵たちを呼んだ。

小休止、という号令がかかり、兵たちが荷を下ろす。

それを見計らって、レフノールはリディアたちに声をかけた。

「少尉、先任、今後の方針について確認する。アゼライン中尉、貴官もいいか? それとアーデライドとコンラート、君らも頼む」

呼ばれた面々がさっと集合する。

「今のところ、我々は妖魔どもに喰いつかれてはいない。このまま撤収することは十分に可能だと思う。少尉、貴官は先任と部隊を取りまとめて退却の指揮を執れ。強行軍になるが、ローレンツ中尉が伝令の役目を果たしてくれているはずだから、迎えの部隊と合流できるまでの辛抱だ」

「――隊長は?」

かすかに眉根を寄せた表情。硬い声。

「もうしばらくここで後続を待ちたい」

「危険です!」

「わかってる――アゼライン中尉」

「は」

「悪いが貴官も残ってくれ。馬は俺が乗ってたやつを貸す」

「話が見えませんが、大尉殿?」

「あー……つまり、『もう一度奴らの足止めをしたい』『もし味方の後続がいれば連れて帰りたい』『できれば自分も帰ったあとで罰されないようにしておきたい』を合わせるとだな、そういう話になる」

「小官は証人、ということでしょうか?」

「だいたいそうなる。コンラート、君の協力が必要になる。魔法で火を点けることはできるか?」

「火花を飛ばして火口に火を点けるようなものから、火球まで」

「じゃあ火球の方だな。それと、ゴーレムはここで捨てていく」

「――何を考えてるんです?」

「これから説明する。まずゴーレムを使って……」

説明にはさほどの時間もかからない。説明を終えると、将校ふたりの顔からは表情が消え、下士官であるベイラムは笑ってよいのかどうかわからない、という表情になり、冒険者のアーデライドとコンラートは呆れたような笑みを浮かべた。

「できるか?」

「できますよ。しかし大尉、あなたはあれですね、軍に置いておくには勿体ないかもしれません」

「そうね、 馘首(くび) になったらこっちに来てもいいかも」

コンラートとアーデライドが、褒めているのかどうか判然としないことを口にする。

「やめてくれ。だいたい将校が 馘首(くび) になるときは物理的に首をやられるもんだ、結構な確率で。まあ、できるのならばこれでいこう。先任、馭者をやれる下士官をひとり選べ」

「自分もやれますが」

ベイラムの返答に、レフノールは顔をしかめた。

「物好きめ……貴官には少尉の補佐という仕事があるだろう」

「そうでした。選んであとでこちらへ寄越します」

素知らぬ顔で応じたベイラムが敬礼した。

「他に皆から何かあるか?」

「ありませんが――どうかご無事で」

リディアがそれだけを言って敬礼する。まだどこか不満そうな表情だった。

「よし、ならばかかれ。解散」

※ ※ ※ ※ ※

小休止を終えて退却を再開した部隊を、残った面々は見送らなかった。リディアが渋々ながら命令に従ったのは、退却する輜重隊にも将校が必要ということを理解しているからだった。途中で行き会うであろう落伍者の扱いや小隊全体への目配りを考えれば、将校を配置しないわけにいかない。

レフノールはその点について、特に心配していなかった。自分に万が一のことがあっても、リディアがいれば小隊は問題なく機能する、と思っている。

「指揮官が最後まで残って足止めとはね。まるで軍記物ですな」

アゼライン中尉が気安い様子で話しかけてくる。

「悪いな。貴官にはとんだとばっちり、というところだろうが」

「大尉殿に言われても」

苦笑とともにそう切り返され、レフノールは改めて己の状況を考える。

支援したという形を整えるために近衛の部隊へ派遣され、様々な尻拭いと後始末をして、今こうして 殿(しんがり) まで任されている。とばっちり以外の何かではなかった。

「……まあ、そうだな。だが、それもこれでしまいだ。俺が査問にでも呼ばれるような羽目になったら、中尉」

「喜んで証言しますよ。大尉殿は文字通り最後まで残って敵を足止めすべく奮闘されました、とね」

「上からは睨まれるかもしれんが」

「睨ませておきましょう。俺が干されたら大尉殿、あなたのところへ手紙でも書きます」

「そのときはあれだな、俺の上官にでも掛け合って引き抜いてもらうことにしよう」

他愛のない会話を交わすうちに、街道の先から、足音とざわめきが聞こえてきた。部隊が退却を再開してから、小半刻と経ってはいない。ふたりの将校の間に緊張が走る。

「来たか」

「……敵ですな、あれは」

果たして、姿を見せたのは妖魔どもだった。妖魔どもとの間には、樽や木箱を積んだ即席の障害が置かれている。先ほどまで馬車で塞いでいた部分にも荷が積み上げられ、馬車は先刻同様、後方へと下げていた。

レフノール自身は、街道上の障害から50歩ほど後ろに立っている。傍らにはアゼライン中尉と、ゴーレムを伴ったコンラートがいた。

妖魔たちも新たな敵を認め、そしてそれが両手で足りる程度の小勢と見て、歓声を上げた。直後、隊列の先頭にいた大柄な妖魔の腹のあたりに太矢が突き立つ。障害の後ろに隠れていたヴェロニカの、クロスボウの一撃だった。悲鳴が響き、歓声が怒りの声に変わる。

「ヴェロニカ、下がれ!」

「当てたよ大尉!」

「見てた! いいから早く!」

場違いなほど明るい声のヴェロニカを叱るように手招きして、レフノールがもう一度叫ぶ。

妖魔どもが突撃に移った直後。

杖を握ったコンラートが、はっきりとした発音で何かを口にする。滑らかな耳ざわりに明確な韻。言葉の意味はわからない――おそらくそれが魔法語であろう、ということしか。

空中にぼんやりと輝く複雑な紋様――魔法陣が浮かび上がり、ちょうど妖魔どもの群れの先頭が、街道上の障害に到達する頃。そこに、眩い火球が生まれた。

半瞬遅れて爆発音が、更に半瞬遅れてかすかな熱を伴う風が届く。

全身を炎に包まれた妖魔が声も上げずに崩れ落ち、至近距離で火球に炙られた妖魔が凄まじい絶叫を上げる。街道上の障害は今や、炎の壁と化していた。

傍らでコンラートが大きく息をついた。その表情に、疲労の色が濃い。

「ゴーレムはここへ残します。あの壁の線を越えてくるものを攻撃せよ、と命令して」

「それでいい。俺たちも下がるぞ。ヴェロニカ、コンラート、君らは馬車へ。中尉、馬は任せた」

声をかけられた3人が口々に了解の意を示す。レフノールも馬車へ向かおうとして、足を止めた。振り返れば燃え盛る壁がある。

「――すまない」

それだけを言って、レフノールは目を閉じ、首を垂れて敬礼を捧げた。名も顔も知らない、幾百人もの兵たちに。

「大尉!」

馬車の荷台から、アーデライドが呼んでいた。早く、と手招きしている。

「すまん、今行く!」

レフノールは踵を返し、大声で応じた。馬車に駆け寄ると、アーデライドが手を貸して荷台へ引き上げてくれる。

「ひとりで抱えちゃ駄目だよ」

それ以上の言葉がなくとも、退却命令のことを言っている、とわかった。

「うん、ありがとう」

そう応じはしたものの、レフノールには、何をどうすればよいのか見当がつかなかった。

――しばらくは。もしかしたら一生。

忘れることができない以上、抱えて折り合いをつけていかなければいけない。だが今は。

「出してくれ、退却する!」

馭者台に向かって叫ぶと、了解、という声が応じた。馬車が動きだす。

ゴーレムたちと炎の壁は、すぐに見えなくなった。