軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

【51:後始末ふたたび】

待っていた兵たちを労い、解散と休息を命じて、レフノールは幾人かを呼び集めた。

リディア、ベイラム、カミル、そして冒険者たち4人。

「君らもご苦労だった。特にローレンツ中尉、貴官はよく休め」

「は」

「休息も食事もなしで動きづめだっただろう。報告もなにも明日でいい。今日は食事を摂って休め。これは命令だ」

「いや、しかし――」

「命令だ。曹長、君は兵たちの様子を見てくれ。いろいろとあってお互い気が立っているだろうから、あまり他所の部隊の連中と接触させるな。おとなしくしていれば、アンバレスまで戻ったあとで特別休暇を申請してやる、とでも言っておいてくれ」

まだ不服そうなカミルに向けて押し被せるように言い、レフノールはベイラムに視線を向けた。

「承りました」

こんなときでも背筋を伸ばしたベイラムが敬礼する。

「隊長、わたしは」

「少尉、君も休め。アーデライドとヴェロニカ、すまないが今夜も頼む。まあ、あちらはもうお休みということだから、何があるわけじゃあないと思うが」

「――最後の最後まで屑野郎だったね」

頷きつつ、ため息とともにアーデライドが応じる。誰からも反論は出なかった。

「隊長は?」

「残念ながら俺には書かなきゃならん報告書がある。まあ、夜中までには済むだろう」

まだ何か言いたげなリディアにほら、と促す。

「そんな顔をしなくても、仕事が済んだら俺も休むよ。俺だってそれなりに疲れちゃいるんだ」

不承不承、という態で、リディアが敬礼する。よし、と頷いてレフノールは解散を命じた。

※ ※ ※ ※ ※

自室へと戻ったレフノールは、早速報告書を書き始めた。昨夜までの分は、毎晩書き続けていた日録があるから問題はない。今朝からのことを思い返しながら、まずは時系列に起きたことを書いてゆく。

進軍の開始から小休止、敵襲と撃退、退路の確保。

退却支援の命令とその受領、その後の戦闘の経過。

可能な限り感情を交えずに書いていたレフノールのペンが、ある1か所で止まった。

『――後退し来たる小隊指揮官の観測によれば、前方には既に退却を援護すべき部隊なし、との由。』

書くべきことはわかっている。自分の判断と、そしてそれに基づいた命令、行動を書けばよい。理解できていてなお、書き出すためにはもう一度同じ決断をするに等しい努力が必要だった。

『小官は当該報告その他小官の知りえた情報により、退却援護の任務が終了したものと判断し、同刻をもって小官指揮下の輜重隊の退却を決断。二次線へ退却し、更に待機を継続。敵襲来せるにつき、冒険者の協力を得て、残置したる物資に放火して撤退』

書いてしまえばたったの数行。だがその行間には、おそらく苦痛に満ちた死を迎え、まともに弔われることもない多くの兵たちの死が横たわっている。

萎えそうになる気力を振り絞り、最後まで報告書を書き終えて署名をすると、レフノールは立ち上がった。たとえ一晩であれ、手許に置いておきたいものではない。

中佐の執務室へ出向くと、幸いなことに、サルヴィーノ中尉はまだ休んでいなかった。

「大尉殿」

レフノールの顔色から何を読み取ったのか、中尉の態度は平身低頭せんばかりのものだった。

「中佐にお渡ししてくれ。念のため写本を取って貰えると嬉しい。俺の手許と、それから軍団の司令部にも送らねば」

「必ず」

押し戴くようにして報告書を受け取り、サルヴィーノ中尉が深々と頭を下げる。

では頼む、と言い置いて、レフノールは自室に戻った。

燭台の蝋燭を1本だけ残して消し、ベッドに身体を投げ出すように転がる。やるべきことはまだいくつか残っていたが、もう何をする気にもなれなかった。わずか1日の間に、いろいろなことがありすぎた。頭の芯が麻痺したようになっている一方で、どうしても忘れられそうにない事実もある。

どうすればよかったのか、と考えて、答えなど出るはずもなかった。だからもう寝てしまうしかないのだ、と理解してはいても、同じことをぐるぐると繰り返し考えてしまう。

せめて幾人かでも、あるいは遺体だけでも、連れて帰ることはできなかったか。

だが、そのための犠牲を自分は許せただろうか。

既に失われてしまったものをどうすれば取り戻せるのか、ということを、自分はずっと考え続けるのだろう。何か月か、あるいは幾年かが経てば、程よく忘れられるのかもしれない。うまく教訓だけを取り上げて、この先のなにかに活かすことができるのかもしれない。

あるいは折に触れて思い出して、心を壊されてゆくのかもしれない――幾人かの同期がそうであったように。

俺はどっちだろうな、と他人事のように考えたとき、控えめなノックの音が聞こえた。

「隊長、まだ起きておられますか……?」

抑えた声はレフノールが一番聞きたかった、あるいはもっとも聞きたくなかった声だった。

寝たふりでやり過ごそうか、と半瞬だけ考えて、身体を起こす。

「開いてるよ」

静かにドアを開けたリディアが部屋に入り、そっと扉を閉める。

「休んだんじゃなかったのか」

「お仕事が終わるまでは、と」

リディアの返答に、レフノールが小さく笑う。自嘲の笑みだった。

「済まない、気を遣わせてしまって。だがもう心配ない。報告書は書いて出した。写しは明日にも貰えることになって――」

つかつかと歩み寄ったリディアが、抱え込むように、ベッドに腰かけたままのレフノールの頭を抱きしめる。有無を言わせない強さだった。

「ん」

反射的に身を離そうとしてより強く引き寄せられ、レフノールは抵抗を諦めた。

「自分を責めないでください。言ってもあなたはきっとそうしてしまうと思うけれど」

押し殺した、なにかに耐えるような声。

「あなたは任務を果たしました。できることを全てして。あなた以外にはできないことも」

どこかで聞いたような、と思いながら、レフノールはされるに任せた。

「及ばなかったと思っているかもしれませんが、あなたがいたからこそ、皆は生還できました。落伍した兵も、前線からどうにか 退(さ) がってきた兵たちも。ローレンツ中尉も、曹長も、わたしも」

――そうか。

レフノールは思い出していた。あの雨の夜、事故のあと。兵を死なせてしまった、と嘆くリディアに、自分は同じことを言っていた。できなかったことでなく、できたことに目を向けろ、と。今度は自分がそのようにする番だ、とリディアは考えているに違いなかった。

「リディア、済まないが……」

耐えきれない、と理解して、レフノールは身体を引こうとする。断固とした強さで、もう一度抱きしめられた。

「服を、汚してしまう」

どうにか押し出した声が歪んでいる。

「このままでいてください。わたしがそうしたいから」

静かで、しかしきっぱりとした拒絶。抱擁の力が、少しだけ緩む。あやすように頭と背中を撫でられて、レフノールは力を抜いた。

呻き声とともに涙が溢れた。食いしばった歯の間から嗚咽が漏れた。

敬意と愛情をもって接する相手には絶対に見せたくない姿で、そういう相手にしか見せられない姿でもあった。

どのくらいの時間そうしていたのか、定かにはわからない。いくらか落ち着いたレフノールが身体を離そうと身動きしたとき、リディアはもう引き留めなかった。

「済まない、その――」

どう言ったものか、言葉を選びかねて口ごもるレフノールに、リディアはゆるゆると首を振る。

「いいんです。わたしがそうしたかったから」

「情けないところを見せてしまって」

「誰にでも耐えられないことはあります。わたしのときは、あなたが頼らせてくれた」

だから気にする必要はないのだ、とリディアは言っている。

「だから頼ってください。わたしもその方が嬉しい。情けないなんて思いません」

「……うん」

頷いて息をつき、うなだれた頬が、両手で挟み込まれた。そのまま強引に顔を上げさせられ――額に柔らかいなにかが触れた。リディアがさっと身体を離す。

「――おやすみなさい」

2歩下がって敬礼し、そのまま部屋を出てゆくリディアに、レフノールもおやすみ、と声をかけた。

1本だけの蝋燭が照らすほの暗い部屋の中でも、リディアが顔を赤くしていることは見て取れた。

「はは」

小さく笑って、どさり、と仰向けにベッドに倒れる。

――照れるくらいなら、無理しなければいいのに。

そう思いながらも、そのことを好ましいと思っているのもまた確かだった。本当のところ、欲を言えば、人肌が恋しいところではあった。同時に、そういう事に及ぶ気にはなれないだろう、とも思っている。

溜め込んでいたものを吐き出して、見せたくなかったものを晒して、いくらか心は軽くなっていた。

心の底にわだかまるものは消えないだろう。そしてきっと折に触れて思い出す、苦い記憶になるのだろう。自分がどう折り合いを付けられるのかはわからない。だがリディアが傍にいたならば、きっとそれを手助けしてくれるに違いない。

眠るための身支度をして毛布に潜りこんだレフノールは、すぐに眠りに落ちて、朝まで目を覚まさなかった。